【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第九章:永遠の途 ― 祈りは光に還る ―

第160話・4人の遺した“未来”

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ユリウスを静かに見送ったその夜。
短い祈りを捧げ、遺された体を弔い終えると――

ルナフィエラは、迷うことなく書庫の奥にある小部屋へ向かった。

扉の前に立つと、胸の奥がきゅ、と縮む。
長い年月、ユリウスが魔術式を書き散らし、
静かに本を読みふけっていた場所。

そっと扉を押すと、ひんやりとした空気が流れ出た。
まるで、深い湖の底に手を差し入れたような静けさだった。

中を見た瞬間、ルナフィエラは息を呑む。
あの、彼らしい“散らかり”が――どこにもなかった。

床にも机にも、紙一枚落ちていない。
本は背表紙をきっちり揃えて並び、
道具は用途ごとに整然と置かれ、
棚にはわずかな埃すら見当たらない。

ユリウスは元々、片付けが得意ではなかった。
散らかった道具も開きっぱなしの本も、いつもヴィクトルが静かに片付けていた。

ヴィクトルが先に逝ってからは、不器用ながらユリウスが自分で片付けていたが、それでも完全には整わない“彼らしい雑然”が残っていた。

なのに――。

今この部屋には、その“らしさ”が何一つ残っていない。

(……ユリウス。あなた、ここまで……)

ルナフィエラは、胸の奥にひた、と熱を感じた。

不器用な人だったのに。
整理整頓なんて、決して得意じゃなかったのに。

最期が近いことに気づいて、“自分がいなくなった後のルナのために”この部屋を、生涯で一番きれいにしたのだと分かってしまう。

どこを見ても、ユリウスの丁寧な想いが滲んでいた。

その整い方が――余計に胸に響く。
寂しさとも、温かさとも言えない感情が混ざり
胸の中で静かに膨らんでいった。

そして視線の先、机の上に“ひとつだけ”置かれた箱。
ユリウスが使っていた机の上に、両腕で抱えられるほどの大きさの箱がそっと置かれていた。

ルナフィエラは震える手で箱に触れた。
蓋は驚くほど軽く――静かな音を立てて開く。

「……え……」

息が止まった。

箱の中には、深紅の魔石がぎっしりと詰められていた。
一つひとつが宝石のように光を宿し、箱全体に淡い輝きを落としている。

けれど、その色はただの紅ではなかった。

目を凝らすと――
深紅の中に、淡い紫、翳った緑、鈍い黒、澄んだ赤がほんのり筋のように混ざっている。

それは、4人の魔力の色。

「……嘘……」

箱の内側には紙が一枚、
ユリウスの筆跡でこう記されていた。

『これは血を魔石に封じたもの。
私たち4人の血を少しずつ凝縮し、ルナがこれから生きていくために作ったものだ。
きみが困らないように。
きみが、一人でも生きていけるように』

手が、震えた。

深紅の石には、フィンの色が混ざっている。
一番最初に逝ってしまった彼の、あの優しい魔力が。

――ということは。

ユリウスが倒れるよりも、ヴィクトルが弱り始めるよりも、シグが姿を消すよりも、もっとずっと前。

フィンと共に過ごしていた頃から、すでに――

彼らは、いつかルナフィエラが一人になる未来を恐れながらも、それでもその未来を支えようと準備をしてくれていた。

「……そんな……やだ……」

声が滲む。
箱をそっと掴んだ指が、かすかに震えた。

(どうして……どうしてそんなに……)

胸の奥に押し込めていた感情が、ひび割れる音を立てた。

「……なんで……どうして……みんな……」

ぽたり、と涙が落ちる。

最初はひとしずくだけだった。
それが二滴、三滴――
気づけば、床に落ちる音が聞こえるほどに。

「……そんな前から……わたしのこと……心配して……」

堰を切ったように、涙があふれた。

「……ずっと……ずっと……一人に……しないって……
ずっと……そばにいてくれたのに……
それでも……未来のわたしのことまで……考えて……」

魔石の紅が滲んで見える。

ルナフィエラは箱を抱きしめた。
細い腕で必死に包むように。

「……みんな…………」

研究室の静けさに、嗚咽だけが響く。

フィンの笑顔。
シグの大きな手。
ヴィクトルの優しい声音。
ユリウスの穏やかな眼差し――

すべてが、一気に胸に押し寄せてくる。

4人が残した最後の“愛”が。
ルナフィエラを想い、未来の彼女を守るために静かに積み重ねられていた想いが。

その重さに、ルナフィエラは耐えられなかった。

「……会いたい……みんなに……会いたいよ……」

涙が止まらなかった。

夏の風が窓を揺らし、魔石の光がかすかに揺れた。
まるで――4人がすぐそばで見守っているかのように。
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