【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第162話・再会の瞳は、僕を知らなかった

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午前の陽光が、教室の窓際からゆるく差し込んでいた。
新学期らしい浮き立つ空気が、窓辺からふわりと流れ込んでくる。

フィンは机に頬杖をつきながら、ぼんやりと黒板を眺めていた。
頭のどこかで、いつものように考えていたのは――

(ルナ、どこにいるんだろう……)

その名だけが、胸の奥で静かに反響する。

前世の記憶を取り戻したあの日から、帝国中を探した。
何百もの名簿に目を通し、古い記録を漁り、噂話を追いかけても、彼女の影は一度も見つからなかった。

それでも毎朝――心のどこかが、同じ問いを拾い上げてしまう。
だから、フィンは思っていた。

こんな学園生活、早く終わらせたい。
もっと広い世界に出て、ルナを探しに行きたい。

本当に必要なのは、授業ではなく“自由になる時間”だ。

そんな焦燥を誤魔化しながらぼんやりしていた時、ガラリ、と教室の扉が開いた。

担任が入ってきて、淡々と告げる。

「入学早々だが、今日から編入生が一人いる」

その一言に、フィンは興味も持たず顔を上げなかった。
この学園にルナはいない――そう信じて疑わなかったから。

扉がもう一度開き、光がふわりと流れ込む。

長い銀髪。
澄んだサファイアブルーの瞳。
ほんの少し緊張した気配をまといながら、柔らかく一礼する少女。

その瞬間、フィンの呼吸が止まった。
胸の奥を刺すような、忘れようのない衝撃。

――ああ、ルナだ。

理由なんて、必要なかった。
魂が、先に知っていた。

瞳の色が違おうと、種族が人間だろうと関係ない。
輪郭も、声も、纏う空気も――何もかもが“ルナ”そのものだった。

彼女の視線がこちらを捉え、ほんのりと微笑む。
だが――そこに“気づきの色”はなかった。

(……覚えて……ない、んだ)

当たり前だ。
前世の記憶を持っている方が特殊で、それは彼ら4人だけ。

(でも――見つけた。やっと……)

込み上げる懐かしさに呼吸が乱れそうになる。
涙にならない震えが、胸の奥で静かに、でも確かに溢れ続けていた。


ルナが席に座ったあと、教室はようやく落ち着きを取り戻した。
だが、フィンはもう黒板を見ることができなかった。
いや、見る必要がなかった。

元々“授業を聞かなければならない”という意識が、彼には存在しない。

 “天才” と呼ばれるフィンは、本を読めばそのまま理解でき頭に入る。
黒板に書かれたものは、一度見れば忘れない。
剣術は人並み以上、魔法は高位レベルまで難なく扱え、広範囲攻撃も得意。

いつもは“退屈”だから聞かない。
けれど――今日は、まったく別の意味で授業が頭に入らなかった。

(……かわいい)

そこには――
緊張した様子でノートを開き、必死に黒板の文字を書き写すルナの横顔。

視界の隅で、銀髪が光を受けて揺れる。
ノートを取る時に指先がわずかに震える癖も、真剣に眉を寄せて文字を追う仕草も、前世と何ひとつ変わらない。

胸の奥で、抱きしめたい衝動がざわつく。

今すぐにでも、肩を引き寄せて“ルナ” と名前を呼びたくなる。

(……だめだ)

自分に言い聞かせるように息を吐き、視線を前へ戻す。
教師が指名した生徒が立ち上がって答える声が聞こえるが、フィンには、どうでもよかった。

(もう一度、目を合わせたい)

それだけが胸の奥で静かに、でも確実に膨らんでいく。

覚えていなくてもいい。
名前を呼ばれなくてもいい。

――ただもう一度、自分を見てほしい。

“今度こそ失いたくない”という焦りが、静かに心臓の奥底を締めつけていた。


チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気にほどける。

「休み時間だー!」
「編入生って隣国の王女様なんだろ?」
「めちゃくちゃ可愛くない? 話しかけようぜ!」

ざわり、と男子たちの気配が動く。

フィンは、あえてゆっくりとノートを閉じた。
視線は、ただ一人――ルナへ。

そして、予想していた通りの光景が胸をわずかに沈ませた。
ルナの周りに、男子生徒が雪崩のように集まっていく。

「王女様って本当ですか?」
「よろしければ学園案内しますよ」
「午後の実技、俺と組みませんか?」
「ランチ、一緒にどうですか?」

ルナはノートを胸に抱えたまま、戸惑ったように目を瞬かせる。
その小さな仕草すら、前世と変わらず――
だからこそ、フィンの胸がひりついた。

(……やっぱり、こうなるよね)

ルナは可愛い。
誰が見ても目を奪われる。
前世でも、ずっとそうだった。

分かっていた。
分かっていたけれど――

(……なんで、僕たち以外の視線を受けているのかな)

胸の奥に、ふっと小さな痛みが灯る。
喉の奥で言葉にならない何かが渦を巻いていた。

“誰かに取られるかもしれない”。

――そんな現実味のある恐れだけが、心の奥底でじわりと滲んでいた。
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