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第十章:星霜の果て、巡り逢う
第163話・誰より先に、君を迎えに行く
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その後の授業も、フィンの視線は黒板ではなく、どうしてもルナへ吸い寄せられていった。
ページをめくるたびに揺れる銀髪。
分からないところをそっと首を傾げる、昔と同じ癖。
(……全部、変わらない)
胸の奥がじわりと熱を帯びる。
恋とか執着とか――そんな名前をつける前に、ただ“再会した”という事実だけで、心が震え続けていた。
そして、午前最後の授業を告げるチャイムがなった瞬間――
フィンは椅子を鳴らさぬよう静かに立ち上がった。
(……囲まれる前に)
教室のあちこちで男子生徒たちがそわそわと席を立ち始めている。
そのざわめきがルナへ向かう前に、フィンは迷いなく歩み出た。
机にノートをしまおうとしているルナの前で足を止め、胸に手を当てて、深く礼をする。
「――王女殿下。
よろしければ、本日の昼食をご一緒にいかがでしょうか」
声は丁寧で、礼節に沿ったもの。
けれどそこには、誰よりも柔らかい温度が宿っていた。
途端、背後から男子たちの不満が一斉に上がる。
「おい早いって!」
「ずるいぞフィン!」
「俺たちだって誘う予定だったのに!」
フィンは振り返らない。
視界に入っているのは、ただ一人――目の前のルナだけ。
そしてルナは、ほんの小さく瞬きをしてフィンを見上げた。
戸惑い、困惑、緊張――
そんな色を探したが、どこにもない。
むしろ不思議なほど自然に、ルナはフィンが差し出した手に、そっと自分の小さな手を重ねてきた。
「……はい。よろしくお願いします」
その一言で、胸の奥に静かな熱が灯る。
(……ああ。やっぱり、ルナだ)
記憶がなくても構わない。
けれど、身体のどこかは確かに“自分を拒まない”と知っている。
そんな錯覚すら与えられるほど優しい手だった。
押し寄せる感情を胸の奥に押し隠し、フィンはにっこり笑った。
「では、エスコートさせてくださいね」
指先を軽く握り、丁寧に導く。
周囲の男子の抗議はもう耳に入らない。
ふたりはそのまま廊下へ出た。
廊下の窓から差し込む光に、ルナの銀髪が揺れる。
その度に視線が吸い寄せられるのを、何とか抑えた。
(……横顔まで、前世のまま……)
道中、フィンは自然と会話を繋げていた。
「学園には慣れそうですか、王女殿下」
「はい……まだ緊張していますけど…
ここは、とても広くて……皆さま活気がありますね」
「すぐに馴染めますよ。殿下は、誰からも好かれます」
「ふふ……そうでしょうか」
肩の力を少し抜いて笑うルナ。
その微笑みを見るたび、胸が痺れるように熱くなる。
――また、守りたい。
――今度こそ離したくない。
前世で一番早く、彼女と別れたのは自分だ。
だからこそ、今度は最後までそばにいたい。
その願いだけが、静かに脈打っていた。
フィンは、ルナの小さな手をそっと支えながら、二年生の棟へとやってきた。
目的はただ一人──いや、一人目。
(まずは……シグかな)
前世と同じ。
大柄で、鮮やかな赤髪は遠目でもすぐ分かる。
この学園では、目立つどころの話ではない。
廊下の向こうで、昼食に向かって歩く背中を見つけた瞬間、フィンはぱっと顔を明るくした。
「シグ!」
呼ばれた男は、面倒くさそうに振り返る。
「……またお前か、フィン。今度は何──」
言葉が途中で止まった。
シグの視線が、フィンの隣に立つ少女を捉えた瞬間──
彼の灰色の瞳が、大きく見開かれた。
空気が、ぴたりと止まる。
ルナは首をかしげ、控えめに会釈しただけだった。
だが、それで十分だった。
(……気づいたね)
フィンは確信して、微笑んだ。
シグの喉がかすかに震え、
何かを言おうと口を開いたものの、声にならない。
「……っ、少し、待っていろ」
ハッと我に返ったシグは、短くそう言って踵を返した。
大きな背中が、駆けるように廊下の奥へ消えていく。
向かう先は、ただ一つ。
ヴィクトルと──ユリウス。
シグの背中が廊下の奥へ消えていくのを見送りながら、フィンは静かに息をついた。
(……うん、これでいい)
驚いたシグの表情は、すべてを物語っている。
シグもルナを見た瞬間、迷いも疑いもなく“彼女だ”と理解した。
それは──
4人でずっと、同じ祈りを抱えてきた証。
(僕たちは……ずっと同じ方向を見てた)
“誰も諦めていない”
その事実が、胸の奥にゆっくりと、温かく満ちていった。
ページをめくるたびに揺れる銀髪。
分からないところをそっと首を傾げる、昔と同じ癖。
(……全部、変わらない)
胸の奥がじわりと熱を帯びる。
恋とか執着とか――そんな名前をつける前に、ただ“再会した”という事実だけで、心が震え続けていた。
そして、午前最後の授業を告げるチャイムがなった瞬間――
フィンは椅子を鳴らさぬよう静かに立ち上がった。
(……囲まれる前に)
教室のあちこちで男子生徒たちがそわそわと席を立ち始めている。
そのざわめきがルナへ向かう前に、フィンは迷いなく歩み出た。
机にノートをしまおうとしているルナの前で足を止め、胸に手を当てて、深く礼をする。
「――王女殿下。
よろしければ、本日の昼食をご一緒にいかがでしょうか」
声は丁寧で、礼節に沿ったもの。
けれどそこには、誰よりも柔らかい温度が宿っていた。
途端、背後から男子たちの不満が一斉に上がる。
「おい早いって!」
「ずるいぞフィン!」
「俺たちだって誘う予定だったのに!」
フィンは振り返らない。
視界に入っているのは、ただ一人――目の前のルナだけ。
そしてルナは、ほんの小さく瞬きをしてフィンを見上げた。
戸惑い、困惑、緊張――
そんな色を探したが、どこにもない。
むしろ不思議なほど自然に、ルナはフィンが差し出した手に、そっと自分の小さな手を重ねてきた。
「……はい。よろしくお願いします」
その一言で、胸の奥に静かな熱が灯る。
(……ああ。やっぱり、ルナだ)
記憶がなくても構わない。
けれど、身体のどこかは確かに“自分を拒まない”と知っている。
そんな錯覚すら与えられるほど優しい手だった。
押し寄せる感情を胸の奥に押し隠し、フィンはにっこり笑った。
「では、エスコートさせてくださいね」
指先を軽く握り、丁寧に導く。
周囲の男子の抗議はもう耳に入らない。
ふたりはそのまま廊下へ出た。
廊下の窓から差し込む光に、ルナの銀髪が揺れる。
その度に視線が吸い寄せられるのを、何とか抑えた。
(……横顔まで、前世のまま……)
道中、フィンは自然と会話を繋げていた。
「学園には慣れそうですか、王女殿下」
「はい……まだ緊張していますけど…
ここは、とても広くて……皆さま活気がありますね」
「すぐに馴染めますよ。殿下は、誰からも好かれます」
「ふふ……そうでしょうか」
肩の力を少し抜いて笑うルナ。
その微笑みを見るたび、胸が痺れるように熱くなる。
――また、守りたい。
――今度こそ離したくない。
前世で一番早く、彼女と別れたのは自分だ。
だからこそ、今度は最後までそばにいたい。
その願いだけが、静かに脈打っていた。
フィンは、ルナの小さな手をそっと支えながら、二年生の棟へとやってきた。
目的はただ一人──いや、一人目。
(まずは……シグかな)
前世と同じ。
大柄で、鮮やかな赤髪は遠目でもすぐ分かる。
この学園では、目立つどころの話ではない。
廊下の向こうで、昼食に向かって歩く背中を見つけた瞬間、フィンはぱっと顔を明るくした。
「シグ!」
呼ばれた男は、面倒くさそうに振り返る。
「……またお前か、フィン。今度は何──」
言葉が途中で止まった。
シグの視線が、フィンの隣に立つ少女を捉えた瞬間──
彼の灰色の瞳が、大きく見開かれた。
空気が、ぴたりと止まる。
ルナは首をかしげ、控えめに会釈しただけだった。
だが、それで十分だった。
(……気づいたね)
フィンは確信して、微笑んだ。
シグの喉がかすかに震え、
何かを言おうと口を開いたものの、声にならない。
「……っ、少し、待っていろ」
ハッと我に返ったシグは、短くそう言って踵を返した。
大きな背中が、駆けるように廊下の奥へ消えていく。
向かう先は、ただ一つ。
ヴィクトルと──ユリウス。
シグの背中が廊下の奥へ消えていくのを見送りながら、フィンは静かに息をついた。
(……うん、これでいい)
驚いたシグの表情は、すべてを物語っている。
シグもルナを見た瞬間、迷いも疑いもなく“彼女だ”と理解した。
それは──
4人でずっと、同じ祈りを抱えてきた証。
(僕たちは……ずっと同じ方向を見てた)
“誰も諦めていない”
その事実が、胸の奥にゆっくりと、温かく満ちていった。
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