【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

文字の大きさ
170 / 184
第十章:星霜の果て、巡り逢う

第168話・名前がすべてを繋いだ瞬間

しおりを挟む
ぽつり、と──
手のひらに落ちてきた温もりが、意識の底へ沈んでいたルナをそっと引き上げた。

(……あたたかい……)

微かに指が動く。
呼吸が漏れ、ルナはゆっくりと瞬きをした。

その、一呼吸の間に。

「……ルナ様っ……!」

掠れた叫びが耳に触れる。
視界がまだぼやけているのに、大きな影がぐっと近づいた。
ヴィクトルが、すぐそばに身を乗り出している。

彼の頬を伝う涙が、まっすぐに落ちていく。
何か言おうとしているのに、声にならず、震える息だけが漏れていた。

一方で──

「……ああ……よかった……」

フィンは胸に手を当てたまま、大きく息を吐き出していた。
泣き笑いのような、全身から力の抜ける表情。

そして──

「……目が覚めたか」

医務室の扉の近くから、静かな声が落ちてくる。
午後の授業を終えて急いで戻ってきたのだろう。
ユリウスが立っていた。
白金の髪がふわりと揺れ、紫の瞳がほっと緩む。

その隣で、シグも深く息を吐いた。

「……よかった。本当に……」

言葉は少ないのに、その声には隠しきれない安心が滲んでいる。
4人が揃ってルナを見つめていた。
その視線だけで、胸の奥が熱くなり息を吸うだけで泣き出しそうになる。

けれど、どうしても──みんなに伝えたかった。

震える指をそっと伸ばし、すぐそばで泣き続けている彼を見つめた。

「……ヴィクトル」

その名を呼んだ瞬間、ヴィクトルの肩がびくりと震えた。

顔を上げた彼の瞳には、驚きと、安堵と、信じられないほどの喜びが一気に溢れていく。

「……っ、ルナ様……記憶が……」

言葉が続かず、そのまま涙が零れ落ちた。
私は次に、扉の前に立つ彼へと視線を向ける。

「……ユリウス」

ユリウスはほんの一瞬だけ静止した。
まるで時間が止まったかのように。

そして、深く、ゆっくりと息を吸いこんだ。

「……戻ったんだな。君の中に、あの頃が」

紫の瞳が、かすかに潤む。
続けて、ユリウスの近くにいる彼へ。

「……シグ」

シグは目を見開き、直後、強く唇を噛んで天を仰いだ。

泣きたくはないのだろう。
でも、どうしても堪えきれない涙が滲んでいた。

そして最後に──
ずっと私の手を握り続けていた、明るい彼。

「……フィン」

フィンは一瞬で顔をくしゃりと崩し、泣き笑いのまま私の手を両手で包み込んだ。

「……戻ってきてくれたんだね。 ルナ……!」

4人の表情が、息を呑むほど鮮やかに変わっていく。

驚き、喜び、安堵、涙。
全部が混ざったような、あの頃と同じ──
ルナだけを映す眼差し。

たった一言。
名前を呼んだだけで伝わった。

(……ああ、やっとみんなに会えた……)

胸の奥がぎゅっと締めつけられ、堰が切れたように涙が零れ落ちた。

それは前世の最期、眠りに沈む前に願った“みんなに会いたい”が叶った証だった。


「……ヴィクトル、ユリウス、シグ、フィン」

名前を呼んだだけで──
4人の表情が、さらにほどけていくのがわかる。
泣いているのは、ユリウス以外の3人とルナ。

ヴィクトルは自身も涙が止まらないのに、震える手でルナの頬をそっと拭った。

「……ルナ様……よかった……本当によかった……」

その横でフィンも、ぐしゃぐしゃな顔で泣いていた。

「ひぐっ……ルナぁ……!」

そんな顔を見たら──

「ふふっ……」

笑ってしまった。
自然と、こらえきれずに。

ルナが笑った瞬間、フィンもまた新しく涙をこぼしたけれど、その頬には確かに笑みが浮かんでいた。

その時だった。

「……ルナ」

静かな声が聞こえ、顔を向けると──
ユリウスの瞳に涙が浮かんでいた。

「……ユリウスが泣いているの……初めて見たかも」

ルナが言うと、ユリウスはわずかに目を伏せ、唇の端で小さく笑う。

「……泣くつもりはなかったんだがな。
……君のその笑顔を見たら、どうにもならなかった」

その声は、かすかに震えていた。

(……そうだ。最後の頃、私は……)

晩年、ユリウスと二人きりで過ごしたあの長い時間。
ルナは、もう明るい太陽みたいに笑えなかった。

彼の前でいつも浮かべていたのは、痛みに耐えるための笑顔。
それを知っているのは、ユリウスだけ。

だから──

「……よかった。 また……その笑顔を、見せてくれて」

ユリウスはそっと言い、滲む涙を袖で静かに拭った。
ヴィクトルも、フィンも、シグでさえも泣きながら笑っていた。

ユリウスの涙に、シグは小さく肩を揺らして笑う。

「……おまえが泣くとか、珍しいな」

「うるさい。今だけだ」

そんな些細な会話すら、胸がぎゅっとなるほど幸せだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

召喚先は、誰も居ない森でした

みん
恋愛
事故に巻き込まれて行方不明になった母を探す茉白。そんな茉白を側で支えてくれていた留学生のフィンもまた、居なくなってしまい、寂しいながらも毎日を過ごしていた。そんなある日、バイト帰りに名前を呼ばれたかと思った次の瞬間、眩しい程の光に包まれて── 次に目を開けた時、茉白は森の中に居た。そして、そこには誰も居らず── その先で、茉白が見たモノは── 最初はシリアス展開が続きます。 ❋他視点のお話もあります ❋独自設定有り ❋気を付けてはいますが、誤字脱字があると思います。気付いた時に訂正していきます。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...