純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第168話・名前がすべてを繋いだ瞬間

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ぽつり、と──
手のひらに落ちてきた温もりが、意識の底へ沈んでいたルナをそっと引き上げた。

(……あたたかい……)

微かに指が動く。
呼吸が漏れ、ルナはゆっくりと瞬きをした。

その、一呼吸の間に。

「……ルナ様っ……!」

掠れた叫びが耳に触れる。
視界がまだぼやけているのに、大きな影がぐっと近づいた。
ヴィクトルが、すぐそばに身を乗り出している。

彼の頬を伝う涙が、まっすぐに落ちていく。
何か言おうとしているのに、声にならず、震える息だけが漏れていた。

一方で──

「……ああ……よかった……」

フィンは胸に手を当てたまま、大きく息を吐き出していた。
泣き笑いのような、全身から力の抜ける表情。

そして──

「……目が覚めたか」

医務室の扉の近くから、静かな声が落ちてくる。
午後の授業を終えて急いで戻ってきたのだろう。
ユリウスが立っていた。
白金の髪がふわりと揺れ、紫の瞳がほっと緩む。

その隣で、シグも深く息を吐いた。

「……よかった。本当に……」

言葉は少ないのに、その声には隠しきれない安心が滲んでいる。
4人が揃ってルナを見つめていた。
その視線だけで、胸の奥が熱くなり息を吸うだけで泣き出しそうになる。

けれど、どうしても──みんなに伝えたかった。

震える指をそっと伸ばし、すぐそばで泣き続けている彼を見つめた。

「……ヴィクトル」

その名を呼んだ瞬間、ヴィクトルの肩がびくりと震えた。

顔を上げた彼の瞳には、驚きと、安堵と、信じられないほどの喜びが一気に溢れていく。

「……っ、ルナ様……記憶が……」

言葉が続かず、そのまま涙が零れ落ちた。
私は次に、扉の前に立つ彼へと視線を向ける。

「……ユリウス」

ユリウスはほんの一瞬だけ静止した。
まるで時間が止まったかのように。

そして、深く、ゆっくりと息を吸いこんだ。

「……戻ったんだな。君の中に、あの頃が」

紫の瞳が、かすかに潤む。
続けて、ユリウスの近くにいる彼へ。

「……シグ」

シグは目を見開き、直後、強く唇を噛んで天を仰いだ。

泣きたくはないのだろう。
でも、どうしても堪えきれない涙が滲んでいた。

そして最後に──
ずっと私の手を握り続けていた、明るい彼。

「……フィン」

フィンは一瞬で顔をくしゃりと崩し、泣き笑いのまま私の手を両手で包み込んだ。

「……戻ってきてくれたんだね。 ルナ……!」

4人の表情が、息を呑むほど鮮やかに変わっていく。

驚き、喜び、安堵、涙。
全部が混ざったような、あの頃と同じ──
ルナだけを映す眼差し。

たった一言。
名前を呼んだだけで伝わった。

(……ああ、やっとみんなに会えた……)

胸の奥がぎゅっと締めつけられ、堰が切れたように涙が零れ落ちた。

それは前世の最期、眠りに沈む前に願った“みんなに会いたい”が叶った証だった。


「……ヴィクトル、ユリウス、シグ、フィン」

名前を呼んだだけで──
4人の表情が、さらにほどけていくのがわかる。
泣いているのは、ユリウス以外の3人とルナ。

ヴィクトルは自身も涙が止まらないのに、震える手でルナの頬をそっと拭った。

「……ルナ様……よかった……本当によかった……」

その横でフィンも、ぐしゃぐしゃな顔で泣いていた。

「ひぐっ……ルナぁ……!」

そんな顔を見たら──

「ふふっ……」

笑ってしまった。
自然と、こらえきれずに。

ルナが笑った瞬間、フィンもまた新しく涙をこぼしたけれど、その頬には確かに笑みが浮かんでいた。

その時だった。

「……ルナ」

静かな声が聞こえ、顔を向けると──
ユリウスの瞳に涙が浮かんでいた。

「……ユリウスが泣いているの……初めて見たかも」

ルナが言うと、ユリウスはわずかに目を伏せ、唇の端で小さく笑う。

「……泣くつもりはなかったんだがな。
……君のその笑顔を見たら、どうにもならなかった」

その声は、かすかに震えていた。

(……そうだ。最後の頃、私は……)

晩年、ユリウスと二人きりで過ごしたあの長い時間。
ルナは、もう明るい太陽みたいに笑えなかった。

彼の前でいつも浮かべていたのは、痛みに耐えるための笑顔。
それを知っているのは、ユリウスだけ。

だから──

「……よかった。 また……その笑顔を、見せてくれて」

ユリウスはそっと言い、滲む涙を袖で静かに拭った。
ヴィクトルも、フィンも、シグでさえも泣きながら笑っていた。

ユリウスの涙に、シグは小さく肩を揺らして笑う。

「……おまえが泣くとか、珍しいな」

「うるさい。今だけだ」

そんな些細な会話すら、胸がぎゅっとなるほど幸せだった。
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