【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第167話・運命は、静かに触れてきた

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ユリウスが一歩前へ出て、そっと膝を折った。
座っている私と目線を合わせるように──
まるで、私を見上げる姿勢で。

紫の瞳が、真剣な色を帯びて揺れていた。

「ルナ。きみに──聞いてほしい話がある」

その声音は驚くほど優しくて、どこか切なかった。
ルナはこくりと頷く。

ユリウスは静かに語り始めた。
自分たちは前世の記憶を持っていること。
その前世で、私──ルナと深く繋がっていたこと。
そして、4人はずっとルナを探していたこと。

私は黙って聞いていた。
どこにも拒絶の感情が湧いてこない。
ただ、胸が少しだけ痛んだ。

(……私だけ、その記憶がないんだ)

申し訳なさが、喉の奥をそっと締めつける。
でも、それを察したように4人の雰囲気が柔らかく変わった。

“覚えていなくても、ルナはルナだ”

そんな温度が、言葉より先に伝わってくる。

「ルナ」

そっと左手に温もりが触れた。
顔を向けると、フィンが私の手を包み込みながら目を細めていた。

「……ゆっくりでいいんだ。
少しずつでいいから、僕たちと仲良くしてほしい。
……ね?いいよね?」

まるで、壊れ物に触れるみたいな声音だった。
思わず胸があたたかくなる。

私は自然と頷いていた。

「……はい。
みなさんのこと、前の私のこと……教えていただけたら、嬉しいです」

途端に、フィンの顔がふわっと綻ぶ。
次の瞬間、右手にも別の温もりが重なった。

ユリウスが膝をついたまま、そっと手を取っていた。
視線は優しく、どこか誓いのように深い。

後ろから、大きな手が私の頭に触れた。

──シグだ。

乱暴さは一切ない。
包み込むような掌が、ゆっくりと髪を撫でた。

「……よかった。 本当に、また会えたんだな」

低く震えるその声に、胸がきゅっとなる。

そして。
斜め背後から、さらりと銀髪が指にとられた。

そのまま、髪先へ──熱が触れる。
唇だと気づくのに一拍遅れた。

ヴィクトルがかすかに震える呼吸のまま、ルナの髪にそっと口づけている。

伏せられた黒い睫毛。
碧い瞳はただひたすらに優しくて──
それでいて、溢れそうな想いを抱え込んでいる。

「……ルナ様……もう……離れたくありません」

耳のすぐ後ろで、涙を含んだ声が震えた。

4人の温もりに囲まれているのに、不思議と苦しくない。

むしろ──

(……ずっと、こうしていたかった気がする)

そう思った瞬間だった。

胸の奥で、“何か”が弾けた。

――光。

視界の端がふっと白く染まり、同時に次々と記憶が流れ込んでくる。

笑顔。
呼ぶ声。
夜の古城。
銀の月。
温泉の湯けむり。
館の廊下の足音。
冬の別れ。
夏の風。
泣いた顔。抱きしめられた腕。
魔力の匂い。血の色。
名前。
名前。
名前。

(……あ…………)

脳が追いつかない。
胸が焼けるように熱い。
世界が反転する。

息を吸う暇もなく──視界が黒に沈んでいく。

ルナは、そのまま意識を手放した。


「──ルナ!?!」

最初に叫んだのはフィンだった。
椅子に座ったまま前へ崩れ落ちそうになったルナの身体を、すぐ傍にいた彼が支える。

「ちょ、ルナ!? どうしたのっ」

斜め後ろにいたヴィクトルは、一瞬で蒼白になり、伸ばしかけた手を震わせる。
シグは表情を引き締め、ただ真剣な目でルナを見つめていた。

「ユリウス!!」

呼ばれるより早く、ユリウスはもう動いていた。
ルナを抱き上げ、そのままソファーへと運ぶ。

額に手を当て、呼吸、脈、心拍、魔力の流れ──
すべてを一瞬で診る。

「……脈拍正常。呼吸も整っている。熱もない」

「じゃあ……なんで……?」

ユリウスは一度ルナを見つめ、それから静かに言った。

「原因は断定できない。ただ、深い眠りに落ちたようにも見える。
長時間このままでは困るが──今すぐ騒ぐ状況ではない」

「もしかして……前世の記憶が……?」

フィンの言葉は軽口めいていながら、その奥に期待が滲んでいた。

ユリウスは沈黙する。
確証を口にはしない。
けれど──否定も、しなかった。

その沈黙が、みんなの胸に“淡い期待”を生む。

しかしすぐに、ユリウスは現実へ引き戻すように言った。

「今は判断できない。まずは環境を整えよう。医務室へ運ぶ」

「オレが運ぼう」

シグが一歩前へ出て、ルナを抱き上げる。
大きな腕に包まれたその身体は、驚くほど丁寧に扱われていた。

医務室の先生へ簡潔に事情を説明すると、
「過労かもしれないわねぇ」と眉を下げながらベッドを用意してくれる。

シグがルナをそっと寝かせる。
すぐにヴィクトルが横の椅子に腰を下ろし、震える指先でルナの手を包み込んだ。

「……離れられません……」

掠れた声は、泣き疲れた子どものようだ。

反対側にはフィンが座り、そっとルナのもう片方の手を握る。

「目、離したくないよね。……いなくなられたら困るし」

その言い方にユリウスがこめかみを押さえ、盛大にため息をついた。

「君たち、午後の授業に出るつもりは?」

短い沈黙のあと──
フィンとヴィクトルは、完璧に揃ったトーンで答える。

「「出ない」」

シグが「やっぱりな」とでも言いたげに肩をすくめた。

「だろうな。まぁ、先生には俺が言っておく」

ユリウスはルナの顔をしばらく見つめ、静かに息を整えてから言った。

「ルナが目を覚ましたら……必ず知らせてくれ」

そう言って、指先で乱れた前髪をそっと整え、医務室をあとにする。
シグもその後を追って退室した。

残されたのは──ヴィクトルと、フィン。

眠るルナの手を挟んで、二人は向かい合ったまま黙っていた。
けれど、その瞳には同じ願いが宿っている。

(どうか──戻ってきてほしい)
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