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第十章:星霜の果て、巡り逢う
第169話・手を取られて、帰る場所へ
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涙が落ちて、笑って。
ただ5人で、同じ空気を吸っている。
その幸せを胸いっぱいに感じていた、そのとき──
ぐぅぅぅ…………
放課後の静まり返った医務室に、不釣り合いなくらい盛大な音が響いた。
(……え)
ルナだった。
一瞬で頬が熱くなる。
呼吸が止まりそうなほど恥ずかしくて、肩までぎゅっと縮こまってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
4人は──
ぽかん、としたあと、全員が柔らかく笑った。
それは、あたたかくて、優しくて。
まるで“その音さえ愛おしい”と言われているみたいな表情だった。
「ルナ様……お腹、空いていますよね」
ヴィクトルが、まだ涙の跡を残した顔で微笑む。
「そりゃそうだよ、昼ご飯食べてないじゃん!」
フィンが、明るい声で当然のことのように言う。
シグは少し肩で笑い、ユリウスは腕を組んだまま小さく頷いた。
「……仕方ない。まずは食事だな」
でも──
学園の食堂はすでに閉まっている。
それに気づき、ルナは慌てて口を開いた。
「だ、大丈夫。今日はこのまま帰るよ。 みんなに迷惑かけたくないし……」
本心だった。
これ以上困らせたくなかったし、王城に帰れば晩餐もある。
けれど──
「いやです」
「いやだよ」
その瞬間、両側から手がきゅっと掴まれた。
右手はヴィクトル。
左手はフィン。
2人とも、絶対に離す気がない。
ヴィクトルは真剣な瞳で、かすかに首を振った。
「絶対に、離しません」
フィンも、少し困ったように笑いながら言う。
「やっと会えたんだよ……離れるとか無理」
そして、シグとユリウスまでが前に立つ。
シグは腕を組んだまま、「どう考えても帰す気はないぞ」と当然のように言い、ユリウスは落ち着いた声で告げた。
「……安心していい。ルナ、君を困らせるつもりはない。
ただ──これからは、僕たちのそばにいてほしい」
(……離れたくないのは、私も同じだけど……)
胸がきゅっと締め付けられる。
4人は皆寮暮らし。
しかも同じ棟で暮らしていると、フィンから聞いた。
ユリウスの権限で“4人一棟”が許可された理由も──
ルナに関することを話し合うためだったと知り、胸が熱くなる。
だけど──
「でも、その……男子寮は入れないし……」
おそるおそるそう言った瞬間──
4人は同時に顔を見合わせ、そろって、ふっと悪戯みたいに微笑んだ。
(え……な、なに……?)
ルナだけが知らない何かを、もう既に4人は共有したような──
そんな表情だった。
ユリウスが、一歩前に出る。
混乱しているルナをひとつずつ解きほぐすみたいに、落ち着いた優しい声で口を開いた。
「……ルナ。
君が“男子寮には入れない”と言うのは、正しい。
ただ──その前提が、もう違う」
「……え……?」
「君は“男子寮には入れない”。だが、“皇族寮”なら入れるんだよ」
(……皇族寮?)
聞き返す前に、ユリウスは続けた。
「君は隣国の王族だ。
本来なら、こちらの皇族と同等の扱いで問題はない。
そして──今日以降はさらに特例が適用されている」
ユリウスは胸ポケットから、一枚の封書を取り出した。
見覚えのある蝋印。
帝国皇家の紋章。
目を見開くルナを前に、ユリウスは淡々と告げた。
「皇太子殿下より、正式に許可を得た。
“ルナ・レーヴェンティアの居所については全て我が大公家に一任する”──とね」
息が止まった。
(……え…? 本当に……?)
「つまり、君が皇族寮に入ることを、皇太子殿下自ら容認している」
ユリウスの言葉が続く。
「殿下は君を粗末に扱う気はない。
ルナの扱いは慎重に、丁重に──そう考えていらっしゃる」
そうユリウスが言った時、その表情の奥には“帝国側の深い事情”が一瞬だけ滲んだ気がした。
驚いて言葉が出ないルナの手を、ヴィクトルが握り直す。
「大丈夫です、ルナ様。
これは全部……“あなたのため” に決まったことです」
涙で赤くなった目元のまま、でも誰より優しい声で。
続いてフィンがぱっと笑って言う。
「そうだよ! ルナ、一緒にいよ?」
シグもゆっくりと頷く。
「ユリウスが手を回した。
あとはルナが嫌じゃないかどうかだけだ」
(……嫌、じゃない。むしろ……)
胸の奥が温かくて、痛いくらいで──
気づけば、息がわずかに震えていた。
ユリウスはそっと私の頭に手を置き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……帰りたい場所が王城なら、それを止めるつもりはない。だが──」
ユリウスの瞳が、ほんのわずか翳を帯びる。
けれどその影はすぐに消えて、優しい光だけが残った。
「これからも、離れてほしくない。
……僕たちが、それを望んでいる」
その言い方はずるい。
胸がきゅうっと締めつけられる。
(離れたくないのは……わたしも、同じ……)
わかってしまった。
4人とも、今日だけじゃない。
“これから先も、わたしを手放すつもりはない”
――その確信のこもった眼差しだった。
私はそっと息を吸い、握られたままの両手を見つめる。
ヴィクトルの手は震えていて、フィンの手はあたたかくて、包み込むようで。
顔を上げると、4人の視線が一斉にルナを捉えた。
「…………あの。
……じゃあ、よろしくお願いします」
言葉が零れた瞬間──
全員の表情が一斉にほどけた。
安堵と喜びと、それ以上の感情で満ちた優しい笑顔。
「こちらこそ、ルナ様」
「また、みんなで過ごそう」
「ああ」
「やった!」
重なるように返ってきた声に、胸が熱くなる。
ヴィクトルはそっとルナの手を握り直し、
フィンは嬉しすぎて笑いながら跳ねるように立ち上がり、
シグは照れ隠しのように一度だけ目をそらし、
ユリウスは小さく息をついて──静かに微笑んだ。
(……ああ。
戻ってきたんだ、わたし……)
みんなのところに。
ずっと会いたかった場所に。
ただ5人で、同じ空気を吸っている。
その幸せを胸いっぱいに感じていた、そのとき──
ぐぅぅぅ…………
放課後の静まり返った医務室に、不釣り合いなくらい盛大な音が響いた。
(……え)
ルナだった。
一瞬で頬が熱くなる。
呼吸が止まりそうなほど恥ずかしくて、肩までぎゅっと縮こまってしまった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
4人は──
ぽかん、としたあと、全員が柔らかく笑った。
それは、あたたかくて、優しくて。
まるで“その音さえ愛おしい”と言われているみたいな表情だった。
「ルナ様……お腹、空いていますよね」
ヴィクトルが、まだ涙の跡を残した顔で微笑む。
「そりゃそうだよ、昼ご飯食べてないじゃん!」
フィンが、明るい声で当然のことのように言う。
シグは少し肩で笑い、ユリウスは腕を組んだまま小さく頷いた。
「……仕方ない。まずは食事だな」
でも──
学園の食堂はすでに閉まっている。
それに気づき、ルナは慌てて口を開いた。
「だ、大丈夫。今日はこのまま帰るよ。 みんなに迷惑かけたくないし……」
本心だった。
これ以上困らせたくなかったし、王城に帰れば晩餐もある。
けれど──
「いやです」
「いやだよ」
その瞬間、両側から手がきゅっと掴まれた。
右手はヴィクトル。
左手はフィン。
2人とも、絶対に離す気がない。
ヴィクトルは真剣な瞳で、かすかに首を振った。
「絶対に、離しません」
フィンも、少し困ったように笑いながら言う。
「やっと会えたんだよ……離れるとか無理」
そして、シグとユリウスまでが前に立つ。
シグは腕を組んだまま、「どう考えても帰す気はないぞ」と当然のように言い、ユリウスは落ち着いた声で告げた。
「……安心していい。ルナ、君を困らせるつもりはない。
ただ──これからは、僕たちのそばにいてほしい」
(……離れたくないのは、私も同じだけど……)
胸がきゅっと締め付けられる。
4人は皆寮暮らし。
しかも同じ棟で暮らしていると、フィンから聞いた。
ユリウスの権限で“4人一棟”が許可された理由も──
ルナに関することを話し合うためだったと知り、胸が熱くなる。
だけど──
「でも、その……男子寮は入れないし……」
おそるおそるそう言った瞬間──
4人は同時に顔を見合わせ、そろって、ふっと悪戯みたいに微笑んだ。
(え……な、なに……?)
ルナだけが知らない何かを、もう既に4人は共有したような──
そんな表情だった。
ユリウスが、一歩前に出る。
混乱しているルナをひとつずつ解きほぐすみたいに、落ち着いた優しい声で口を開いた。
「……ルナ。
君が“男子寮には入れない”と言うのは、正しい。
ただ──その前提が、もう違う」
「……え……?」
「君は“男子寮には入れない”。だが、“皇族寮”なら入れるんだよ」
(……皇族寮?)
聞き返す前に、ユリウスは続けた。
「君は隣国の王族だ。
本来なら、こちらの皇族と同等の扱いで問題はない。
そして──今日以降はさらに特例が適用されている」
ユリウスは胸ポケットから、一枚の封書を取り出した。
見覚えのある蝋印。
帝国皇家の紋章。
目を見開くルナを前に、ユリウスは淡々と告げた。
「皇太子殿下より、正式に許可を得た。
“ルナ・レーヴェンティアの居所については全て我が大公家に一任する”──とね」
息が止まった。
(……え…? 本当に……?)
「つまり、君が皇族寮に入ることを、皇太子殿下自ら容認している」
ユリウスの言葉が続く。
「殿下は君を粗末に扱う気はない。
ルナの扱いは慎重に、丁重に──そう考えていらっしゃる」
そうユリウスが言った時、その表情の奥には“帝国側の深い事情”が一瞬だけ滲んだ気がした。
驚いて言葉が出ないルナの手を、ヴィクトルが握り直す。
「大丈夫です、ルナ様。
これは全部……“あなたのため” に決まったことです」
涙で赤くなった目元のまま、でも誰より優しい声で。
続いてフィンがぱっと笑って言う。
「そうだよ! ルナ、一緒にいよ?」
シグもゆっくりと頷く。
「ユリウスが手を回した。
あとはルナが嫌じゃないかどうかだけだ」
(……嫌、じゃない。むしろ……)
胸の奥が温かくて、痛いくらいで──
気づけば、息がわずかに震えていた。
ユリウスはそっと私の頭に手を置き、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……帰りたい場所が王城なら、それを止めるつもりはない。だが──」
ユリウスの瞳が、ほんのわずか翳を帯びる。
けれどその影はすぐに消えて、優しい光だけが残った。
「これからも、離れてほしくない。
……僕たちが、それを望んでいる」
その言い方はずるい。
胸がきゅうっと締めつけられる。
(離れたくないのは……わたしも、同じ……)
わかってしまった。
4人とも、今日だけじゃない。
“これから先も、わたしを手放すつもりはない”
――その確信のこもった眼差しだった。
私はそっと息を吸い、握られたままの両手を見つめる。
ヴィクトルの手は震えていて、フィンの手はあたたかくて、包み込むようで。
顔を上げると、4人の視線が一斉にルナを捉えた。
「…………あの。
……じゃあ、よろしくお願いします」
言葉が零れた瞬間──
全員の表情が一斉にほどけた。
安堵と喜びと、それ以上の感情で満ちた優しい笑顔。
「こちらこそ、ルナ様」
「また、みんなで過ごそう」
「ああ」
「やった!」
重なるように返ってきた声に、胸が熱くなる。
ヴィクトルはそっとルナの手を握り直し、
フィンは嬉しすぎて笑いながら跳ねるように立ち上がり、
シグは照れ隠しのように一度だけ目をそらし、
ユリウスは小さく息をついて──静かに微笑んだ。
(……ああ。
戻ってきたんだ、わたし……)
みんなのところに。
ずっと会いたかった場所に。
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