【完結】純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第170話・変わらない手に導かれて

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皇族寮へ向かう道は、学園のどの建物よりも離れた区域にあった。
男子寮とも女子寮とも距離があり、静寂に包まれたエリア。

(……本当に、静か……)

夕刻に近い時間。
空気は少し冷え、足元に落ちる影がゆるやかに揺れる。

今日はいろんなことがありすぎて、気づけば歩幅も自然と小さくなっていた。
胸の奥はまだ落ち着かず、空腹もあって、身体の芯がふわっと重い。

それでも──誰ひとり、その歩調を責めたりしなかった。

「……ゆっくりで構いません」

ヴィクトルはルナの横で、そっと歩幅を合わせてくれる。
手をつないでいるわけではないのに、支えられているような安心感があった。

「ルナ~、手!ほら、つなご?」

フィンは反対側で、にこにこと私の手を優しく握る。
体温がじんわり伝わって、なんだか胸の奥があたたかくなる。

(2人とも……優しい……)

けれど──

「遅い」

不意に、低い声が落ちた。

次の瞬間。

「わ──」

身体がふわりと浮いた。

「シ、シグ……!?」

驚く間もなく、シグがルナの身体をひょいと抱き上げていた。
まるで子どもを扱うように、片腕で軽々と。

「……やっぱり軽いな。ちゃんと食べているのか?」

「た、食べてるよ……!」

顔が真っ赤になる。
突然のことに、ヴィクトルもフィンも目を丸くしていた。

「シグッ……!」

ヴィクトルが珍しく本気で抗議する声を上げる。

「私が……私が抱き上げたかったのに……!」

「早いもの勝ちだろ」

シグはまったく悪びれもせず、むしろ当然と言わんばかりに歩き出す。
抱えられたままの私は、揺れる視界に慌てて声を上げた。

「え、えっと……あの、シグ? 自分で歩けるから──」

「運んだほうが早い」

即答。

(……もう……)

呆れた息が漏れたけれど、胸の奥に広がったのは前世から変わらない安心感だった。
身体の力が抜け、心まで緩んでいく。

横ではフィンが明るく声をあげる。

「ね~、シグもほんと変わらないよね~!」

先頭を歩くシグは「うるさい」とだけ返しつつも、口元にはかすかな笑みがあった。

後ろからはユリウスが深い溜息とともに呟く。

「……やれやれ。君たちは揃いも揃って本当に落ち着きがない」

呆れた調子なのに、声音にはどこまでも優しさが滲んでいる。

(みんな、前と変わらない……)

時を超えて、転生しても。
こうして笑いながら歩けることが、嬉しくて仕方がなかった。


皇族寮は、夕暮れの光を受け、白い石造りの外壁がやわらかく輝き、他の寮とはまるで違う雰囲気をまとっていた。

玄関前に立つと──
大公家から派遣された使用人たちが整列し、深く頭を下げる。

「ユリウス様、皆様方、おかえりなさいま──」

そこで、彼らの視線が私に向く。
ほんの一瞬だけ、驚きの色が浮かんだ。

しかし次の瞬間には、丁寧に姿勢を正し、深々と礼をした。

「王女殿下。ようこそ皇族寮へ。
どうぞご自由におくつろぎくださいませ」

柔らかい声で歓迎され、胸の奥がじんわり温かくなる。

だが──
その穏やかな空気を切り裂くように、ユリウスが一歩前へ出た。

「みなに通達する。
──彼女の世話は、すべて私たち4人が行う」

使用人たちは一瞬ぽかんとし、すぐに姿勢を正す。

「……承知いたしました」

驚きは隠せないようだったが、逆らう者はいない。

(え……? え?)

思わずユリウスを見る──
その背後で、ヴィクトルもシグもフィンも静かに頷いていた。

「……あの、わたし、迷惑じゃ──」

「迷惑ではありません」

ヴィクトルが食い気味に答え、強い決意が声に滲む。

「侍女をつければ、あなたに触れられる時間が減ってしまう」

「そんなの、ありえないでしょ~?」

フィンも笑いながら言う。

「必要なことは俺たちで全部できる。問題ない」

シグの言葉もあまりに当然のようで、反論の隙もなかった。

ユリウスも落ち着いた口調で続ける。

「ルナ。君との時間を、誰にも渡したくないだけだよ」

(……そんなふうに言われたら、もう……)

胸がぎゅっと締め付けられ、視界が滲みかける。
転生しても、変わらずに求めてくれる人たちがいる。
それだけで、心が満たされていく。

使用人たちは柔和に微笑み、頭を下げた。

「では、必要なときは何なりとお申し付けくださいませ。
基本的な準備のみ整えさせていただき、あとは
お任せいたします」

そう言って静かに控えの間へ退いていく。

皇族寮の玄関ホールに、5人だけの柔らかな空気が落ちた。

(……ここが、今日からの居場所なんだ……)

胸の奥がじんわり満たされ、それはゆっくりと温かい光に変わっていった。
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