純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第十章:星霜の果て、巡り逢う

第171話・変わらない優しさに溺れて

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食堂に入ると、ふわりと温かな香りが迎えてくれた。
静かな空気の中、テーブルには湯気の立つ料理が5人分、きれいに並んでいる。

使用人が一礼して下がり、扉が静かに閉まった、その瞬間──。

ルナが椅子に腰を下ろす前に、ヴィクトルが先に椅子を引き、柔らかな声で告げた。

「ルナ様、こちらへ。……もう、無理はさせません」

促されるまま座ると、ヴィクトルは当然のようにルナの皿を取る。

「私が取り分けます」

スープを注ぎ、パンを切り分け、メインも食べやすい大きさに整えていく。
その手つきは驚くほど丁寧で、まるで“これをさせてもらえることが嬉しくてたまらない”と言っているかのようだった。

「ルナ様。熱いので、気をつけてくださいね」

スプーンをすくい──ルナの口元へそっと差し出してくる。

「……え、ちょっと……」

反対側ではフィンが、満面の笑みで言った。

「ほらルナ、次これ食べよ? 僕が切ってあげるから!」

そう言うが早いか、フォークとナイフを手に取り、茹で野菜を器用に刻み始める。

(え、待っ──)

「ほら、あーん?」

慌てて私は手を伸ばす。

「だ、だいじょうぶ、自分で食べれるから……」

そう言うと、ヴィクトルは微笑んだまま、ルナの皿を少し手前に引いて守るように置いた。

「しかし……私が食べさせたほうが、確実で丁寧です」

フィンはフィンで首をかしげながら、悪びれずに言う。

「ルナが食べやすいほうがいいでしょ?はい、ね?」

耐えかねて、ルナは助けを求めるようにユリウスへ視線を送る。
ユリウスは肘をついたまま、心底どうしようもないものを見るようにため息をついた。

「……ルナ、諦めたほうが早い」

「え……」

「前からそうだっただろう。ルナの世話を焼きたがる2人だ。止めても無駄だよ」

シグもパンをちぎりながら、低く笑った。

「お前はもう……されるがままのほうが楽だぞ」

(う……そ、そうかもだけど……)

「……あ、あのね。
ヴィクトルもフィンも、自分のご飯食べないと…冷めちゃうよ?」

ささやかな抵抗を試みる。
だが──

「冷めても、問題ありません。ルナ様が最優先です」

ヴィクトルは、揺るがぬ笑顔のままきっぱりと言い切った。
フィンも優しい声を重ねる。

「ね、お腹空いてたでしょ? いーっぱい食べよ? 今日は僕……ずっと隣にいるから」

心がくすぐったくなって、力が抜けるように笑ってしまった。

「……もう。わかったよ、2人とも。
……前からこうだったもんね」

口にした途端、その懐かしさが胸の奥をふるわせた。

「……じゃあ……お願い」

そう言った瞬間──

ヴィクトルの表情が、胸の奥までほどけるように柔らかくなった。

「……はい」

その一方で、隣のフィンは「やった……っ!」と喜びを隠しもしない声で、嬉しそうに身を乗り出した。

前世で、何百年も抱えていた孤独が、ようやくほどけていくような感覚。
4人は、まるで“息をするように”自然に微笑む。
そして、前世では長い間叶わなかった“5人で囲む食卓”が──静かに、ゆっくりと始まった。


「ルナ、これも食べよ。ほら、好きだったよね?」

刻んだ肉をフォークに刺し、ルナの口先に触れるほど近く差し出してくる。

(ち、近い……)

そっと顔を向けると、フィンの大きな瞳が、まっすぐこちらを覗き込んでいた。

「フ、フィン……あのね」

「ん? なに?」

「そんなに見られると……食べづらいよ……?」

言った途端、フィンは一度だけ瞬きをした。

そして──
嬉しさを隠そうともしない、子犬みたいな笑顔をふわりと浮かべる。

「……だって。久しぶりなんだよ。ルナの“ご飯を食べる顔”見るの」

甘えるような声音なのに、その奥には“ずっと会いたかった”という本気が宿っていた。

頬が熱くなる。

(……こんなの……勝てないよ)

その横で、ヴィクトルはスープの器に手を伸ばし、ひとすくい──
表面の熱を見極めるように、わずかに息を吹きかけてから、

「ちょうど良い温度です。……どうぞ」

スプーンを、私の口元までそっと差し出す。

角度も、距離も、ひとつひとつが丁寧で。
“ルナに負担をかけたくない”と、その所作そのものが物語っていた。

唇をつけて、スープをひと口。
温かくて優しい味が広がる。

「……おいしい……」

思わずそうこぼすと、ヴィクトルは目を伏せ、胸の奥で何かを噛みしめるように小さく息を吸った。

「……ルナ様が、そうして美味しそうに召し上がってくださるだけで……私は……」

それ以上は声にならず、ただ静かに、幸福を抱きしめるように目を細める。

繊細で、優しくて──
なのに愛情と独占欲が隠し切れていない世話焼きの手つき。

左右から違う甘さで包まれ、懐かしさと照れとと幸福で、胸がいっぱいになる。

「……ほんと、2人とも……変わらない……」

ゆるく笑いながら言うと、フィンは嬉しそうに肩へ額を寄せ、ヴィクトルはふっと穏やかに目を細めた。

その光景を、向かいの2人が静かに見つめていた。

ユリウスは腕を組んだまま、わずかに緩んだ表情で呟く。

「……戻ったんだな。ようやく」

シグも深く息を吐き、パンをちぎりながら、低い声で言う。

「この空気……懐かしいな。ルナが真ん中にいるのが……一番しっくりくる」

途切れたはずの時間が、もう一度──
同じ食卓の上で、静かに繋がっていった。
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