純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約

第30話・魔力供給

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薄暗い部屋の中、蝋燭の炎が静かに揺れている。ベッドの上には、血の気の引いた顔で横たわるルナフィエラ様。
彼女の細い指先は冷たく、まるで命の灯が消えかかっているかのようだった。

ヴィクトルはその傍らに座り、彼女の手をそっと握る。だが、何度そうしても、微かな魔力が流れるだけで、それ以上の効果は得られなかった。

(……やはり、足りない)

わかっていた。すでに試した。
だが、ルナフィエラの魔力は回復せず、意識を取り戻す気配すらない。

「……くっ」

小さく息を詰め、ヴィクトルは眉を寄せた。

「魔力供給は粘膜接触が最も効率的だ」

ユリウスの言葉が脳裏をよぎる。
確かに、それなら確実に魔力を流せるだろう。

だが、彼女の許可もないまま、その方法を選ぶわけにはいかなかった。
だからこそ、彼も、フィンも、シグも、ユリウスも、手を出さずにいた。

「……」

ヴィクトルはそっとルナフィエラの頬を見つめる。
このままでは、彼女が危ない。

心臓が嫌なほど騒がしく鼓動を刻んでいた。

仕える騎士として、彼女の命を救うことは当然の務め。
そして――それ以上の想いが、自分の中にあることも、否定できなかった。

ルナフィエラを見つけたときから、彼はすでに惹かれていた。
それでも、彼女は主人であり、自分は騎士にすぎない。
その一線を超えてはならない。


(……これは、主を助けるための行為)


己にそう言い聞かせ、ヴィクトルは静かに身を屈める。
目を閉じたままのルナフィエラの顔が、すぐそばにある。

唇が触れる寸前、一瞬だけ逡巡がよぎった。

だが、次の瞬間――

そっと、ルナフィエラの唇に自分の唇を重ねた。

瞬間、ほわっと温かい魔力がルナフィエラの身体へと吸い込まれていく。

ヴィクトルの魔力が流れ込み、それと同時に、彼自身もルナフィエラの中にある微かな生命の鼓動を感じ取る。
呼吸が、わずかに安定したように思えた。

(……成功、した……?)

そう確信しかけたとき。

「……ヴィク……ト…ル……?」

かすれた声が、彼を呼んだ。

驚きに、ヴィクトルは思わず動きを止める。

瞳を開いたルナフィエラが、ぼんやりと彼を見つめていた。

(……しまった)

彼女が気づいてしまったことに、無意識に動揺する。

「……ご気分は、いかがですか?」

努めて平静を装い、低く静かな声で尋ねる。

ルナフィエラはまだ完全に意識が戻っていないのか、朦朧としたまま、ただ彼を見つめていた。

ヴィクトルはそっと目を伏せる。

「……どうか、今はお休みください」

そう告げると、ルナフィエラの瞳がゆっくりと閉じられる。

彼女の呼吸は安定し、深い眠りへと落ちていった。

ヴィクトルはしばらくその場から動けなかった。

「これは……魔力供給のために必要だった……それだけのこと」

自分にそう言い聞かせる。

だが――

唇に残る微かな温もりと、心臓の鼓動の速さだけは、誤魔化せなかった。
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