29 / 177
第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約
第30話・魔力供給
しおりを挟む
薄暗い部屋の中、蝋燭の炎が静かに揺れている。ベッドの上には、血の気の引いた顔で横たわるルナフィエラ様。
彼女の細い指先は冷たく、まるで命の灯が消えかかっているかのようだった。
ヴィクトルはその傍らに座り、彼女の手をそっと握る。だが、何度そうしても、微かな魔力が流れるだけで、それ以上の効果は得られなかった。
(……やはり、足りない)
わかっていた。すでに試した。
だが、ルナフィエラの魔力は回復せず、意識を取り戻す気配すらない。
「……くっ」
小さく息を詰め、ヴィクトルは眉を寄せた。
「魔力供給は粘膜接触が最も効率的だ」
ユリウスの言葉が脳裏をよぎる。
確かに、それなら確実に魔力を流せるだろう。
だが、彼女の許可もないまま、その方法を選ぶわけにはいかなかった。
だからこそ、彼も、フィンも、シグも、ユリウスも、手を出さずにいた。
「……」
ヴィクトルはそっとルナフィエラの頬を見つめる。
このままでは、彼女が危ない。
心臓が嫌なほど騒がしく鼓動を刻んでいた。
仕える騎士として、彼女の命を救うことは当然の務め。
そして――それ以上の想いが、自分の中にあることも、否定できなかった。
ルナフィエラを見つけたときから、彼はすでに惹かれていた。
それでも、彼女は主人であり、自分は騎士にすぎない。
その一線を超えてはならない。
(……これは、主を助けるための行為)
己にそう言い聞かせ、ヴィクトルは静かに身を屈める。
目を閉じたままのルナフィエラの顔が、すぐそばにある。
唇が触れる寸前、一瞬だけ逡巡がよぎった。
だが、次の瞬間――
そっと、ルナフィエラの唇に自分の唇を重ねた。
瞬間、ほわっと温かい魔力がルナフィエラの身体へと吸い込まれていく。
ヴィクトルの魔力が流れ込み、それと同時に、彼自身もルナフィエラの中にある微かな生命の鼓動を感じ取る。
呼吸が、わずかに安定したように思えた。
(……成功、した……?)
そう確信しかけたとき。
「……ヴィク……ト…ル……?」
かすれた声が、彼を呼んだ。
驚きに、ヴィクトルは思わず動きを止める。
瞳を開いたルナフィエラが、ぼんやりと彼を見つめていた。
(……しまった)
彼女が気づいてしまったことに、無意識に動揺する。
「……ご気分は、いかがですか?」
努めて平静を装い、低く静かな声で尋ねる。
ルナフィエラはまだ完全に意識が戻っていないのか、朦朧としたまま、ただ彼を見つめていた。
ヴィクトルはそっと目を伏せる。
「……どうか、今はお休みください」
そう告げると、ルナフィエラの瞳がゆっくりと閉じられる。
彼女の呼吸は安定し、深い眠りへと落ちていった。
ヴィクトルはしばらくその場から動けなかった。
「これは……魔力供給のために必要だった……それだけのこと」
自分にそう言い聞かせる。
だが――
唇に残る微かな温もりと、心臓の鼓動の速さだけは、誤魔化せなかった。
彼女の細い指先は冷たく、まるで命の灯が消えかかっているかのようだった。
ヴィクトルはその傍らに座り、彼女の手をそっと握る。だが、何度そうしても、微かな魔力が流れるだけで、それ以上の効果は得られなかった。
(……やはり、足りない)
わかっていた。すでに試した。
だが、ルナフィエラの魔力は回復せず、意識を取り戻す気配すらない。
「……くっ」
小さく息を詰め、ヴィクトルは眉を寄せた。
「魔力供給は粘膜接触が最も効率的だ」
ユリウスの言葉が脳裏をよぎる。
確かに、それなら確実に魔力を流せるだろう。
だが、彼女の許可もないまま、その方法を選ぶわけにはいかなかった。
だからこそ、彼も、フィンも、シグも、ユリウスも、手を出さずにいた。
「……」
ヴィクトルはそっとルナフィエラの頬を見つめる。
このままでは、彼女が危ない。
心臓が嫌なほど騒がしく鼓動を刻んでいた。
仕える騎士として、彼女の命を救うことは当然の務め。
そして――それ以上の想いが、自分の中にあることも、否定できなかった。
ルナフィエラを見つけたときから、彼はすでに惹かれていた。
それでも、彼女は主人であり、自分は騎士にすぎない。
その一線を超えてはならない。
(……これは、主を助けるための行為)
己にそう言い聞かせ、ヴィクトルは静かに身を屈める。
目を閉じたままのルナフィエラの顔が、すぐそばにある。
唇が触れる寸前、一瞬だけ逡巡がよぎった。
だが、次の瞬間――
そっと、ルナフィエラの唇に自分の唇を重ねた。
瞬間、ほわっと温かい魔力がルナフィエラの身体へと吸い込まれていく。
ヴィクトルの魔力が流れ込み、それと同時に、彼自身もルナフィエラの中にある微かな生命の鼓動を感じ取る。
呼吸が、わずかに安定したように思えた。
(……成功、した……?)
そう確信しかけたとき。
「……ヴィク……ト…ル……?」
かすれた声が、彼を呼んだ。
驚きに、ヴィクトルは思わず動きを止める。
瞳を開いたルナフィエラが、ぼんやりと彼を見つめていた。
(……しまった)
彼女が気づいてしまったことに、無意識に動揺する。
「……ご気分は、いかがですか?」
努めて平静を装い、低く静かな声で尋ねる。
ルナフィエラはまだ完全に意識が戻っていないのか、朦朧としたまま、ただ彼を見つめていた。
ヴィクトルはそっと目を伏せる。
「……どうか、今はお休みください」
そう告げると、ルナフィエラの瞳がゆっくりと閉じられる。
彼女の呼吸は安定し、深い眠りへと落ちていった。
ヴィクトルはしばらくその場から動けなかった。
「これは……魔力供給のために必要だった……それだけのこと」
自分にそう言い聞かせる。
だが――
唇に残る微かな温もりと、心臓の鼓動の速さだけは、誤魔化せなかった。
0
あなたにおすすめの小説
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛
女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。
月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。
ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。
そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。
さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。
味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。
誰が敵で誰が味方なのか。
そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。
カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる