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第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約
第33話・無力と惨め
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ルナフィエラが目を覚ましてから 3日が経過した。
少しずつ回復はしているものの、 手足に力が入らず、ベッドから動くこともままならない。
それどころか―― まともに食事を摂ることすらできなかった。
フィンが特製の栄養スープを作り、 ヴィクトルやシグが交代で食べさせていたが、ルナフィエラの食欲はほとんど戻らない。
無理に口へ運んでも、 受け付けずに吐いてしまうことが多かった。
「……ごめんなさい……」
ルナフィエラは申し訳なさそうに眉を寄せる。
だが、 周りも困惑していた。
ルナがまともに食べられないままでは、 回復が遅れる一方だった。
「無理に食べなくてもいいけどな……」
シグが腕を組みながら、 複雑そうに呟く。
「でも、このままだと体力が戻らないよ」
フィンも困ったように眉を下げる。
そんな中、 ユリウスが痺れを切らしたようにため息をついた。
「……ルナ、吸血したら?」
その言葉に、 部屋の空気がピンと張り詰める。
ルナの瞳が揺れた。
「……っ」
彼女の脳裏に、 100年前の紅き月の夜の記憶がフラッシュバックする。
王族の者たちが理性を失い、互いに血を貪ったあの光景――。
紅い月の下で、 狂気に染まりながら血を求め、喰らい合った王族たちの姿が蘇る。
(……違う……私は……)
震えが止まらない。
息が詰まる。
ゆっくりと ルナフィエラは首を横に振った。
「……嫌……」
小さく、消え入りそうな声だった。
それを聞いて、 ユリウスはじっとルナフィエラを見つめる。
「……そうか」
彼はそれ以上何も言わなかったが、 納得して引き下がったわけではなかった。
(ルナは……吸血が必要だと自覚しているはずだ)
それでも、 本能的に拒絶している。
その原因が、 彼女の記憶と恐怖にあることも、ユリウスにはわかっていた。
「……なら、別の方法を考えるしかないな」
ユリウスは深く考え込むように目を伏せた。
ヴィクトルも、 ルナフィエラの震える手をそっと包み込みながら、静かに見守っていた。
(このままでは……いずれ限界が来る)
吸血を拒むルナフィエラ。
それをどう乗り越えるか―― 4人は新たな問題に直面していた。
——————
ルナフィエラが目覚めて 2週間が経過した。
少しずつ体力は戻ってきており、 支えられながらなら何とか歩けるようになった。
ヴィクトルやシグに腕を貸してもらい、 城の中をゆっくりと歩く時間が増えていく。
けれど――
手の方が深刻だった。
指に力が入らず、 スプーンを持つことすらできない。
「……ごめんなさい……」
フィンが食事を口元に運ぶたびに、 ルナフィエラは申し訳なさそうに目を伏せる。
最初は気にしていなかった。
体が弱っているのだから当然だと、自分に言い聞かせていた。
けれど、 2週間経っても状況は変わらない。
自分のことすら自分でできず、 常に誰かの手を借りなければならなかった。
「……ルナ、無理しなくていいんだよ」
優しく微笑むフィン。
「気にするな。お前は弱いんだから、頼ればいい」
当たり前のように言うシグ。
「お前が迷惑だと思ってることは、俺たちにとっては迷惑じゃない」
ユリウスも淡々と告げる。
そして、ヴィクトルはルナフィエラの髪をそっと撫でて囁いた。
「ルナ様が生きていてくださることが、何よりの喜びです」
皆が優しい。
けれど、それが余計に辛かった。
(……血を飲めば、すぐに回復できるかもしれない)
わかっている。
けれど、 怖い。
紅き月の夜の記憶が邪魔をして、どうしても踏み出せない。
「……私、何のために生きてるんだろう……」
そう呟いた瞬間、 ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。
それが合図のように、 次々と涙が溢れてくる。
止めようとしても止まらなかった。
「……っ、……うぅ……っ」
みっともない。
惨めだ。
情けない。
ルナフィエラは自分の存在が惨めで、嫌で仕方なかった。
何もできない。
誰かに守られるだけの存在。
今の自分に生きている意味があるのかすら、わからなくなっていた。
そんな思いが ぐちゃぐちゃになって胸を締め付ける。
(こんなにも、何もできないなんて……)
視界が滲んで、ぼやける。
唇を噛み締めても、涙は止まらなかった。
「ルナ……」
温かい腕が、そっとルナフィエラの肩を包み込んだ。
優しく、そっと抱き寄せるように。
フィンがルナフィエラを包み込み、背中を撫でた。
「ルナ……泣いていいよ。全部吐き出して」
「……で、でも……っ」
「“でも” じゃないよ」
フィンは静かに言う。
その声はとても穏やかで、どこまでも優しかった。
「君は、100年もの間ずっと一人で生きてきたんだよね」
「……」
「生きてるだけで、すごいことだよ。
それなのに、今すぐ “何かできないといけない” なんて……そんなこと、ないんだよ」
ルナフィエラの涙を、指でそっと拭いながら、フィンは微笑む。
「僕たちがいる。
ヴィクトルも、ユリウスも、シグも。
君のために、君の傍にいるんだ」
「……っ」
「だから、君は今 “生きてくれている” だけでいい」
「……でも……」
「“でも” じゃないよ」
フィンは、ルナフィエラの震える肩を抱きしめるようにそっと強くした。
「ルナ。君は、“迷惑” なんかじゃない。
“何もできない” なんてこともない」
「……っ」
「だって、僕たちは君に救われてるから」
「……?」
ルナフィエラは涙で濡れた目をフィンに向けた。
フィンは柔らかく微笑んだまま、 そっとルナの髪を撫でる。
「君がいてくれるだけで、僕は幸せだよ」
「……」
「ヴィクトルも、ユリウスも、シグも、みんなそう思ってる」
「……私が、いるだけで……?」
「うん」
フィンはゆっくりとルナの手を取り、自分の胸の上にそっと置いた。
「ここ、感じる?」
ルナフィエラの手のひら越しに、トクン、トクンと鼓動が伝わる。
「これはね、君が “生きてくれている” から、僕の心臓が動いているんだよ」
「……」
「君がいなかったら、僕たちは……きっと、こんなに温かい時間を知らないままだった」
フィンの言葉が静かに、心に染み込む。
「だから――ルナ。お願いだから、“自分には価値がない” なんて思わないで」
「……」
「君は、僕たちにとって――何よりも大切な存在なんだから」
フィンの優しい声と温かい腕に包まれて、ルナの涙はさらに溢れた。
「……ごめん、なさい……っ」
「ううん。泣いていいよ」
フィンは 何も言わず、ただ優しくルナフィエラを抱きしめ続けた。
――どれほどそうしていただろう。
やがて、涙が落ち着いた頃。
フィンがそっとルナフィエラの頬を撫で、微笑んだ。
「……少しだけ、すっきりした?」
ルナは小さく頷く。
フィンは安心したように微笑み、ルナの手をそっと握った。
「じゃあ……ゆっくり、少しずつでいいから。僕たちと一緒に歩こう?」
ルナフィエラは涙で濡れた目を瞬かせ、そして、ぎこちなく頷いた。
「……うん」
そうして、ようやく――
ルナは、また前を向くことを決めた。
——————
ルナフィエラは泣き疲れ、静かな寝息を立てていた。
その顔はまだ涙の跡が残り、少しだけ寂しそうに見えた。
フィンはそっと布団を整え、ルナフィエラの手を優しく握る。
そこから微かに温かな治癒魔法の光が灯った。
「……大丈夫だよ、ルナ」
フィンは静かに呟きながら、魔力を送り続ける。
一方で、部屋の隅に立つヴィクトルは何も言えずにいた。
ルナフィエラの言葉が胸に深く突き刺さっていた。
(……私には何の価値もない……?)
その言葉が頭から離れなかった。
彼女が自分をそこまで追い詰めていたことに、気づけなかった。
いや、本当は薄々気づいていたのかもしれない。
魔物に襲われ、魔族に攫われ、無惨に血を奪われ――
救い出したはずのルナフィエラは、 今もなお、自分の存在意義を見失っていた。
(……私は、ルナ様を守れなかった)
唇を噛み締める。
ルナフィエラの血を奪った者たちだけではない。
彼女をここまで追い詰めたのは、自分たちの未熟さだった。
ヴィクトルはふとルナフィエラの顔を見つめる。
長い睫毛が震えている。
まだ悪い夢でも見ているのかもしれない。
「……ルナ様」
そっと名を呼ぶ。
しかし、 眠っているルナフィエラは応えなかった。
(……私は、貴女を守ると誓ったのに)
どんな敵からも、どんな脅威からも、 貴女をお守りすると。
けれど――
肝心な 貴女の心は、守りきれなかった。
ルナフィエラが何もできない自分を責め、涙を流すほどに。
(……許されるなら、もう一度誓おう)
この先、ルナフィエラが二度と こんな涙を流さなくていいように。
(貴女に、価値があることを証明しよう)
何よりも、 貴女自身がそれを信じられるように。
ヴィクトルは静かに拳を握る。
「……貴女をお守りするという誓いは、今も変わりません」
ルナフィエラの手を握るフィンの向こうで、ヴィクトルは そっと目を伏せ、静かに誓った。
少しずつ回復はしているものの、 手足に力が入らず、ベッドから動くこともままならない。
それどころか―― まともに食事を摂ることすらできなかった。
フィンが特製の栄養スープを作り、 ヴィクトルやシグが交代で食べさせていたが、ルナフィエラの食欲はほとんど戻らない。
無理に口へ運んでも、 受け付けずに吐いてしまうことが多かった。
「……ごめんなさい……」
ルナフィエラは申し訳なさそうに眉を寄せる。
だが、 周りも困惑していた。
ルナがまともに食べられないままでは、 回復が遅れる一方だった。
「無理に食べなくてもいいけどな……」
シグが腕を組みながら、 複雑そうに呟く。
「でも、このままだと体力が戻らないよ」
フィンも困ったように眉を下げる。
そんな中、 ユリウスが痺れを切らしたようにため息をついた。
「……ルナ、吸血したら?」
その言葉に、 部屋の空気がピンと張り詰める。
ルナの瞳が揺れた。
「……っ」
彼女の脳裏に、 100年前の紅き月の夜の記憶がフラッシュバックする。
王族の者たちが理性を失い、互いに血を貪ったあの光景――。
紅い月の下で、 狂気に染まりながら血を求め、喰らい合った王族たちの姿が蘇る。
(……違う……私は……)
震えが止まらない。
息が詰まる。
ゆっくりと ルナフィエラは首を横に振った。
「……嫌……」
小さく、消え入りそうな声だった。
それを聞いて、 ユリウスはじっとルナフィエラを見つめる。
「……そうか」
彼はそれ以上何も言わなかったが、 納得して引き下がったわけではなかった。
(ルナは……吸血が必要だと自覚しているはずだ)
それでも、 本能的に拒絶している。
その原因が、 彼女の記憶と恐怖にあることも、ユリウスにはわかっていた。
「……なら、別の方法を考えるしかないな」
ユリウスは深く考え込むように目を伏せた。
ヴィクトルも、 ルナフィエラの震える手をそっと包み込みながら、静かに見守っていた。
(このままでは……いずれ限界が来る)
吸血を拒むルナフィエラ。
それをどう乗り越えるか―― 4人は新たな問題に直面していた。
——————
ルナフィエラが目覚めて 2週間が経過した。
少しずつ体力は戻ってきており、 支えられながらなら何とか歩けるようになった。
ヴィクトルやシグに腕を貸してもらい、 城の中をゆっくりと歩く時間が増えていく。
けれど――
手の方が深刻だった。
指に力が入らず、 スプーンを持つことすらできない。
「……ごめんなさい……」
フィンが食事を口元に運ぶたびに、 ルナフィエラは申し訳なさそうに目を伏せる。
最初は気にしていなかった。
体が弱っているのだから当然だと、自分に言い聞かせていた。
けれど、 2週間経っても状況は変わらない。
自分のことすら自分でできず、 常に誰かの手を借りなければならなかった。
「……ルナ、無理しなくていいんだよ」
優しく微笑むフィン。
「気にするな。お前は弱いんだから、頼ればいい」
当たり前のように言うシグ。
「お前が迷惑だと思ってることは、俺たちにとっては迷惑じゃない」
ユリウスも淡々と告げる。
そして、ヴィクトルはルナフィエラの髪をそっと撫でて囁いた。
「ルナ様が生きていてくださることが、何よりの喜びです」
皆が優しい。
けれど、それが余計に辛かった。
(……血を飲めば、すぐに回復できるかもしれない)
わかっている。
けれど、 怖い。
紅き月の夜の記憶が邪魔をして、どうしても踏み出せない。
「……私、何のために生きてるんだろう……」
そう呟いた瞬間、 ぽろり、と涙がこぼれ落ちた。
それが合図のように、 次々と涙が溢れてくる。
止めようとしても止まらなかった。
「……っ、……うぅ……っ」
みっともない。
惨めだ。
情けない。
ルナフィエラは自分の存在が惨めで、嫌で仕方なかった。
何もできない。
誰かに守られるだけの存在。
今の自分に生きている意味があるのかすら、わからなくなっていた。
そんな思いが ぐちゃぐちゃになって胸を締め付ける。
(こんなにも、何もできないなんて……)
視界が滲んで、ぼやける。
唇を噛み締めても、涙は止まらなかった。
「ルナ……」
温かい腕が、そっとルナフィエラの肩を包み込んだ。
優しく、そっと抱き寄せるように。
フィンがルナフィエラを包み込み、背中を撫でた。
「ルナ……泣いていいよ。全部吐き出して」
「……で、でも……っ」
「“でも” じゃないよ」
フィンは静かに言う。
その声はとても穏やかで、どこまでも優しかった。
「君は、100年もの間ずっと一人で生きてきたんだよね」
「……」
「生きてるだけで、すごいことだよ。
それなのに、今すぐ “何かできないといけない” なんて……そんなこと、ないんだよ」
ルナフィエラの涙を、指でそっと拭いながら、フィンは微笑む。
「僕たちがいる。
ヴィクトルも、ユリウスも、シグも。
君のために、君の傍にいるんだ」
「……っ」
「だから、君は今 “生きてくれている” だけでいい」
「……でも……」
「“でも” じゃないよ」
フィンは、ルナフィエラの震える肩を抱きしめるようにそっと強くした。
「ルナ。君は、“迷惑” なんかじゃない。
“何もできない” なんてこともない」
「……っ」
「だって、僕たちは君に救われてるから」
「……?」
ルナフィエラは涙で濡れた目をフィンに向けた。
フィンは柔らかく微笑んだまま、 そっとルナの髪を撫でる。
「君がいてくれるだけで、僕は幸せだよ」
「……」
「ヴィクトルも、ユリウスも、シグも、みんなそう思ってる」
「……私が、いるだけで……?」
「うん」
フィンはゆっくりとルナの手を取り、自分の胸の上にそっと置いた。
「ここ、感じる?」
ルナフィエラの手のひら越しに、トクン、トクンと鼓動が伝わる。
「これはね、君が “生きてくれている” から、僕の心臓が動いているんだよ」
「……」
「君がいなかったら、僕たちは……きっと、こんなに温かい時間を知らないままだった」
フィンの言葉が静かに、心に染み込む。
「だから――ルナ。お願いだから、“自分には価値がない” なんて思わないで」
「……」
「君は、僕たちにとって――何よりも大切な存在なんだから」
フィンの優しい声と温かい腕に包まれて、ルナの涙はさらに溢れた。
「……ごめん、なさい……っ」
「ううん。泣いていいよ」
フィンは 何も言わず、ただ優しくルナフィエラを抱きしめ続けた。
――どれほどそうしていただろう。
やがて、涙が落ち着いた頃。
フィンがそっとルナフィエラの頬を撫で、微笑んだ。
「……少しだけ、すっきりした?」
ルナは小さく頷く。
フィンは安心したように微笑み、ルナの手をそっと握った。
「じゃあ……ゆっくり、少しずつでいいから。僕たちと一緒に歩こう?」
ルナフィエラは涙で濡れた目を瞬かせ、そして、ぎこちなく頷いた。
「……うん」
そうして、ようやく――
ルナは、また前を向くことを決めた。
——————
ルナフィエラは泣き疲れ、静かな寝息を立てていた。
その顔はまだ涙の跡が残り、少しだけ寂しそうに見えた。
フィンはそっと布団を整え、ルナフィエラの手を優しく握る。
そこから微かに温かな治癒魔法の光が灯った。
「……大丈夫だよ、ルナ」
フィンは静かに呟きながら、魔力を送り続ける。
一方で、部屋の隅に立つヴィクトルは何も言えずにいた。
ルナフィエラの言葉が胸に深く突き刺さっていた。
(……私には何の価値もない……?)
その言葉が頭から離れなかった。
彼女が自分をそこまで追い詰めていたことに、気づけなかった。
いや、本当は薄々気づいていたのかもしれない。
魔物に襲われ、魔族に攫われ、無惨に血を奪われ――
救い出したはずのルナフィエラは、 今もなお、自分の存在意義を見失っていた。
(……私は、ルナ様を守れなかった)
唇を噛み締める。
ルナフィエラの血を奪った者たちだけではない。
彼女をここまで追い詰めたのは、自分たちの未熟さだった。
ヴィクトルはふとルナフィエラの顔を見つめる。
長い睫毛が震えている。
まだ悪い夢でも見ているのかもしれない。
「……ルナ様」
そっと名を呼ぶ。
しかし、 眠っているルナフィエラは応えなかった。
(……私は、貴女を守ると誓ったのに)
どんな敵からも、どんな脅威からも、 貴女をお守りすると。
けれど――
肝心な 貴女の心は、守りきれなかった。
ルナフィエラが何もできない自分を責め、涙を流すほどに。
(……許されるなら、もう一度誓おう)
この先、ルナフィエラが二度と こんな涙を流さなくていいように。
(貴女に、価値があることを証明しよう)
何よりも、 貴女自身がそれを信じられるように。
ヴィクトルは静かに拳を握る。
「……貴女をお守りするという誓いは、今も変わりません」
ルナフィエラの手を握るフィンの向こうで、ヴィクトルは そっと目を伏せ、静かに誓った。
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