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第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約
第34話・限界を迎えた心と眠れぬ夜
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翌日、ルナフィエラはいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「もう大丈夫」と言うように、できる限り明るく振る舞い、
食事も、会話も、何事もなかったかのように続けていた。
——だが、彼女の心はとうに限界だった。
夜。
静まり返った古城の廊下。
蝋燭の灯が揺れ、窓から差し込む月明かりが薄く床を照らしている。
その廊下を、 ゆっくりと歩く影があった。
ルナフィエラだった。
——だが、その目に光はなかった。
彼女は意識があるようでなく、ただ静かに歩いていた。
裸足のまま、何かに導かれるように。
「……ルナ様?」
偶然、廊下を歩いていたヴィクトルがその姿を見つけた。
ルナフィエラは足を止めず、まるで夢の中を彷徨うかのように進んでいく。
「ルナ様……?」
声をかけるも、 反応がない。
ヴィクトルは眉をひそめ、
急ぎ足で彼女の前に立ち塞がった。
「……どこへ行かれるのですか?」
その瞬間、ルナフィエラの歩みが止まる。
「……」
ヴィクトルの紅い瞳が、ルナフィエラの顔を見つめる。
瞳は虚ろで、焦点が合っていなかった。
「……っ」
(これは——)
——夢遊病。
気づいた瞬間、 胸が強く締め付けられる。
(ルナ様……どれほどの悪夢を……?)
ここ数日、ルナフィエラはほとんど眠れていなかった。
夜ごとに悪夢を見ては、息を切らして目を覚まし、
深夜の中庭で、ひとり静かに月を見上げていた。
それを知っていたヴィクトルやシグは、
彼女が眠れるようにと、さりげなく気を配っていた。
だが—— まさか、夢遊病まで発症するほど追い詰められていたとは。
「……ルナ様」
ヴィクトルは そっとルナフィエラの手を取った。
ひどく冷たい。
「戻りましょう。ここは寒い」
そう優しく囁くと、ルナフィエラの指がかすかに動いた。
だが—— 次の瞬間、ルナフィエラは小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
「……?」
「……ごめんなさい……私、何もできないのに……」
ヴィクトルの胸が、痛みで軋む。
彼女は目を閉じたまま、虚ろなまま、それでも泣くように呟き続けた。
「……また、みんなに迷惑をかける……ごめんなさい……」
「……っ」
ヴィクトルは躊躇なく、ルナフィエラをそっと抱き寄せた。
「貴女は、何も謝る必要はありません」
「……」
「ルナ様……どうか、ご自身を責めないでください」
彼女の髪を優しく撫でる。
しばらくそうしていると、ルナフィエラの呼吸が少しずつ落ち着いてきた。
瞳にわずかに焦点が戻る。
「……ヴィクトル……?」
「はい、ルナ様」
「……私……?」
「大丈夫です。もう何も心配しなくていい」
ヴィクトルは、彼女の背中をそっと撫でながら、
「お帰りなさいませ」と、いつも通りの敬意を込めた声で囁いた。
「……」
ルナフィエラの瞳が、微かに揺れる。
そして、彼女は力を失うように、
再びヴィクトルの腕の中で深い眠りに落ちたのだった。
——————
ルナフィエラの夢遊病は続いていた。
眠りについても、深夜になるとふらりと起き上がり、
意識のないまま古城の中を彷徨い歩く。
最初はヴィクトルが気づいた夜だけかと思われたが——
それは 毎晩のように繰り返されるようになった。
「……また、だ」
深夜。
ユリウスが小さく息を吐く。
寝室から廊下へと歩くルナの後ろ姿。
その足取りは覚束ないが、どこかを目指しているようにも見える。
「ルナ」
声をかけても、やはり反応はない。
ただ、静かに歩き続けるだけ。
「これで何度目だ?」
ユリウスの後ろで、シグが腕を組みながらぼそりと呟いた。
彼の顔にはわずかに疲労の色が見える。
「……もう、5日目になるな」
「……治せないのか?」
「無理だ」
ユリウスは短く答えた。
「魔法で眠りを深くすることはできるが、夢遊病そのものを治す術はない。
ましてや、紅き月が近づいて魔力が乱れてつつある今、無理に眠らせるのは逆効果だ」
「……フィンは?」
「試したが、ダメだった」
治癒魔法の専門家であるフィンも、 夢遊病に関しては打つ手なし。
治癒の力では精神の奥底に潜む問題までは癒やせない。
だから 今の彼らにできるのは——ただ、見守ることだけだった。
「……このままじゃ、まずいな」
シグが小さく息を吐く。
当然のことだ。
ルナフィエラが自覚のないまま動き回る以上、目を離せば何が起こるかわからない。
夜ごとに交代で見張るしかない。
しかし——
(……俺たちも、そろそろ限界か)
ヴィクトル、シグ、ユリウス、フィン。
彼らもまた、ルナフィエラを見守るために、夜も満足に眠れていなかった。
戦闘の疲労が抜けぬまま、毎夜、徹夜に近い見張り。
誰も不満を言うことはなかったが——
確実に4人にも疲労の色が見え始めていた。
——何より、一番の問題は。
「……ルナ自身も、このことを知らないということだよね」
フィンが静かに呟く。
「……」
ルナフィエラは夢遊病の間の記憶を一切持っていない。
朝になれば、
「よく眠れた」とさえ言うのだ。
そのたびに 4人は、苦笑するしかなかった。
(……どうすれば、彼女を救える?)
答えの出ないまま、彼らは今日もまたルナフィエラの夜を見守る。
「もう大丈夫」と言うように、できる限り明るく振る舞い、
食事も、会話も、何事もなかったかのように続けていた。
——だが、彼女の心はとうに限界だった。
夜。
静まり返った古城の廊下。
蝋燭の灯が揺れ、窓から差し込む月明かりが薄く床を照らしている。
その廊下を、 ゆっくりと歩く影があった。
ルナフィエラだった。
——だが、その目に光はなかった。
彼女は意識があるようでなく、ただ静かに歩いていた。
裸足のまま、何かに導かれるように。
「……ルナ様?」
偶然、廊下を歩いていたヴィクトルがその姿を見つけた。
ルナフィエラは足を止めず、まるで夢の中を彷徨うかのように進んでいく。
「ルナ様……?」
声をかけるも、 反応がない。
ヴィクトルは眉をひそめ、
急ぎ足で彼女の前に立ち塞がった。
「……どこへ行かれるのですか?」
その瞬間、ルナフィエラの歩みが止まる。
「……」
ヴィクトルの紅い瞳が、ルナフィエラの顔を見つめる。
瞳は虚ろで、焦点が合っていなかった。
「……っ」
(これは——)
——夢遊病。
気づいた瞬間、 胸が強く締め付けられる。
(ルナ様……どれほどの悪夢を……?)
ここ数日、ルナフィエラはほとんど眠れていなかった。
夜ごとに悪夢を見ては、息を切らして目を覚まし、
深夜の中庭で、ひとり静かに月を見上げていた。
それを知っていたヴィクトルやシグは、
彼女が眠れるようにと、さりげなく気を配っていた。
だが—— まさか、夢遊病まで発症するほど追い詰められていたとは。
「……ルナ様」
ヴィクトルは そっとルナフィエラの手を取った。
ひどく冷たい。
「戻りましょう。ここは寒い」
そう優しく囁くと、ルナフィエラの指がかすかに動いた。
だが—— 次の瞬間、ルナフィエラは小さく呟いた。
「……ごめんなさい」
「……?」
「……ごめんなさい……私、何もできないのに……」
ヴィクトルの胸が、痛みで軋む。
彼女は目を閉じたまま、虚ろなまま、それでも泣くように呟き続けた。
「……また、みんなに迷惑をかける……ごめんなさい……」
「……っ」
ヴィクトルは躊躇なく、ルナフィエラをそっと抱き寄せた。
「貴女は、何も謝る必要はありません」
「……」
「ルナ様……どうか、ご自身を責めないでください」
彼女の髪を優しく撫でる。
しばらくそうしていると、ルナフィエラの呼吸が少しずつ落ち着いてきた。
瞳にわずかに焦点が戻る。
「……ヴィクトル……?」
「はい、ルナ様」
「……私……?」
「大丈夫です。もう何も心配しなくていい」
ヴィクトルは、彼女の背中をそっと撫でながら、
「お帰りなさいませ」と、いつも通りの敬意を込めた声で囁いた。
「……」
ルナフィエラの瞳が、微かに揺れる。
そして、彼女は力を失うように、
再びヴィクトルの腕の中で深い眠りに落ちたのだった。
——————
ルナフィエラの夢遊病は続いていた。
眠りについても、深夜になるとふらりと起き上がり、
意識のないまま古城の中を彷徨い歩く。
最初はヴィクトルが気づいた夜だけかと思われたが——
それは 毎晩のように繰り返されるようになった。
「……また、だ」
深夜。
ユリウスが小さく息を吐く。
寝室から廊下へと歩くルナの後ろ姿。
その足取りは覚束ないが、どこかを目指しているようにも見える。
「ルナ」
声をかけても、やはり反応はない。
ただ、静かに歩き続けるだけ。
「これで何度目だ?」
ユリウスの後ろで、シグが腕を組みながらぼそりと呟いた。
彼の顔にはわずかに疲労の色が見える。
「……もう、5日目になるな」
「……治せないのか?」
「無理だ」
ユリウスは短く答えた。
「魔法で眠りを深くすることはできるが、夢遊病そのものを治す術はない。
ましてや、紅き月が近づいて魔力が乱れてつつある今、無理に眠らせるのは逆効果だ」
「……フィンは?」
「試したが、ダメだった」
治癒魔法の専門家であるフィンも、 夢遊病に関しては打つ手なし。
治癒の力では精神の奥底に潜む問題までは癒やせない。
だから 今の彼らにできるのは——ただ、見守ることだけだった。
「……このままじゃ、まずいな」
シグが小さく息を吐く。
当然のことだ。
ルナフィエラが自覚のないまま動き回る以上、目を離せば何が起こるかわからない。
夜ごとに交代で見張るしかない。
しかし——
(……俺たちも、そろそろ限界か)
ヴィクトル、シグ、ユリウス、フィン。
彼らもまた、ルナフィエラを見守るために、夜も満足に眠れていなかった。
戦闘の疲労が抜けぬまま、毎夜、徹夜に近い見張り。
誰も不満を言うことはなかったが——
確実に4人にも疲労の色が見え始めていた。
——何より、一番の問題は。
「……ルナ自身も、このことを知らないということだよね」
フィンが静かに呟く。
「……」
ルナフィエラは夢遊病の間の記憶を一切持っていない。
朝になれば、
「よく眠れた」とさえ言うのだ。
そのたびに 4人は、苦笑するしかなかった。
(……どうすれば、彼女を救える?)
答えの出ないまま、彼らは今日もまたルナフィエラの夜を見守る。
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