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第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約
第40話・ユリウスとの夜
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静かな夜。
カーテンの隙間から月の光が差し込み、部屋の中を淡く照らしていた。
ルナフィエラはベッドの上に座り、目の前のユリウスをじっと見つめていた。
ユリウスはベッドに入ることなく、ただルナフィエラの傍に腰掛けていた。
「……今夜もおとなしく眠れそうか?」
ユリウスがルナフィエラを見つめながら、穏やかな声で問いかける。
ルナフィエラは小さく頷いたが、ふと胸の奥にあった疑問が浮かび、言葉を紡いだ。
「……ねえ、ユリウス」
「ん?」
ユリウスは微かに首を傾げた。
「あなたは、私を観察しにきたのではなかったの?」
ユリウスの紫の瞳が、僅かに細められる。
「どうして、ここまでよくしてくれるの?」
ルナフィエラは彼の瞳を見つめたまま続ける。
「最初に会ったとき、あなたは私の“覚醒”に興味があると言っていた……。
私の存在が、世界の均衡をどう変えるのか知りたいだけだったんでしょう?」
ユリウスは少しだけ目を伏せる。
彼の瞳の奥に、いつもの余裕ではない、どこか複雑な感情が揺れているように見えた。
「……ああ、最初はそうだったよ」
ユリウスは静かに息をつくと、天井を仰いだ。
「僕の一族は、世界の均衡を見守ることを役目としてきた。
ヴァンパイアの純血種が生きていると知ったとき、その均衡がどう揺らぐのか、それを見極めるつもりだった」
ルナフィエラはじっとユリウスの言葉を聞いていた。
「でもね、ルナ。君と過ごして、僕は思い知ったんだ」
ユリウスはゆっくりと視線をルナフィエラに戻す。
「……僕はもう、ただの観察者ではいられないってね」
ルナフィエラは息を呑んだ。
「君は100年もの間、ひとりで生きてきた。
誰にも頼らず、誰にも心を開かず……ただ、静かに時の流れに身を委ねていた」
ユリウスは微かに苦笑する。
「それなのに……僕たちと出会って、少しずつ君は変わった。
自分の居場所を見つけようとした。頼ることを覚えようとした」
彼の言葉が、ルナフィエラの胸の奥を静かに揺さぶる。
「……僕は、そんな君を見ていたら、もう放っておけなくなったんだ」
ユリウスは優しく微笑む。
「観察者でいるつもりだったのに……気がついたら、君に“生きていてほしい”って願うようになっていた」
ルナフィエラの瞳が揺れる。
「……ユリウス」
ユリウスはゆっくりとルナフィエラの髪を撫でた。
「僕はね、ルナ。君がもっと自由に笑って生きられる世界が見たいんだ」
その言葉に、ルナフィエラは思わず目を伏せる。
(……こんな風に言ってもらえるなんて、思ってなかった)
100年もの孤独の中で、そんな風に願ってくれる人が現れるなんて――
ユリウスはふっと微笑むと、ベッドから立ち上がる。
「さあ、そろそろ休もうか。今夜は僕が傍にいるから、安心して眠っていい」
ルナフィエラはユリウスを見上げた。
「……ありがとう」
ユリウスは軽く肩をすくめると、ベッドの隣にそっと腰を下ろし、ルナフィエラが安心して眠りにつくのを待っていた。
(観察者なんてもう、とっくにやめてしまったよ、ルナ)
そう心の中で呟きながら、ユリウスは静かにルナフィエラの寝顔を見守っていた。
ルナフィエラが静かな寝息を立て始めたのを確認すると、ユリウスはそっと手をかざし、魔法陣を展開した。
(……さて、原因を探らせてもらおうか)
ルナフィエラが悪夢にうなされ、眠りが浅くなっているのは、先日の事件の影響もあるだろう。
だが――それだけではない可能性もある。
彼女の魔力が紅き月の影響で不安定になっている以上、何か別の力が働いていてもおかしくはない。
例えば、ルナフィエラを狙う者が遠隔で呪いを仕掛けている可能性も……
「……慎重にいこう」
ユリウスは魔力を精密に紡ぎながら、ルナフィエラの精神の奥へと探りを入れる。
深く、さらに深く――
すると、ルナフィエラの深層意識の底に、かすかに埋め込まれた“異質な魔力”が見えた。
黒く小さな核――それが彼女の夢を蝕み、精神を疲弊させていた。
(やはり、何者かが仕込んだ呪いか)
ユリウスは目を細め、指先に魔力を凝縮させる。
「――《ディスペル・コア》」
魔力の弾が呪いの核に向かって飛ぶ。
静かな部屋の中、ルナフィエラの眉が一瞬だけ苦しげに歪んだ。
だが、それもほんの一瞬のこと。
次の瞬間、呪いの核は粉々に砕け散り、ルナフィエラの顔は再び穏やかさを取り戻していた。
ユリウスは小さく息を吐き、魔法陣を解く。
(……これで、少しは安らかに眠れるだろう)
悪夢が軽減されるだけでなく、夢遊病も抑えられるはずだ。
完全になくなる保証はないが、少なくとも以前よりは改善されるだろう。
ユリウスはルナフィエラの寝顔を見つめる。
いつもより、ほんのわずかだが、安心しきった表情に見えた。
(……無意識のうちに、ずいぶんと君に執着してしまったな)
ユリウスは苦笑しながら、そっとルナフィエラの隣に横たわる。
そして、彼女の細い体を優しく抱き寄せた。
「……今夜も、ゆっくり眠れるといいな」
そう呟きながら、ユリウスは静かに目を閉じた。
――どうか、ルナが安らかな夢の中にいられますように。
そんな祈りを込めて、彼もまた眠りへと落ちていった。
カーテンの隙間から月の光が差し込み、部屋の中を淡く照らしていた。
ルナフィエラはベッドの上に座り、目の前のユリウスをじっと見つめていた。
ユリウスはベッドに入ることなく、ただルナフィエラの傍に腰掛けていた。
「……今夜もおとなしく眠れそうか?」
ユリウスがルナフィエラを見つめながら、穏やかな声で問いかける。
ルナフィエラは小さく頷いたが、ふと胸の奥にあった疑問が浮かび、言葉を紡いだ。
「……ねえ、ユリウス」
「ん?」
ユリウスは微かに首を傾げた。
「あなたは、私を観察しにきたのではなかったの?」
ユリウスの紫の瞳が、僅かに細められる。
「どうして、ここまでよくしてくれるの?」
ルナフィエラは彼の瞳を見つめたまま続ける。
「最初に会ったとき、あなたは私の“覚醒”に興味があると言っていた……。
私の存在が、世界の均衡をどう変えるのか知りたいだけだったんでしょう?」
ユリウスは少しだけ目を伏せる。
彼の瞳の奥に、いつもの余裕ではない、どこか複雑な感情が揺れているように見えた。
「……ああ、最初はそうだったよ」
ユリウスは静かに息をつくと、天井を仰いだ。
「僕の一族は、世界の均衡を見守ることを役目としてきた。
ヴァンパイアの純血種が生きていると知ったとき、その均衡がどう揺らぐのか、それを見極めるつもりだった」
ルナフィエラはじっとユリウスの言葉を聞いていた。
「でもね、ルナ。君と過ごして、僕は思い知ったんだ」
ユリウスはゆっくりと視線をルナフィエラに戻す。
「……僕はもう、ただの観察者ではいられないってね」
ルナフィエラは息を呑んだ。
「君は100年もの間、ひとりで生きてきた。
誰にも頼らず、誰にも心を開かず……ただ、静かに時の流れに身を委ねていた」
ユリウスは微かに苦笑する。
「それなのに……僕たちと出会って、少しずつ君は変わった。
自分の居場所を見つけようとした。頼ることを覚えようとした」
彼の言葉が、ルナフィエラの胸の奥を静かに揺さぶる。
「……僕は、そんな君を見ていたら、もう放っておけなくなったんだ」
ユリウスは優しく微笑む。
「観察者でいるつもりだったのに……気がついたら、君に“生きていてほしい”って願うようになっていた」
ルナフィエラの瞳が揺れる。
「……ユリウス」
ユリウスはゆっくりとルナフィエラの髪を撫でた。
「僕はね、ルナ。君がもっと自由に笑って生きられる世界が見たいんだ」
その言葉に、ルナフィエラは思わず目を伏せる。
(……こんな風に言ってもらえるなんて、思ってなかった)
100年もの孤独の中で、そんな風に願ってくれる人が現れるなんて――
ユリウスはふっと微笑むと、ベッドから立ち上がる。
「さあ、そろそろ休もうか。今夜は僕が傍にいるから、安心して眠っていい」
ルナフィエラはユリウスを見上げた。
「……ありがとう」
ユリウスは軽く肩をすくめると、ベッドの隣にそっと腰を下ろし、ルナフィエラが安心して眠りにつくのを待っていた。
(観察者なんてもう、とっくにやめてしまったよ、ルナ)
そう心の中で呟きながら、ユリウスは静かにルナフィエラの寝顔を見守っていた。
ルナフィエラが静かな寝息を立て始めたのを確認すると、ユリウスはそっと手をかざし、魔法陣を展開した。
(……さて、原因を探らせてもらおうか)
ルナフィエラが悪夢にうなされ、眠りが浅くなっているのは、先日の事件の影響もあるだろう。
だが――それだけではない可能性もある。
彼女の魔力が紅き月の影響で不安定になっている以上、何か別の力が働いていてもおかしくはない。
例えば、ルナフィエラを狙う者が遠隔で呪いを仕掛けている可能性も……
「……慎重にいこう」
ユリウスは魔力を精密に紡ぎながら、ルナフィエラの精神の奥へと探りを入れる。
深く、さらに深く――
すると、ルナフィエラの深層意識の底に、かすかに埋め込まれた“異質な魔力”が見えた。
黒く小さな核――それが彼女の夢を蝕み、精神を疲弊させていた。
(やはり、何者かが仕込んだ呪いか)
ユリウスは目を細め、指先に魔力を凝縮させる。
「――《ディスペル・コア》」
魔力の弾が呪いの核に向かって飛ぶ。
静かな部屋の中、ルナフィエラの眉が一瞬だけ苦しげに歪んだ。
だが、それもほんの一瞬のこと。
次の瞬間、呪いの核は粉々に砕け散り、ルナフィエラの顔は再び穏やかさを取り戻していた。
ユリウスは小さく息を吐き、魔法陣を解く。
(……これで、少しは安らかに眠れるだろう)
悪夢が軽減されるだけでなく、夢遊病も抑えられるはずだ。
完全になくなる保証はないが、少なくとも以前よりは改善されるだろう。
ユリウスはルナフィエラの寝顔を見つめる。
いつもより、ほんのわずかだが、安心しきった表情に見えた。
(……無意識のうちに、ずいぶんと君に執着してしまったな)
ユリウスは苦笑しながら、そっとルナフィエラの隣に横たわる。
そして、彼女の細い体を優しく抱き寄せた。
「……今夜も、ゆっくり眠れるといいな」
そう呟きながら、ユリウスは静かに目を閉じた。
――どうか、ルナが安らかな夢の中にいられますように。
そんな祈りを込めて、彼もまた眠りへと落ちていった。
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