純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第三章:堕ちた月、騎士たちの誓約

第41話・予想外の朝

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「……んっ……?」

扉をノックする音が、ルナフィエラのまどろみを揺り起こした。
ぼんやりとした意識の中で、目を開けると

(……えっ!?)

ユリウスの腕が、しっかりと自分を抱きしめていた。

ルナフィエラは一気に目を覚ます。
確かに昨日の夜、ユリウスと話していた。
だけど、眠りについたときは、彼は隣にいなかったはず……

(な、なんで!?)

慌てて身動きを取ろうとするも、ユリウスの腕の中でがっちりと固定されていて、抜け出せない。

「ユ、ユリウス……起きて……!」

小さな声で彼を揺さぶるが、微動だにしない。

(嘘でしょう!? なんでこんな時に限って起きないの!?)

――コンコンッ。

再びノック音が響く。

「ルナ様、お目覚めでしょうか?」

低く穏やかなヴィクトルの声がした。

「朝食を持ってきたよ」

今度はフィンの優しい声が続く。

「起きてるなら返事しろ」

そして、シグの少し低めの声。

ルナフィエラは息を飲む。

(ど、どうしよう……!!)

この状況を見られたら、絶対に誤解される――!

「ユ、ユリウス、ほんとに起きて……!!」

焦ったルナフィエラが頬を軽くつねると、ユリウスは小さく唸りながら、ようやく眉を寄せた。

「……ん……朝か……?」

ゆっくりと目を開けるユリウス。
だが、ルナフィエラが焦っている理由にはまだ気づいていない様子だった。

「起きて! 扉が――」

――ガチャ。

ルナフィエラが言い終わるより早く、扉が開いた。

「ルナ――」

ヴィクトル、シグ、フィンの3人が、トレイを持って部屋に入ってくる。

そして――

ユリウスの腕に抱かれたままのルナフィエラを見て、ピタリと動きを止めた。

「…………」

「…………」

「…………」

部屋に、沈黙が落ちる。

ルナフィエラの顔は一瞬で真っ赤に染まった。

「ち、違――っ!!」

慌ててユリウスを押しのけようとするが、まだ力が戻っていないルナフィエラでは微動だにしない。

ようやく事態を把握したユリウスは、眠たげな目を細め、軽く息を吐いた。

「……そんなに騒ぐなよ、朝からうるさいな」

「離してよ!!」

「――ルナ様」

ヴィクトルの静かな声が響く。

ルナフィエラはギクッとして彼を見上げた。

ヴィクトルの表情はいつも通り穏やかだったが、どこか影が差している。
フィンも、優しいながらも何か言いたげな視線を向けてくる。
シグに至っては「はぁ?」と明らかに不機嫌そうに眉をひそめていた。

「……説明を」

「ほ、ほんとに何もないの!!」

ルナフィエラは必死で弁明するが、3人の視線は冷ややかだった。

そんな中、ユリウスだけが、どこ吹く風という顔で優雅に伸びをする。

「いやぁ、昨日はよく眠れたな。ルナのおかげで快適だったよ」

「えぇぇ!?!?」

ルナフィエラが絶望の叫びを上げる。

すると――

「――ユリウス」

静かながらも明らかに温度の下がったヴィクトルの声が響いた。

「何故、ルナ様を抱きしめているのです?」

「おい、まさか一晩中こうして寝てたんじゃねえだろうな?」

シグも鋭い視線を向ける。

「……ふぅん?」

ユリウスがニヤリと笑う。

「ヴィクトル、シグ。君たちがそれを言う? まさか自分たちは清廉潔白だとでも?」

ヴィクトルの眉がわずかに動く。
シグも少し目を逸らす。

「……少なくとも、私はルナ様に不安を与えぬよう配慮しておりました」

「俺も別に、変なことしてねえし」

「へえ?」

ユリウスの視線が楽しそうに細められる。

「じゃあ、ヴィクトル。君はあの時、ルナを腕の中に閉じ込めたまま、離れられなくなっていたのは?」

「…………」

「そして、シグ。君はルナの寝顔をじっくり観察して、気づかれないように頭を撫でていたのは?」

「…………」

「おやおや、二人とも口が重くなったね?」

ルナフィエラは(え、そんなことされてたの!?)とさらに顔を赤くする。

「……少なくとも、私はルナ様を観察対象ではなく、一人の女性として尊重しています」

ヴィクトルは静かにそう言うと、ユリウスをじっと見つめた。

「貴方はどうなのです?」

「……ふむ」

ユリウスは肩をすくめると、ルナフィエラに目を向ける。

「……言っただろう、ルナ。君は、僕にとって観察するだけの存在じゃなくなったんだ」

ユリウスの言葉に、ルナフィエラは息をのんだ。

「……っ」

ユリウスの紫の瞳がルナフィエラを真っ直ぐに見つめている。
観察者としての冷静さではない。
まるで、一人の女性として――彼女を大切に想う者の目だった。

「ユ、ユリウス……?」

戸惑うルナフィエラが言葉を紡ぐよりも早く。

ユリウスはルナフィエラの頬にそっと手を添え、柔らかく口づけた。

「っ……!!?」

ルナフィエラの思考が、一瞬で停止した。

ふわりと触れた唇は、驚くほど優しく、だが確かに彼の想いを感じさせるものだった。
一瞬の出来事だったのに、ルナフィエラの心臓は激しく鳴り、顔が一気に熱を持つ。

「……っ!!」

ルナフィエラは真っ赤になり、咄嗟に身を引こうとする。
けれど、ユリウスは至って穏やかに微笑んでいた。

「驚いた?」

「お、おどろ……っ!? な、なななな何をっ!?!?」

「ふふ、君の反応はやっぱり可愛いね」

ユリウスは何事もなかったかのように微笑むが、その一方で――

「……貴様……」

ヴィクトルの低い声が響いた。

シグの目が細められ、フィンの笑顔が引きつっている。

「……ユリウス。貴様、今……ルナ様に何をした?」

「いや、ただ軽い挨拶をね?」

「どこが挨拶だ」

シグが苛立ったようにユリウスを睨む。

「……それ、俺もやっていいのか?」

「絶対ダメです!!!」

ルナフィエラが全力で拒否し、シグは「冗談だ」と肩をすくめる。

「……ああ、朝から刺激が強かったね」

ユリウスは涼しい顔で立ち上がり、ルナフィエラの頬に触れた指を名残惜しそうに離した。

「さて、そろそろ朝食を食べようか。ルナも、冷める前にね」

「……そ、そんなことより、今の――!!」

「ルナ、ちゃんと食べなきゃだめだよ」

「話逸らさないで!!!?」

ルナフィエラの叫びが響く中、3人の騎士は明らかに不機嫌な顔を浮かべ、ユリウスに対する制裁を決意するのだった――。
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