純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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小話①

4人と過ごす満月の夜

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窓から差し込む陽の光が、静かに部屋を照らしていた。
ルナフィエラはソファーに腰掛け、手元の本に視線を落としながら、心の奥で微かな違和感を覚えていた。

――少し、だるい。

身体の奥に眠る倦怠感が、ゆるやかに広がっていく。
だが、それを表に出すつもりはなかった。
前回の満月の夜のように、皆に心配をかけたくない。
大丈夫。
少し静かにしていれば、すぐに落ち着くだろう。
そう思いながら、ページをめくる手をゆっくりと動かす。

しかし、ふと顔を上げると、いつの間にかシグとユリウスが傍にいた。
ルナフィエラの両隣に座るようにして、彼らは静かに彼女を見ている。

「……?」

問いかけるよりも先に、ユリウスが口を開いた。

「ルナ、熱を測れ」

低く静かな声だったが、それが命令であることは明白だった。

「平気だから」

ルナフィエラは微笑んで、そっと本を閉じる。

「ただ、少し読書していただけだよ。体調は――」

言い終わる前に、シグが無言で手を伸ばした。
ルナフィエラの額にそっと触れ、そのまま彼の手のひらで、熱を確かめる。

「シグ?」

名前を呼ぶと、彼はただ目を伏せ、いつものように何も言わない。
だが、そのまま手を離さず、静かに体温を測る仕草を続けた。

「……微熱だな」

ユリウスが、シグの確認を受けて淡々と告げる。

「部屋に戻って休もう」

「……まだ戻りたくない」

ルナフィエラは、そっとシグの肩に頭を寄せた。
彼の肩越しに感じる体温が、心地よく、安心感をくれる。

シグは何も言わず、ただそのまま受け入れるように座り続けた。

「もう少し、ここにいたい」

彼女の囁くような声に、ユリウスが一度だけ軽く息をつく。

「……ならせめて、これくらいは許してくれ」

そう言って、ユリウスはルナフィエラの手を取った。
指を絡めることなく、ただしっかりと、安心させるように包み込む。

「ありがと、ユリウス」

ルナフィエラはそっと微笑み、目を閉じる。
シグの肩の温もりと、ユリウスの手のぬくもりに包まれながら、彼女は静かに、穏やかな時間を過ごした。

——————

夜の帳が下り、夕食を終えたルナフィエラは静かに歩いていた。

今日は満月の夜。
夕方までは何とか平気だったが、今はもう、倦怠感が身体を包み込んでいる。

――少し、息が重い……。

それでも歩けないほどではないと、ルナフィエラは意識を集中させていた。
一歩、また一歩と進む。

しかし、廊下を進む途中、ふと視界が霞んだ。

「……っ」

足元がふらつく。
重力が思ったより強く感じる。

倒れそうになった瞬間――

「ルナ様」

鋭い声が響くよりも早く、ルナフィエラの身体は強く、けれど優しく支えられた。

「……ヴィクトル」

彼の逞しい腕が、しっかりと彼女を支えている。
支えるだけではなく、次の瞬間には躊躇いなく、ルナフィエラの身体を抱き上げた。

「無理をなさらないでください」

その短い言葉には、強い意志が込められている。

「……歩けるよ」

そう言いながらも、ルナフィエラはもう抗う気力を持てなかった。
心地よい体温に包まれたまま、ただヴィクトルの腕の中に身を預ける。

「僕も行く!」

フィンがヴィクトルの隣に並び、三人はそのままルナフィエラの部屋へ向かった。

⸻———

ベッドにそっと下ろされ、フィンの温かな治癒魔法が優しくルナフィエラを包み込む。

「……どう?」

フィンがルナの顔を覗き込む。

「うん……少し楽になった」

微熱は消えないが、倦怠感は幾分か和らいでいる。

「ならよかった!」

フィンは笑顔を見せるが、その表情は少し寂しそうだった。

「ルナ、今回はちゃんと僕たちを頼ってよ」

「……いつものことだから」

フィンの魔法で楽になったとはいえ、これまで何度も経験した症状。
だからこそ、一人でやり過ごせる。

「大丈夫、私は――」

「だめ!」

フィンが強く遮った。

「頼ってくれなきゃ困るよ」

彼の声は真剣だった。

「僕たちはルナのことを守りたいし、支えたいんだよ。一人で大丈夫なんて言われたら、僕、悲しい」

その言葉に、ルナフィエラは少し目を見開く。

「……ごめんね」

「謝ることじゃないよ。でも、無理はしないで」

フィンは優しく笑いながら、ルナフィエラの髪をそっと撫でた。

「今夜はしっかりお休みください。ルナ様のことは、私たちが見守ります」

ヴィクトルが静かにそう言うと、ルナフィエラは小さく微笑んだ。

「……ありがとう」

静かに目を閉じながら、ルナは満月の夜の静寂の中、仲間の存在を改めて感じていた。



静かな夜の空に、丸い月が浮かんでいた。

ルナフィエラの体調は、微熱から次第に高熱へと変わっていく。
額には滲む汗、呼吸は浅く、苦しそうにベッドの上で身じろぎをする。

――こんなに悪化するのは久しぶりだ。

フィンと出会ってからというもの、毎日治癒魔法で魔力の乱れを整えていた。
だからこそ、以前のような酷い体調不良にはならずに済んでいた。

けれど――今回は違った。
攫われて身体が衰弱したせいか、満月の影響を受けやすくなっていたのだろう。
全身の魔力が不規則に揺れ、制御が効かなくなっている。

「……ルナ様」

ヴィクトルがルナフィエラの熱を確かめるように額に手を当てる。

「魔力の乱れがひどい……。今夜は誰も部屋から出るな」

鋭い瞳がそう命じると、誰も異論を唱えなかった。
当たり前のように、ここにいることが前提だったから。



フィン――治癒魔法で苦痛を和らげる

「僕の魔法で熱を下げようとしたけど……」

治癒魔法をかけても、すぐに高熱がぶり返してしまう。
魔力の乱れが強すぎて、すぐに不安定な状態に戻ってしまう。
それでも、ルナフィエラが少しでも楽になれるよう、何度も魔力を送り込んだ。

「大丈夫、大丈夫だからね……」

フィンは何度も優しく魔法をかけ続ける。
額に手を添えながら、優しく魔力を流し込む。
治る保証はないけれど、せめて痛みや苦しさだけでも和らげたい。

「……苦しくないようにするから、だから、頑張って」
「僕がいるから……絶対、大丈夫だからね」

祈るように、何度も。



ヴィクトル――冷静に魔力の流れを整える

「ルナ様の魔力の流れを抑える必要がある」

ヴィクトルはルナフィエラの手を取り、掌に自分の魔力を流し込んだ。
力の乱れを制御し、暴走を最小限に抑えるために。

「深く呼吸してください。少しでも、楽になるように」

静かで落ち着いた声。
その響きが、不思議と安心感を与えた。

魔力の乱れが少しずつ落ち着く。

「私が側におります……安心なさってください」

それは、いつか彼が誓った忠誠の言葉のようでもあった。



ユリウス――魔力の流れを観察し、的確に指示を出す

「ルナの魔力、波が荒い……フィン、お前の魔法、間隔を少し開けろ」

ユリウスはルナフィエラの魔力の動きを注意深く観察し、的確に状況を把握していた。

「無理に抑え込むと逆に暴走する。今は、ゆっくり落ち着かせるのが優先だ」

鋭い視線でルナフィエラの状態を見つめながら、必要な処置を指示する。
ルナフィエラが小さく苦しげに眉を寄せると、彼は一瞬、唇を噛んだ。

「……お前が、これ以上辛い思いをしなくていいようにする」

淡々とした口調の中に、強い決意が滲んでいた。



シグ――無言で寄り添い、魔力を安定させる

シグは、何も言わなかった。

ただ、そっとルナフィエラの額に手を添え、魔力を静かに流し込む。
それは、余計な干渉をせず、ただ波を整えるような優しい流れだった。

「……っ」

ルナフィエラの手が、弱々しくシグの袖を握る。

「……シグ……」

その声に応えるように、シグはルナフィエラの手を包み込んだ。

「ここにいる」

低く静かな言葉が、ルナフィエラの心を落ち着かせた。

――苦しいけれど、ひとりじゃない。

彼らがそばにいてくれることが、何よりの安心だった。



夜は長く、苦しい時間が続いた。

けれど、ルナフィエラは一人ではなかった。
彼女のそばには、迷いなく支え続ける4人がいた。

満月が沈み、夜が明けるころ――
ルナフィエラの魔力の乱れは、ゆっくりと静まっていった。


——————

東の空がゆっくりと白み始めるころ、部屋の中に漂っていた緊張感がようやく和らいだ。

ルナフィエラの荒れていた魔力は静まり、高熱も落ち着きを見せていた。
夜通し看病を続けた4人は、それぞれぐったりしながらも、ようやく訪れた穏やかな時間に安堵の息をついた。

「……長い夜だったな」

ユリウスが疲れたように額を押さえながら、ぼそっと呟く。

「でも……ルナの魔力も、熱も落ち着いたみたいだね」

フィンがほっとしたようにルナフィエラの頬に触れ、安心したように微笑んだ。

「何度も、無理をしないよう申し上げたはずですが……」

ヴィクトルは静かに言いながらも、心の底から安堵しているのが見て取れた。
ルナフィエラの寝顔を見つめる目は、昨夜の険しさとは打って変わって穏やかだった。

シグは無言でルナフィエラの額にそっと手を当て、熱が下がったのを確かめると、ようやく僅かに息をついた。


そして――


「……ん……」

微かに揺れるまつげが、ゆっくりと持ち上がる。

「……みんな……?」

かすれた声が静寂を破った。

一斉に彼女へと向けられる視線。

「ルナ、目が覚めたんだね!」

フィンが真っ先に顔を覗き込んだ。

「お加減はいかがですか?どこか、まだ苦しいところは?」

ヴィクトルも姿勢を正しながら問いかける。

「……ううん、もう大丈夫……」

ルナフィエラはまだ少し熱が残っているのか、ゆっくりと瞬きをしながら答えた。

「そっか……よかったぁ……」

フィンは心底ほっとしたように、どさっとその場に座り込む。

「お前な……本当に…心配させすぎだろ」

ユリウスは疲れたようにため息をついたが、その表情はどこか柔らかい。

「……ごめんね?……心配、かけた?」

ルナがゆっくりと周りを見回す。

そこには、明らかに疲れ切った4人がいた。

「全員、朝まで寝ずに付き添っていたんだ。……心配してないと思うか?」

ユリウスが淡々と言うと、ルナフィエラは驚いたように目を見開いた。

「……そっか……みんな、ずっと……」

彼女の胸にじんわりと温かいものが広がる。

昨夜の記憶は朧げだったが、誰かがそばにいてくれたことははっきりとわかる。

「ありがとう……本当に」

ぽつりとこぼれた言葉に、4人は静かに、しかし確かに頷いた。

「当然だ」

一斉に重なる声に、ルナフィエラは思わずくすっと笑った。

そして、ゆっくりと身体を起こそうとした、その時――

「お待ちください」

ヴィクトルの声が響き、次の瞬間にはルナフィエラの肩がそっと押さえられていた。

「まだ横になっていてください。無理をなさると、また熱がぶり返します」

「でも……もう起きられるよ?」

「ダメです」

いつもの穏やかな声よりも、少し強い調子だった。
ヴィクトルの紅の瞳は、まっすぐにルナフィエラを見つめている。

ルナフィエラは一瞬だけ躊躇ったが、彼の表情があまりにも真剣だったので、すぐに諦めた。

「……水が飲みたい」

そう言うと、ヴィクトルは頷き、すぐに枕元に置かれていた水の入ったカップを手に取った。

「支える」

その言葉と共に、シグが無言でルナフィエラの背に手を回し、ゆっくりと上半身を起こした。

シグの支えで安定した姿勢を取ると、ヴィクトルが慎重にカップを傾ける。

「少しずつ、ゆっくりと」

彼の手は冷静で、まるで儀式のように丁寧だった。

ルナフィエラは促されるままに、喉を潤すようにゆっくりと水を飲む。

「……ん、ありがとう」

コップが離れたあと、シグはそのままルナフィエラをそっと寝かせ、ヴィクトルは静かにカップを戻した。

「もう少し、休んでいてください」

「……うん」

彼らの確かな優しさに包まれながら、ルナフィエラは再び瞼を閉じた。

夜が明け、長い夜がようやく終わる。

もうしばらく、この優しい時間に包まれていたくて――。
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