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第四章:紅き月の儀式
第49話・儀式の幕開け
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夜空に、紅き月が煌々と輝いていた。
まるで地上を監視するかのように、
禍々しくも美しい光が、城の最奥――“祭壇の間”を赤く染めていた。
魔法陣が再び脈動を始める。
血のように赤い光が、石の床に刻まれた紋様を這い、
空気そのものを震わせるような、低い唸りが室内に満ちていく。
祭壇の上、ルナフィエラは意識を失ったまま横たわっていた。
白銀の髪が淡く揺れ、紅い光を反射して淡く光るその姿は、
まるで“神聖な生贄”のように、そこに静かに眠っていた。
扉が開く音がした。
そこから、複数の足音が石床を踏みしめて響いてくる。
この城の現当主――人間の王をはじめとした、
高位の貴族たちが、ぞろぞろと入ってきた。
彼らは誰も言葉を発さず、ただ無言で魔法陣の内側へと入っていく。
一人、また一人と、紅い紋の上に立ち、
その瞳に敬意とも恐怖ともつかぬ光を宿しながら――
祭壇を囲むように、その場に配置された。
(まるで……儀式の“構成要素”であるかのように)
ヴィクトルは、押し殺した息を喉奥で止めたまま、
ただルナの眠る姿を見つめていた。
やがて、
空間の中心に立ったヴィクトルの父が、ゆっくりと手を掲げる。
紅き月の光が彼の掌に集まり、
魔法陣が――ひと際強く、赤く、脈打った。
「――これより、紅き月の儀式を執り行う」
その声が放たれた瞬間、
空気が、世界が、音もなく“閉じる”ような感覚が走った。
そして、全てが――動き出す。
紅き月が天頂に達し、
その光が真上から祭壇を照らし始めた。
ヴィクトルの父が、ゆっくりと両手を掲げる。
魔法陣が赤く脈動し、次の段階へと移行していく。
「いまより――血を捧げる」
その言葉とともに、
祭壇を囲む人間たちの手首に、小さな刃が滑らせられた。
鋭く、ためらいなく、切られた場所から、ぽたりと血が滴る。
血は魔法陣に落ち、赤黒く光る紋様へと吸い込まれていった。
次いで、ヴィクトルの父がヴィクトルへと向き直る。
「お前の血も、必要だ。姫様と最も強くつながる者として」
「……!」
ヴィクトルは迷いながらも、ルナの顔を見て頷く。
鋭い爪を走らせた手首から流れた鮮血が、魔法陣へと落ちる。
その瞬間――
祭壇全体が、深紅に染まった。
「……っ……!」
ルナフィエラの身体が、ぐらりと揺れる。
魔法陣が強く脈動し、
集められた血が光へと変わり、
螺旋を描くようにして、ルナフィエラの胸元へと吸い込まれていく。
魔法陣が唸るように脈動するも、
中心の祭壇では、ルナフィエラが未だ意識を取り戻さず、
白銀の髪を揺らして静かに横たわっていた。
その身体からは、溢れ出した魔力が暴走寸前で抑え込まれていた。
それを囲むように立つ人間の貴族たち――
彼らの身体が、次々と崩れ落ちていく。
「う……あ……ッ……!」
呻き、膝をつき、口から血を吐きながら、
一人、また一人と、その場に倒れた。
彼らの皮膚は蒼白になり、目から光が消える。
「ま、さか……これは……!」
ヴィクトルが叫ぼうとするが、声がかすれた。
彼自身も、すでに限界を迎えつつあった。
「っ……」
膝が砕け落ちるように床につく。
視界が霞み、手が震える。
(……血が……)
さきほどの供血で魔法陣に流した量は、常人なら立っていられないほどだった。
だがそれだけでは終わらず、魔法陣が“共鳴”と称して彼の体内からさらに血を吸い上げていた。
滲んだ汗と、胸の痛みと、皮膚の下を這う異物感。
「ルナ、さま……」
指先が祭壇に届かない。
もはや身体は、思うように動かなかった。
一方で、祭壇の上のルナは微動だにしない。
目を開くことも、呻くことすらない。
それでも、彼女の身体を中心に魔力は暴れ、
まるで生きたまま“魔力の核”として捧げられているかのようだった。
「――終わりが近い」
背後で、ヴィクトルの父が低く呟いた。
魔法陣の力は、ついに限界を超え、空間にひび割れを生じさせ始めていた。
それは“覚醒”ではなかった。
ただ、力を搾り取り、“誰か”へと引き渡す準備が整っただけの状態。
「……止めなければ……このまま、ルナ様が……」
崩れ落ちたまま、ヴィクトルは祈るように目を閉じた。
今、この命を失ってもいい。
せめて彼女だけは――
その瞬間、扉が激しく開かれた。
「――ルナ!!ヴィクトル!!!」
ユリウスの叫びが、崩れ落ちる空気を切り裂いた。
まるで地上を監視するかのように、
禍々しくも美しい光が、城の最奥――“祭壇の間”を赤く染めていた。
魔法陣が再び脈動を始める。
血のように赤い光が、石の床に刻まれた紋様を這い、
空気そのものを震わせるような、低い唸りが室内に満ちていく。
祭壇の上、ルナフィエラは意識を失ったまま横たわっていた。
白銀の髪が淡く揺れ、紅い光を反射して淡く光るその姿は、
まるで“神聖な生贄”のように、そこに静かに眠っていた。
扉が開く音がした。
そこから、複数の足音が石床を踏みしめて響いてくる。
この城の現当主――人間の王をはじめとした、
高位の貴族たちが、ぞろぞろと入ってきた。
彼らは誰も言葉を発さず、ただ無言で魔法陣の内側へと入っていく。
一人、また一人と、紅い紋の上に立ち、
その瞳に敬意とも恐怖ともつかぬ光を宿しながら――
祭壇を囲むように、その場に配置された。
(まるで……儀式の“構成要素”であるかのように)
ヴィクトルは、押し殺した息を喉奥で止めたまま、
ただルナの眠る姿を見つめていた。
やがて、
空間の中心に立ったヴィクトルの父が、ゆっくりと手を掲げる。
紅き月の光が彼の掌に集まり、
魔法陣が――ひと際強く、赤く、脈打った。
「――これより、紅き月の儀式を執り行う」
その声が放たれた瞬間、
空気が、世界が、音もなく“閉じる”ような感覚が走った。
そして、全てが――動き出す。
紅き月が天頂に達し、
その光が真上から祭壇を照らし始めた。
ヴィクトルの父が、ゆっくりと両手を掲げる。
魔法陣が赤く脈動し、次の段階へと移行していく。
「いまより――血を捧げる」
その言葉とともに、
祭壇を囲む人間たちの手首に、小さな刃が滑らせられた。
鋭く、ためらいなく、切られた場所から、ぽたりと血が滴る。
血は魔法陣に落ち、赤黒く光る紋様へと吸い込まれていった。
次いで、ヴィクトルの父がヴィクトルへと向き直る。
「お前の血も、必要だ。姫様と最も強くつながる者として」
「……!」
ヴィクトルは迷いながらも、ルナの顔を見て頷く。
鋭い爪を走らせた手首から流れた鮮血が、魔法陣へと落ちる。
その瞬間――
祭壇全体が、深紅に染まった。
「……っ……!」
ルナフィエラの身体が、ぐらりと揺れる。
魔法陣が強く脈動し、
集められた血が光へと変わり、
螺旋を描くようにして、ルナフィエラの胸元へと吸い込まれていく。
魔法陣が唸るように脈動するも、
中心の祭壇では、ルナフィエラが未だ意識を取り戻さず、
白銀の髪を揺らして静かに横たわっていた。
その身体からは、溢れ出した魔力が暴走寸前で抑え込まれていた。
それを囲むように立つ人間の貴族たち――
彼らの身体が、次々と崩れ落ちていく。
「う……あ……ッ……!」
呻き、膝をつき、口から血を吐きながら、
一人、また一人と、その場に倒れた。
彼らの皮膚は蒼白になり、目から光が消える。
「ま、さか……これは……!」
ヴィクトルが叫ぼうとするが、声がかすれた。
彼自身も、すでに限界を迎えつつあった。
「っ……」
膝が砕け落ちるように床につく。
視界が霞み、手が震える。
(……血が……)
さきほどの供血で魔法陣に流した量は、常人なら立っていられないほどだった。
だがそれだけでは終わらず、魔法陣が“共鳴”と称して彼の体内からさらに血を吸い上げていた。
滲んだ汗と、胸の痛みと、皮膚の下を這う異物感。
「ルナ、さま……」
指先が祭壇に届かない。
もはや身体は、思うように動かなかった。
一方で、祭壇の上のルナは微動だにしない。
目を開くことも、呻くことすらない。
それでも、彼女の身体を中心に魔力は暴れ、
まるで生きたまま“魔力の核”として捧げられているかのようだった。
「――終わりが近い」
背後で、ヴィクトルの父が低く呟いた。
魔法陣の力は、ついに限界を超え、空間にひび割れを生じさせ始めていた。
それは“覚醒”ではなかった。
ただ、力を搾り取り、“誰か”へと引き渡す準備が整っただけの状態。
「……止めなければ……このまま、ルナ様が……」
崩れ落ちたまま、ヴィクトルは祈るように目を閉じた。
今、この命を失ってもいい。
せめて彼女だけは――
その瞬間、扉が激しく開かれた。
「――ルナ!!ヴィクトル!!!」
ユリウスの叫びが、崩れ落ちる空気を切り裂いた。
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