純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第四章:紅き月の儀式

第52話・共闘、そして仮面の裏

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宰相の手が、空間を切り裂いた。

その指先から放たれた紅黒の閃光が、
魔法陣と同調しながら地を裂き、
空間そのものを歪ませる衝撃波となって襲いかかる。

「くっ……!」

ヴィクトルがルナフィエラを庇うように伏せた。
彼女の身体を傷つけまいと、必死に守る。

「うおおおっ!!」

シグが一足飛びに間合いを詰め、
斧を大上段から振り下ろす。

宰相はその刃を、指先に浮かべた術式の障壁で防いだ。
火花が散り、空気が焼ける。

「通さねぇぞ、てめぇみたいな奴に……ルナは渡さねぇ!」

「随分と吠える……だが、吠える犬はよく燃える」

宰相が手を振ると、魔法陣の一部が膨張し、
足元から赤黒い鎖が這い出す。

「下がって!」

フィンの防御魔法が即座に展開され、鎖を弾く。

「援護する、ユリウス!」

「任せろ!」

ユリウスが地を滑るように走り、
宰相の懐に斬撃を浴びせた。

だが――

「遅い」

宰相の瞳が、鈍く光る。

彼の背後から、まるで影そのものが凝縮したような“形”が生まれる。
それは明らかに魔法陣の一部であり、
同時に、儀式の力が生み出した“守護の異形”だった。

「――っ……!」

ユリウスの剣が弾かれ、背後に回り込んだ異形の腕が彼を捉えかけたその時――

「甘いな」

ヴィクトル父の声が空を切った。

闇よりも深い影を纏った剣が、異形を一閃する。

紅の光を斬り裂き、形なきものすらも切り裂く――
それはまさに、古きヴァンパイアの力そのものだった。

「……我が誇りを穢した報い、受けてもらおうか」

父は一歩、また一歩と宰相へと迫る。

その背には威圧と冷静が同居し、
まるで王のような風格を帯びていた。

宰相の口元が、初めてわずかに歪む。

「……あの時の血脈……なるほど。
お前もまた、求めるのだな。“至高の力”を」

「私は“誇り”を求めている。貴様のような醜悪な欲望ではない」

「……フッ、なるほど。
では、“その誇り”がどれほどのものか……試させてもらおう」

宰相が両手を広げた瞬間、魔法陣の中心――祭壇が震えた。

「……ルナ様!?」

ヴィクトルが振り返る。

ルナフィエラの胸元から、紅い光が噴き出す。

彼女自身の魔力とは違う――“無理やり引き出された”ような光。

「……これ以上、引き抜く気か……!」

フィンの顔が強張る。

その時、ヴィクトル父の目が――静かに細められた。

その瞳に宿るのは、焦りではなかった。

欲望の火。
それは、誰にも気づかれぬまま――
確かに、宿り始めていた。


「――満ちた」

宰相の声が、まるで宣告のように場内に響いた。

紅き月の光が最高潮に達し、
魔法陣の中心――ルナフィエラの身体から、
圧縮された魔力が赤黒い光となって噴き出す。

「っ……これは……!」

ユリウスが一歩引く。
空間そのものが魔力の奔流に押し広げられ、
足元すらも不安定に揺れ始めていた。

「ダメだ……ルナの魔力が、制御を超えてる……!」

フィンが震える声で呟いた。

「このままじゃ、暴走するぞ……!」

シグが斧を握り直す。

ルナフィエラの胸元を中心に、光がさらに脈打ち――
身体が小さく震えた。

「……っ……う……ぁ……」

かすかに漏れる声。
だが、それは“意識を取り戻しつつある”ものではなかった。

暴力的に魔力を引き抜かれ、
無理やり“目覚めさせられようとしている”苦しみ。

「やめろ……もうやめろ……ッ!」

ヴィクトルが叫び、祭壇に駆け寄ろうとした。

「動くな」

宰相が手を上げ、
魔法陣の結界が壁のように彼を拒む。

「この力は私のものになる。
古き王家の血も、種の誇りも、
すべて時代遅れだ。力こそが真理だと、証明してやる」

その瞬間――

「……それは、許されぬ」

低く、冷たい声が空気を切り裂いた。

ヴィクトル父が、宰相の背後に回っていた。

「貴様の思想は腐りきっている。
だが、その“力”をこのまま奪わせるわけにはいかん」

「……フン。まだ利用価値があるかと思ったが……」

宰相が振り返った瞬間――

「無駄だ」

ヴィクトル父の手が、黒幕の胸を貫いていた。

魔法陣の制御核ごと、抉り取るように。

「……ッが……!?」

宰相が声を上げるよりも早く、
その体から赤黒い魔素が噴き出す。

それを、ヴィクトル父が吸収するように手を掲げた。

「……ついに……手に入れた……」

その姿は、威厳ではなく――欲望に染まっていた。

「……父上……?」

ヴィクトルが、声を失う。

「姫様の力は、もはや不安定。
だが、私の血ならば、制御できる」

魔法陣の核が、ヴィクトル父の身体に同調し始める。
その背に黒い紋様が浮かび、瞳は深紅に染まっていた。

「これこそが、我が誇りの結実――
ヴァンパイアの、再興の第一歩だ」

「……違う。そんなのは、誇りなんかじゃない……!」

ヴィクトルが、剣を抜く。

「それは、ただの――お前自身の野望だ!!」

今度は、かつての主従、親子としての絆が――
最も残酷な形で、断ち切られようとしていた。
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