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第四章:紅き月の儀式
第53話・断絶の剣、命の境界線
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「父上……!」
紅い瞳と剣を向けながら、ヴィクトルが一歩踏み出す。
その背には祭壇、
未だ意識の戻らぬルナフィエラが横たわっている。
その身体を、赤黒い光がじわじわと侵食していた。
「それ以上……彼女に触れるな」
「ヴィクトル。……何故わからぬ。
この力は、我らが“未来”だ。
誇りを繋ぐための唯一の道なのだ」
「誇りを語るなら――なぜ、彼女を犠牲にする」
ヴィクトルの言葉に、父の目がわずかに揺れる。
だが、次の瞬間には鋭く細められた。
「覚悟のない者には、わかるまい」
影のような魔力が父の背に広がる。
黒い翼のような魔力の残滓が風を巻き、
その身に宿った魔法陣の核が、脈打つたびに周囲を蝕んでいく。
「ならば――俺が止める!」
ヴィクトルが地を蹴る。
その一撃は、かつて彼が師事してきた父へ向けて放たれた。
刃と刃が激突する。
火花が散り、紅き月の光に照らされる中、
親子の剣が激しくぶつかり合う。
「お前にはまだわかっていない……
“種”を繋ぐという意味を……!」
「違う!あなたも、ただ――力に酔っているだけだ!!」
ヴィクトルの叫びが、剣に乗って叩き込まれる。
父は一歩、後退する。
だがその手には、なおも魔法陣の核が脈打ち――
ルナフィエラの身体に向けて、魔力が伸びようとしていた。
「――っ、やめろ!!」
そのとき。
「っ……ぁ……!」
小さな声が、祭壇の上から漏れた。
「……ルナ!?」
フィンが駆け寄ろうとする。
だが、ルナフィエラの身体はすでに限界に近かった。
蒼白な頬、微かに震える睫毛。
魔力を抜かれ続けた身体は、崩れかけた砂のように脆く――
「……ッ、もう……やめ……」
それは、意識ではなく、“本能”に近い呻き。
「……ッ、間に合わない……!」
ユリウスが歯を食いしばる。
その時、フィンが静かに前へ出た。
「……僕が、魔力の流れを“逆転”させる」
「何……?」
「この場に残された“穢れていない魔素”を逆流させて、
ルナの魔力の循環を再起動させる……
でも、リスクが高すぎる。下手すれば、命を……」
「……いや、……やるしか、ない」
フィンは小さく微笑んだ。
「彼女が……ずっと、命を削られてきたのを、
一番近くで見ていたから」
彼は魔法陣の縁に両手を広げ、詠唱を始めた。
結界の色がわずかに揺れる。
「フィンッ――!」
ユリウスの叫びが重なる。
そしてその横で、まだ父と剣を交えるヴィクトルの瞳が揺れる。
(……誰かが、差し出さなければ……誰も救えないのか)
魔力が、再び揺れた。
ルナフィエラの瞳が、ほんの僅かに震えた。
今、命と誇りと願いが――
すべて一つの刃の上に、並んでいた。
「……いくよ」
フィンの声は静かだった。
魔法陣の縁に両手を広げ、深く息を吸い込む。
周囲の空気が震え、光の流れが反転するように歪む。
「――逆転術式《レヴァナント・フロー》」
詠唱と共に、魔法陣の赤黒い光が淡く青白く変わっていく。
強引に抜き取られていた魔力が、今度は逆流を始めた。
「……っ……う、……ぁ……」
ルナフィエラの身体が小さく跳ねた。
彼女の胸元に溜まっていた負の魔力が散り、
代わりに、命の灯火のような小さな光がゆっくりと彼女を包んでいく。
「ルナ……!」
ユリウスの声が震える。
「……間に合った……」
フィンが呟いた瞬間――
彼の膝が、がくりと落ちた。
魔法陣の逆流制御。
それは術者の生命力そのものを代償にして行う禁術だった。
「フィンッ!」
シグが支えに駆け寄る。
「大丈夫……まだ、生きてる……」
かすれた声で笑うフィン。
だがそのとき――
「……甘いな」
再び、影が動いた。
ヴィクトル父が静かに剣を振り上げる。
「たとえ命を繋いでも、
その力を放っておくわけにはいかん。
今ここで、完全に私のものとして――」
「させるかッ!」
ヴィクトルが飛び出す。
父の前に立ちはだかるように、
その剣を、まっすぐ構えた。
「まだ……終わっていない……!」
「どこまで愚かな息子だ」
ヴィクトル父の一閃が振るわれる。
魔力を纏った紅の刃が、容赦なく振り下ろされた。
ヴィクトルは、咄嗟に剣を交差させて防いだが――
「ぐっ……!」
防ぎきれなかった衝撃が全身を打ち抜き、
彼の身体は宙を舞い、背中から祭壇の下へと叩きつけられる。
「ヴィクトル!!」
ユリウスの叫びが木霊する。
祭壇の傍に倒れたヴィクトル。
その身体からは血が流れ、意識は朦朧としていた。
だが、その手は――しっかりと、ルナの袖を握っていた。
「……まもる……っ、絶対に……」
その言葉が、かすかに空気を震わせたとき。
「……ヴィ……クトル……?」
それは、風のような小さな声だった。
「……ルナ……?」
フィンが、驚きに目を見開く。
祭壇の上、ルナの睫毛が震え――
その瞳が、ゆっくりと、赤い光を映した。
紅き月の色よりも深く、
だがどこまでも透き通った――本来の彼女の瞳。
「……皆を……傷つけないで……」
彼女の声が、空間に響いた瞬間。
祭壇の周囲に広がっていた暴走魔力が、静かに収束を始める。
魔法陣の紋様が音もなく砕け、
ルナフィエラの身体を包んでいた紅黒の膜が、ふっと消えた。
彼女の内から、静かで強大な魔力が溢れ出す。
覚醒。
だがそれは、力に呑まれた暴走ではなかった。
意志を持ち、愛を知る者が――自ら選び取った覚醒だった。
紅い瞳と剣を向けながら、ヴィクトルが一歩踏み出す。
その背には祭壇、
未だ意識の戻らぬルナフィエラが横たわっている。
その身体を、赤黒い光がじわじわと侵食していた。
「それ以上……彼女に触れるな」
「ヴィクトル。……何故わからぬ。
この力は、我らが“未来”だ。
誇りを繋ぐための唯一の道なのだ」
「誇りを語るなら――なぜ、彼女を犠牲にする」
ヴィクトルの言葉に、父の目がわずかに揺れる。
だが、次の瞬間には鋭く細められた。
「覚悟のない者には、わかるまい」
影のような魔力が父の背に広がる。
黒い翼のような魔力の残滓が風を巻き、
その身に宿った魔法陣の核が、脈打つたびに周囲を蝕んでいく。
「ならば――俺が止める!」
ヴィクトルが地を蹴る。
その一撃は、かつて彼が師事してきた父へ向けて放たれた。
刃と刃が激突する。
火花が散り、紅き月の光に照らされる中、
親子の剣が激しくぶつかり合う。
「お前にはまだわかっていない……
“種”を繋ぐという意味を……!」
「違う!あなたも、ただ――力に酔っているだけだ!!」
ヴィクトルの叫びが、剣に乗って叩き込まれる。
父は一歩、後退する。
だがその手には、なおも魔法陣の核が脈打ち――
ルナフィエラの身体に向けて、魔力が伸びようとしていた。
「――っ、やめろ!!」
そのとき。
「っ……ぁ……!」
小さな声が、祭壇の上から漏れた。
「……ルナ!?」
フィンが駆け寄ろうとする。
だが、ルナフィエラの身体はすでに限界に近かった。
蒼白な頬、微かに震える睫毛。
魔力を抜かれ続けた身体は、崩れかけた砂のように脆く――
「……ッ、もう……やめ……」
それは、意識ではなく、“本能”に近い呻き。
「……ッ、間に合わない……!」
ユリウスが歯を食いしばる。
その時、フィンが静かに前へ出た。
「……僕が、魔力の流れを“逆転”させる」
「何……?」
「この場に残された“穢れていない魔素”を逆流させて、
ルナの魔力の循環を再起動させる……
でも、リスクが高すぎる。下手すれば、命を……」
「……いや、……やるしか、ない」
フィンは小さく微笑んだ。
「彼女が……ずっと、命を削られてきたのを、
一番近くで見ていたから」
彼は魔法陣の縁に両手を広げ、詠唱を始めた。
結界の色がわずかに揺れる。
「フィンッ――!」
ユリウスの叫びが重なる。
そしてその横で、まだ父と剣を交えるヴィクトルの瞳が揺れる。
(……誰かが、差し出さなければ……誰も救えないのか)
魔力が、再び揺れた。
ルナフィエラの瞳が、ほんの僅かに震えた。
今、命と誇りと願いが――
すべて一つの刃の上に、並んでいた。
「……いくよ」
フィンの声は静かだった。
魔法陣の縁に両手を広げ、深く息を吸い込む。
周囲の空気が震え、光の流れが反転するように歪む。
「――逆転術式《レヴァナント・フロー》」
詠唱と共に、魔法陣の赤黒い光が淡く青白く変わっていく。
強引に抜き取られていた魔力が、今度は逆流を始めた。
「……っ……う、……ぁ……」
ルナフィエラの身体が小さく跳ねた。
彼女の胸元に溜まっていた負の魔力が散り、
代わりに、命の灯火のような小さな光がゆっくりと彼女を包んでいく。
「ルナ……!」
ユリウスの声が震える。
「……間に合った……」
フィンが呟いた瞬間――
彼の膝が、がくりと落ちた。
魔法陣の逆流制御。
それは術者の生命力そのものを代償にして行う禁術だった。
「フィンッ!」
シグが支えに駆け寄る。
「大丈夫……まだ、生きてる……」
かすれた声で笑うフィン。
だがそのとき――
「……甘いな」
再び、影が動いた。
ヴィクトル父が静かに剣を振り上げる。
「たとえ命を繋いでも、
その力を放っておくわけにはいかん。
今ここで、完全に私のものとして――」
「させるかッ!」
ヴィクトルが飛び出す。
父の前に立ちはだかるように、
その剣を、まっすぐ構えた。
「まだ……終わっていない……!」
「どこまで愚かな息子だ」
ヴィクトル父の一閃が振るわれる。
魔力を纏った紅の刃が、容赦なく振り下ろされた。
ヴィクトルは、咄嗟に剣を交差させて防いだが――
「ぐっ……!」
防ぎきれなかった衝撃が全身を打ち抜き、
彼の身体は宙を舞い、背中から祭壇の下へと叩きつけられる。
「ヴィクトル!!」
ユリウスの叫びが木霊する。
祭壇の傍に倒れたヴィクトル。
その身体からは血が流れ、意識は朦朧としていた。
だが、その手は――しっかりと、ルナの袖を握っていた。
「……まもる……っ、絶対に……」
その言葉が、かすかに空気を震わせたとき。
「……ヴィ……クトル……?」
それは、風のような小さな声だった。
「……ルナ……?」
フィンが、驚きに目を見開く。
祭壇の上、ルナの睫毛が震え――
その瞳が、ゆっくりと、赤い光を映した。
紅き月の色よりも深く、
だがどこまでも透き通った――本来の彼女の瞳。
「……皆を……傷つけないで……」
彼女の声が、空間に響いた瞬間。
祭壇の周囲に広がっていた暴走魔力が、静かに収束を始める。
魔法陣の紋様が音もなく砕け、
ルナフィエラの身体を包んでいた紅黒の膜が、ふっと消えた。
彼女の内から、静かで強大な魔力が溢れ出す。
覚醒。
だがそれは、力に呑まれた暴走ではなかった。
意志を持ち、愛を知る者が――自ら選び取った覚醒だった。
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