純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第四章:紅き月の儀式

第57話・静かな安息

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重々しく、古城の門が開いた。

既に日は高く昇り、
あたたかな陽射しが城の中庭を明るく照らしている。

馬車は静かに、中庭へと滑り込んだ。

これまでルナフィエラが過ごした場所。
今は、彼女を迎えるためだけに――ただ静かに待っていた。

ヴィクトルは、そっとルナフィエラを抱き上げた。

「……戻ってきましたよ、ルナ様」

囁くような声で、彼女に語りかける。

毛布の中のルナフィエラは、眠ったまま反応はない。
けれど、その胸は静かに、規則正しく上下していた。

ユリウスが先導し、
フィンとシグも無言で後に続く。

四人の騎士たちに守られながら、
ルナフィエラは古城の奥、彼女専用の寝室へと運ばれていった。

高い天窓から、日の光がやわらかく差し込む。

寝台にそっと寝かされたルナフィエラは、
まるで繊細なガラス細工のように、静かに横たわっていた。

ヴィクトルは、彼女の手を離せないまま、
じっとその寝顔を見つめていた。

「……ユリウス」

呼びかけに応じて、ユリウスが静かに歩み寄る。

彼はそっとルナフィエラに手をかざし、
魔力の流れを探るように目を閉じた。

数瞬の沈黙。

やがて、ユリウスがゆっくりと口を開く。

「……身体に異常はない」
「呼吸も、安定している」
「魔力も……枯渇しているわけではない。
きちんと循環している」

ヴィクトルをはじめ、フィンとシグも静かに息を吐く。

「命に別状は……ない、ように思うよ」

ユリウスはそう結論づけた。

けれど――

「……目を覚ますには、時間がかかるかもしれないな」

「……なら、待つだけだ」

ヴィクトルが静かに言った。

「どれだけかかってもいい。
俺たちは、ここで待つ」

「当然だ」

フィンが柔らかく微笑み、
シグも黙って深く頷く。

誰一人、焦ろうとする者はいなかった。
誰一人、諦めようとする者もいなかった。

「……おかえり、ルナ」

ユリウスが小さく囁いた。

それは、まだ眠り続ける彼女への、
最も温かい祝福の言葉だった。


——————

春。
命が芽吹く季節。

ルナフィエラは静かに、古城へと帰還した。

柔らかな光に包まれて、
彼女は長い眠りの中にいた。

呼吸は安定している。
脈も、魔力の流れも正常だった。

けれど、彼女の意識だけが、深く閉ざされたままだった。

ヴィクトルは、彼女の手を握りながら、
小さな声で何度も呼びかけた。

「……ルナ様。あなたが目を覚ます日まで、俺たちは、ここにいます」

どれだけ返事がなくても、決して諦めなかった。

**

夏。
緑が満ち、蝉の声が降り注ぐ季節。

中庭は陽光に溢れ、森の木々は勢いよく枝を伸ばしていた。

けれど、ルナフィエラの寝室だけは、時間が止まったように静かだった。

フィンは、毎朝欠かさずそっと治癒の魔力を流した。

「……大丈夫。今日も、問題ないよ」

微笑みながら、彼はルナの髪を撫でた。

(ルナがここにいるだけで、
こんなにも世界が優しくなるんだ)

たとえ眠ったままでも、ルナフィエラは彼らの“希望”だった。

**

秋。
葉が色づき、風に冷たさが混じる季節。

ユリウスは、窓の外に舞う落葉を眺めながら、
静かに目を閉じた。

「……季節は変わっても、
僕たちの想いは、変わらない」

彼はそう呟き、毛布を直す手を止めなかった。

一瞬たりとも、彼女を独りにはしなかった。

**

冬。
雪が降り積もり、城を白く包む季節。

凍てつく空気の中、
シグは窓際に立ち、外を見やった。

白銀に染まった世界。
その静けさに、胸が締めつけられる。

「……目ぇ覚ましたら、文句のひとつも言ってやる」

ぼそりと、そんな言葉を呟いた。

でも、誰よりも、彼はその日を待ち焦がれていた。

**

季節は、静かに巡った。

白い雪が溶け、
再び大地に命が芽吹く春が訪れた。

小鳥たちがさえずり、
中庭には今年最初の花が咲き始める。

その朝だった。

ヴィクトルが、ルナフィエラの手を取ったとき――
指先に、かすかな、でも確かな力を感じた。

「……ルナ様……?」

彼は小さく囁いた。

フィンが顔を上げ、
ユリウスとシグも息を呑む。

寝台の上、長い眠りについていたルナフィエラが――

ほんの僅かに、睫毛を震わせた。

春の光がカーテン越しに差し込む中、
彼女の指先が、ヴィクトルの手をきゅっと握り返す。

目覚めの瞬間が、
ゆっくりと、静かに、訪れようとしていた。
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