純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第四章:紅き月の儀式

第58話・目覚め、君を呼ぶ声

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指先に伝わる、微かな温もり。

ヴィクトルは、まるでそれを見逃すまいと、
息を呑んでルナフィエラを見つめた。

(……今、確かに……)

ルナフィエラの睫毛が、かすかに震える。

その動きは、夢と現実の境を彷徨うように、
とても、とてもゆっくりだった。

フィンが寝台に駆け寄る。
ユリウスも、シグも、声も出せずに固唾を呑んだ。

「……ルナ様」

ヴィクトルが、囁くように名前を呼ぶ。

それに応えるように――

「……ヴィク……ト……?」

掠れた、細く弱々しい声が、空気を震わせた。

ヴィクトルの瞳が、驚きと歓喜に揺れる。

「……ルナ様!!」

彼は思わず、ルナフィエラの手をぎゅっと握った。

ルナフィエラの睫毛が、震えながらゆっくりと持ち上がる。

紅い瞳。

まだ焦点は定まらず、
けれど、確かにそこに“意志”が宿っていた。

「……みんな……?」

か細く問いかける声に、
フィンが思わず泣き笑いの顔になる。

「うん、いるよ……! ちゃんと、ここに」

ユリウスは静かに微笑み、
シグは不器用に腕を組んだまま、顔を背けた。

(ちくしょう……泣きそうだ)

ヴィクトルは、ルナフィエラの額にそっと手を当てた。

「……よくぞ、戻ってきてくれましたね」

彼の声は震えていた。
けれど、それは喜びに満ちた震えだった。

ルナフィエラは、まだぼんやりとした意識の中で、
一人一人の顔を確かめるように目を向けた。

「……わたし、どのくらい…眠っていたの?」

季節の匂いに気づいたのだろう。
窓の外から、花の香りと微かな鳥の声が漂ってくる。

「……1年です。新しい春ですよ」

ヴィクトルが答える。

ルナの瞳が、ふわりと潤んだ。

「……そんなに………」

その声は、震えていた。

長い眠り。
終わらないかもしれない静寂。

それでも彼らは、誰一人諦めずに、
ここにいてくれた。

ルナフィエラは、力の入らない手を精一杯伸ばし、
ヴィクトルの指を、ぎゅっと握り返す。

「……ただいま」

その一言に、
全ての想いが込められていた。

外では、春の風が柔らかく吹き抜ける。


目を覚ましたルナは、まだ体に力が入らず、
寝台の上でそっとまばたきを繰り返していた。

そんな彼女に、フィンが明るい声をかける。

「……無理しなくていいよ、ルナ。
今は、こうして目を開けてくれているだけで、十分だから」

ふわりと微笑みながら、
彼は手早く水差しを取り出し、小さなカップに注いだ。

ユリウスが枕元に膝をつき、
静かにカップを差し出す。

「……少しずつ、飲んで。喉が乾いているだろう」

ルナフィエラは、かすかに頷き、
ヴィクトルの支えを借りながら、そっと口に含んだ。

冷たい水が喉を潤す。

それだけのことが、
今は、涙が出るほど嬉しかった。

「……ありがとう、みんな」

掠れた声で、けれど確かにそう言ったルナに、
フィンも、ユリウスも、シグも、
そしてヴィクトルも――皆、穏やかな笑みを浮かべた。

「礼を言うのは、私たちのほうです」

ヴィクトルが静かに言った。

「あなたが、生きていてくれる。
それだけで、私たちの世界は、もう十分に満たされています」

ルナフィエラは、目を潤ませながら、小さく笑った。


その日の午後。

暖かな春の陽射しの中、
ルナはシグに抱えられて中庭へ出た。

咲き誇る花々、
芽吹いた緑、
優しい春風。

長い眠りの間に、世界はまた巡っていた。

それでも――

「……変わらないね」

ルナが小さく呟いた。

「みんなが、こうしていてくれる」

シグが肩をすくめる。

「当たり前だろ。
誰も、離れるなんざ考えたことねぇよ」

ユリウスが微笑み、フィンもこくりと頷いた。

「これからもずっと、僕たちは傍にいるよ」

「ええ。あなたが望む限り、いつまでも」

ヴィクトルが、静かに、けれど力強く言った。

ルナフィエラは、胸いっぱいに春の匂いを吸い込みながら、
そっと目を閉じた。

(――ああ、わたしは、ちゃんと帰ってきたんだ)

世界は変わり続ける。
けれど、ここにある絆だけは――永遠だ。

「……ただいま」

もう一度、小さな声でそう呟くと、
四人の騎士たちは、何も言わずに頷いた。

中庭を優しく撫でる春の風が、
花びらをひとひら、ルナの頬に乗せた。

それは、始まりの合図のようだった。


こうして、長い眠りを越えた彼女たちの物語は、
また新たな季節へと歩み始める。
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