58 / 177
第四章:紅き月の儀式
第57話・静かな安息
しおりを挟む
重々しく、古城の門が開いた。
既に日は高く昇り、
あたたかな陽射しが城の中庭を明るく照らしている。
馬車は静かに、中庭へと滑り込んだ。
これまでルナフィエラが過ごした場所。
今は、彼女を迎えるためだけに――ただ静かに待っていた。
ヴィクトルは、そっとルナフィエラを抱き上げた。
「……戻ってきましたよ、ルナ様」
囁くような声で、彼女に語りかける。
毛布の中のルナフィエラは、眠ったまま反応はない。
けれど、その胸は静かに、規則正しく上下していた。
ユリウスが先導し、
フィンとシグも無言で後に続く。
四人の騎士たちに守られながら、
ルナフィエラは古城の奥、彼女専用の寝室へと運ばれていった。
高い天窓から、日の光がやわらかく差し込む。
寝台にそっと寝かされたルナフィエラは、
まるで繊細なガラス細工のように、静かに横たわっていた。
ヴィクトルは、彼女の手を離せないまま、
じっとその寝顔を見つめていた。
「……ユリウス」
呼びかけに応じて、ユリウスが静かに歩み寄る。
彼はそっとルナフィエラに手をかざし、
魔力の流れを探るように目を閉じた。
数瞬の沈黙。
やがて、ユリウスがゆっくりと口を開く。
「……身体に異常はない」
「呼吸も、安定している」
「魔力も……枯渇しているわけではない。
きちんと循環している」
ヴィクトルをはじめ、フィンとシグも静かに息を吐く。
「命に別状は……ない、ように思うよ」
ユリウスはそう結論づけた。
けれど――
「……目を覚ますには、時間がかかるかもしれないな」
「……なら、待つだけだ」
ヴィクトルが静かに言った。
「どれだけかかってもいい。
俺たちは、ここで待つ」
「当然だ」
フィンが柔らかく微笑み、
シグも黙って深く頷く。
誰一人、焦ろうとする者はいなかった。
誰一人、諦めようとする者もいなかった。
「……おかえり、ルナ」
ユリウスが小さく囁いた。
それは、まだ眠り続ける彼女への、
最も温かい祝福の言葉だった。
——————
春。
命が芽吹く季節。
ルナフィエラは静かに、古城へと帰還した。
柔らかな光に包まれて、
彼女は長い眠りの中にいた。
呼吸は安定している。
脈も、魔力の流れも正常だった。
けれど、彼女の意識だけが、深く閉ざされたままだった。
ヴィクトルは、彼女の手を握りながら、
小さな声で何度も呼びかけた。
「……ルナ様。あなたが目を覚ます日まで、俺たちは、ここにいます」
どれだけ返事がなくても、決して諦めなかった。
**
夏。
緑が満ち、蝉の声が降り注ぐ季節。
中庭は陽光に溢れ、森の木々は勢いよく枝を伸ばしていた。
けれど、ルナフィエラの寝室だけは、時間が止まったように静かだった。
フィンは、毎朝欠かさずそっと治癒の魔力を流した。
「……大丈夫。今日も、問題ないよ」
微笑みながら、彼はルナの髪を撫でた。
(ルナがここにいるだけで、
こんなにも世界が優しくなるんだ)
たとえ眠ったままでも、ルナフィエラは彼らの“希望”だった。
**
秋。
葉が色づき、風に冷たさが混じる季節。
ユリウスは、窓の外に舞う落葉を眺めながら、
静かに目を閉じた。
「……季節は変わっても、
僕たちの想いは、変わらない」
彼はそう呟き、毛布を直す手を止めなかった。
一瞬たりとも、彼女を独りにはしなかった。
**
冬。
雪が降り積もり、城を白く包む季節。
凍てつく空気の中、
シグは窓際に立ち、外を見やった。
白銀に染まった世界。
その静けさに、胸が締めつけられる。
「……目ぇ覚ましたら、文句のひとつも言ってやる」
ぼそりと、そんな言葉を呟いた。
でも、誰よりも、彼はその日を待ち焦がれていた。
**
季節は、静かに巡った。
白い雪が溶け、
再び大地に命が芽吹く春が訪れた。
小鳥たちがさえずり、
中庭には今年最初の花が咲き始める。
その朝だった。
ヴィクトルが、ルナフィエラの手を取ったとき――
指先に、かすかな、でも確かな力を感じた。
「……ルナ様……?」
彼は小さく囁いた。
フィンが顔を上げ、
ユリウスとシグも息を呑む。
寝台の上、長い眠りについていたルナフィエラが――
ほんの僅かに、睫毛を震わせた。
春の光がカーテン越しに差し込む中、
彼女の指先が、ヴィクトルの手をきゅっと握り返す。
目覚めの瞬間が、
ゆっくりと、静かに、訪れようとしていた。
既に日は高く昇り、
あたたかな陽射しが城の中庭を明るく照らしている。
馬車は静かに、中庭へと滑り込んだ。
これまでルナフィエラが過ごした場所。
今は、彼女を迎えるためだけに――ただ静かに待っていた。
ヴィクトルは、そっとルナフィエラを抱き上げた。
「……戻ってきましたよ、ルナ様」
囁くような声で、彼女に語りかける。
毛布の中のルナフィエラは、眠ったまま反応はない。
けれど、その胸は静かに、規則正しく上下していた。
ユリウスが先導し、
フィンとシグも無言で後に続く。
四人の騎士たちに守られながら、
ルナフィエラは古城の奥、彼女専用の寝室へと運ばれていった。
高い天窓から、日の光がやわらかく差し込む。
寝台にそっと寝かされたルナフィエラは、
まるで繊細なガラス細工のように、静かに横たわっていた。
ヴィクトルは、彼女の手を離せないまま、
じっとその寝顔を見つめていた。
「……ユリウス」
呼びかけに応じて、ユリウスが静かに歩み寄る。
彼はそっとルナフィエラに手をかざし、
魔力の流れを探るように目を閉じた。
数瞬の沈黙。
やがて、ユリウスがゆっくりと口を開く。
「……身体に異常はない」
「呼吸も、安定している」
「魔力も……枯渇しているわけではない。
きちんと循環している」
ヴィクトルをはじめ、フィンとシグも静かに息を吐く。
「命に別状は……ない、ように思うよ」
ユリウスはそう結論づけた。
けれど――
「……目を覚ますには、時間がかかるかもしれないな」
「……なら、待つだけだ」
ヴィクトルが静かに言った。
「どれだけかかってもいい。
俺たちは、ここで待つ」
「当然だ」
フィンが柔らかく微笑み、
シグも黙って深く頷く。
誰一人、焦ろうとする者はいなかった。
誰一人、諦めようとする者もいなかった。
「……おかえり、ルナ」
ユリウスが小さく囁いた。
それは、まだ眠り続ける彼女への、
最も温かい祝福の言葉だった。
——————
春。
命が芽吹く季節。
ルナフィエラは静かに、古城へと帰還した。
柔らかな光に包まれて、
彼女は長い眠りの中にいた。
呼吸は安定している。
脈も、魔力の流れも正常だった。
けれど、彼女の意識だけが、深く閉ざされたままだった。
ヴィクトルは、彼女の手を握りながら、
小さな声で何度も呼びかけた。
「……ルナ様。あなたが目を覚ます日まで、俺たちは、ここにいます」
どれだけ返事がなくても、決して諦めなかった。
**
夏。
緑が満ち、蝉の声が降り注ぐ季節。
中庭は陽光に溢れ、森の木々は勢いよく枝を伸ばしていた。
けれど、ルナフィエラの寝室だけは、時間が止まったように静かだった。
フィンは、毎朝欠かさずそっと治癒の魔力を流した。
「……大丈夫。今日も、問題ないよ」
微笑みながら、彼はルナの髪を撫でた。
(ルナがここにいるだけで、
こんなにも世界が優しくなるんだ)
たとえ眠ったままでも、ルナフィエラは彼らの“希望”だった。
**
秋。
葉が色づき、風に冷たさが混じる季節。
ユリウスは、窓の外に舞う落葉を眺めながら、
静かに目を閉じた。
「……季節は変わっても、
僕たちの想いは、変わらない」
彼はそう呟き、毛布を直す手を止めなかった。
一瞬たりとも、彼女を独りにはしなかった。
**
冬。
雪が降り積もり、城を白く包む季節。
凍てつく空気の中、
シグは窓際に立ち、外を見やった。
白銀に染まった世界。
その静けさに、胸が締めつけられる。
「……目ぇ覚ましたら、文句のひとつも言ってやる」
ぼそりと、そんな言葉を呟いた。
でも、誰よりも、彼はその日を待ち焦がれていた。
**
季節は、静かに巡った。
白い雪が溶け、
再び大地に命が芽吹く春が訪れた。
小鳥たちがさえずり、
中庭には今年最初の花が咲き始める。
その朝だった。
ヴィクトルが、ルナフィエラの手を取ったとき――
指先に、かすかな、でも確かな力を感じた。
「……ルナ様……?」
彼は小さく囁いた。
フィンが顔を上げ、
ユリウスとシグも息を呑む。
寝台の上、長い眠りについていたルナフィエラが――
ほんの僅かに、睫毛を震わせた。
春の光がカーテン越しに差し込む中、
彼女の指先が、ヴィクトルの手をきゅっと握り返す。
目覚めの瞬間が、
ゆっくりと、静かに、訪れようとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
能天気な私は今日も愛される
具なっしー
恋愛
日本でJKライフを謳歌していた凪紗は遅刻しそうになって全力疾走してたらトラックとバコーン衝突して死んじゃったー。そんで、神様とお話しして、目が覚めたら男女比50:1の世界に転生してたー!この世界では女性は宝物のように扱われ猿のようにやりたい放題の女性ばっかり!?そんな中、凪紗ことポピーは日本の常識があるから、天使だ!天使だ!と溺愛されている。この世界と日本のギャップに苦しみながらも、楽観的で能天気な性格で周りに心配される女の子のおはなし。
はじめて小説を書くので誤字とか色々拙いところが多いと思いますが優しく見てくれたら嬉しいです。自分で読みたいのをかいてみます。残酷な描写とかシリアスが苦手なのでかかないです。定番な展開が続きます。飽き性なので褒めてくれたら続くと思いますよろしくお願いします。
※表紙はAI画像です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる