純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第五章:みんなと歩く日常

第60話・始まりの一歩

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暖かな春の光が、中庭を柔らかく照らしていた。

城を囲む森には新緑が芽吹き、
小鳥たちがにぎやかにさえずる声が風に乗る。

その中央――

ルナフィエラは、四人の騎士たちに見守られながら、
そっと手を前に伸ばしていた。

「……集中してください、ルナ様」

ヴィクトルが、すぐ傍で穏やかに声をかける。

その声音は、どこまでも優しく――
けれど、微かに過保護すぎる甘さも滲んでいる。

「無理はしないように。少しでも疲れたら、すぐに休みましょう」

「……うん。わかった」

ルナフィエラは小さく頷いた。

初めて自分の魔力を制御するための訓練。
今日の目標は、ただ“魔力を流す感覚”を掴むことだけ。

無理など、絶対にさせない。
4人とも、その想いを胸に抱いていた。

ユリウスが少し離れた場所から冷静に見守る。

「魔力を練る時は、呼吸を整えて。
自然な流れを意識すれば、身体も自然に応えてくれるよ」

フィンは、手に持った水筒を掲げながらにっこり笑った。

「がんばったら、あとでおやつにしようね♪」

ルナフィエラは思わず、くすっと微笑みそうになる。
それだけで、肩に入りかけていた力がふっと抜けた。

シグは、腕を組んで壁際にもたれながら、
ぶっきらぼうに呟く。

「……焦んな。最初から上手くいく奴なんか、いねぇ」

それが彼なりの、最大限の励ましだった。

ルナフィエラはもう一度、深呼吸をして――
そっと魔力を指先に集中させた。

(……あたたかい)

小さな、けれど確かな魔力の流れ。

それを感じ取ったとき、
彼女の周囲に、ふわりと淡い光が灯った。

「……できた……!」

目を見開くルナフィエラに、ヴィクトルが微笑む。

「ええ。……素晴らしいです、ルナ様」

フィンもぱちぱちと拍手を送る。

「すごい、すごいよ!」

ユリウスは静かに頷き、
シグも、ふっと口元を緩めた。

(……わたし、ちゃんとできたんだ)

嬉しさと、少しの誇らしさ。
そして何より、ここにいる皆と一緒に歩いていける確信。


だが――
次の瞬間だった。

指先から、ひとしずく、血が零れた。

「っ……」

ルナフィエラが驚いて手を引く。

ヴィクトルがすぐに駆け寄り、
彼女の手を優しく取った。

「大丈夫です、ルナ様。驚かないでください」

その声には、一切の動揺がなかった。

ヴィクトルは、そっとルナフィエラの手のひらを見つめる。

そこには、ごく小さな傷。
だが、その血は微かに、魔力を帯びて煌めいていた。

「……これは」

ユリウスが、僅かに目を細める。
フィンも、心配そうに覗き込む。

「血が……光ってる……?」

シグが低く呟いた。

ヴィクトルは、ルナフィエラの肩にそっと手を置き、
ゆっくりと語りかけた。

「ルナ様。
我々ヴァンパイアは――血を媒介に、魔力を操ることができるのです」

「……!」

ルナが目を見開く。

「ヴァンパイアの本質。
そして、あなたが“覚醒した”今だからこそ、意図的に扱える力です」

彼女の血は、生命そのものの象徴。
そして魔力を増幅し、自在に形を変える可能性を持っている。

「……怖がらないでください。
この力は、あなた自身のものであり――あなたを護る力です」

ヴィクトルの声は、
誰よりも優しく、強かった。

ルナフィエラは、迷うように自分の手を見つめた。

ほんの僅かな血の煌めきが、
かすかに暖かな脈動を伝えてくる。

(……わたしにも、できる……)

震える手を、そっと胸に引き寄せた。


中庭には、春の風が吹いている。

命の香り。
芽吹きの気配。

そして――
新しい一歩を踏み出そうとする、
少女の小さな決意。

ルナフィエラは、そっと目を閉じた。

「……教えて、ヴィクトル。
わたし、この力……ちゃんと使えるようになりたい」

ヴィクトルは、微笑んだ。

「ええ、ルナ様。
何度でも、一緒に練習しましょう」

4人の騎士たちが見守る中、
ルナフィエラの新たな歩みが、始まろうとしていた。
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