62 / 177
第五章:みんなと歩く日常
第61話・初めての一歩
しおりを挟む
城の中庭――
朝露が消えたころ、訓練用の広場にはルナと4人の騎士たちが集まっていた。
ルナの目の前に、淡く魔力の流れが浮かび上がる。
「落ち着いてください。魔力を流しながら、少しだけ血を出して」
横でヴィクトルが優しく声をかける。
「焦らなくていい。お前のペースでやれ」
シグは腕を組んで、直線的な視線を向ける。
「ルナ、血の量はほんの数滴で十分だ」
ユリウスは的確なアドバイスを添える。
ルナは、小さく深呼吸をした。
(できる……はず)
数日前まで、血を使う魔法に対する抵抗があった。
けれど今は――違う。
「……はじめます」
彼女は指先に意識を集中し、爪先で軽く皮膚を引っ掻いた。
ぽたり、と血がにじむ。
すぐにその血が空中に浮かび、薄紅の膜を形作り始める。
「……っ」
魔力の流れが途切れそうになるたび、集中し直す。
血と魔力が噛み合うまで、何度も呼吸を整える。
(もう少し……)
その瞬間、
ふわり、と空気が変わった。
紅く輝く、半透明の魔法陣がルナの前に展開され――
ぴたりと固定された「血の盾」が、静かに完成した。
「……っ!」
「……できた」
沈黙のあと、
拍手の音が響く。
最初に手を叩いたのはフィンだった。
「すごいよルナ! 本当にできた!」
「ふん、やっとか」
シグはそっぽを向きながらも口角がわずかに上がる。
「初成功にしては、非常に安定している」
ユリウスは、目元を細めて評価した。
「……ご立派です、ルナ様」
ヴィクトルの言葉は静かで、しかし心からの称賛だった。
ルナフィエラは、みんなの顔を順に見て、
そして――ふわりと、笑った。
心の奥でふわっと膨らむ達成感。
“自分でできた”という初めての実感。
(……うれしい)
この小さな盾は、
ルナフィエラが一歩前に踏み出した証だった。
魔力を扱うことも、血を使うことも――
もう、怖くない。
誰かに守られるだけじゃない。
自分の力で、未来をつかんでいく。
そう思えるほどに、
彼女の瞳は、まっすぐに澄んでいた。
——————
血の盾を成功させてからというもの、
ルナフィエラは、少しずつ“自分の力で歩く”ということに慣れ始めていた。
朝は、図書室の片隅でユリウスとの座学。
魔法陣の構造、血と魔力の関係、属性変化の理論――
専門用語だらけの文献に眉をひそめるルナフィエラの横で、
ユリウスは淡々と、だが丁寧に解説を続けてくれる。
「ここを覚えておけば、次の応用魔法でも混乱しない」
「……ありがとう。ユリウスの教え方、わかりやすい」
ユリウスは小さく笑って、「ああ」と返したが、
ほんの一瞬、嬉しそうに目元がゆるんだのをルナは見逃さなかった。
昼の訓練場では、ヴィクトルと共に魔力操作の練習。
血の盾を複数展開することに挑戦していた。
「魔力の出力、安定してます。次、三枚目です」
ヴィクトルの落ち着いた声が飛ぶ。
「うん……っ、やってみる」
集中して、血と魔力を同時に操る。
その瞬間――
「……っ!」
肩が跳ね、膝が崩れそうになる。
(出しすぎた――!)
目の前がかすかに揺れる。
だが、倒れるよりも早く、
ふわりと誰かの腕が支えてくれる。
「ルナ様――大丈夫ですか?」
すぐそばにいたヴィクトルが、彼女をしっかりと抱き留めていた。
腕の中はあたたかく、安定していて、
落ちそうだった心ごと支えてくれるような、安心感があった。
「……ごめんなさい。ちょっと、魔力使いすぎたみたい」
「謝ることではありません。努力の証です。……少し、座りましょう」
ヴィクトルに支えられてベンチに腰を下ろすと、すぐにもうひとつの気配が近づいてくる。
「ルナ、動かないでね。……今、癒すから」
駆け寄ってきたフィンが、
彼女の胸元にそっと手をかざす。
フィンの手から淡く魔力が広がり、
体の内側にあった魔力の乱れがすうっと整っていく。
「……あ、楽になった……ありがとう、フィン」
「うん!ルナが苦しそうなの、嫌だから。
無理して強くなるより、元気で笑ってる方が……僕は、好きだよ」
照れくさそうに笑うフィンに、
ルナフィエラも自然と頬をゆるめた。
午後は、シグとの実践形式の訓練。
ぶっきらぼうな指導の裏に、いつも絶妙な“配慮”があることを、ルナはもう知っていた。
「今日は手加減しねぇぞ。さっきの魔力制御、崩れてたしな」
「……わかってる。次はちゃんとやる」
どこか悔しそうに言うルナフィエラに、シグはニッと笑った。
「その調子だ。甘えるのもいいが、前に進むなら、踏ん張れ」
夕暮れ時、訓練を終えると、
お決まりのように、フィンが準備してくれていたお茶とおやつがテーブルに並ぶ。
「今日のルナ、たくさん頑張ったから……ごほうびのリンゴタルトです♪」
「フィン、いつもありがとう……あのね」
「ん?」
「お昼の治癒魔法……ほんとに、ありがとう。
あれがなかったら、たぶん立ち上がれなかったと思う」
「……っ」
突然の素直な感謝に、フィンは頬を染めて照れ笑いする。
「うん!僕の治癒魔法はルナのためにあるからね!」
訓練を重ねる日々の中で、ルナフィエラは気づいていた。
自分は、ずっと守られていた。
それに気づかないふりをしていたのは、
頼ることに臆病だった、自分の方だったのだと。
けれど今――
彼らの言葉や手のぬくもり、
そして訓練の中で積み重ねる信頼が、
確かにルナフィエラの背中を押してくれていた。
「……ありがとう、みんな」
風が吹き抜ける中庭で、
ルナフィエラはただ静かに、あたたかな風の中で目を閉じた。
朝露が消えたころ、訓練用の広場にはルナと4人の騎士たちが集まっていた。
ルナの目の前に、淡く魔力の流れが浮かび上がる。
「落ち着いてください。魔力を流しながら、少しだけ血を出して」
横でヴィクトルが優しく声をかける。
「焦らなくていい。お前のペースでやれ」
シグは腕を組んで、直線的な視線を向ける。
「ルナ、血の量はほんの数滴で十分だ」
ユリウスは的確なアドバイスを添える。
ルナは、小さく深呼吸をした。
(できる……はず)
数日前まで、血を使う魔法に対する抵抗があった。
けれど今は――違う。
「……はじめます」
彼女は指先に意識を集中し、爪先で軽く皮膚を引っ掻いた。
ぽたり、と血がにじむ。
すぐにその血が空中に浮かび、薄紅の膜を形作り始める。
「……っ」
魔力の流れが途切れそうになるたび、集中し直す。
血と魔力が噛み合うまで、何度も呼吸を整える。
(もう少し……)
その瞬間、
ふわり、と空気が変わった。
紅く輝く、半透明の魔法陣がルナの前に展開され――
ぴたりと固定された「血の盾」が、静かに完成した。
「……っ!」
「……できた」
沈黙のあと、
拍手の音が響く。
最初に手を叩いたのはフィンだった。
「すごいよルナ! 本当にできた!」
「ふん、やっとか」
シグはそっぽを向きながらも口角がわずかに上がる。
「初成功にしては、非常に安定している」
ユリウスは、目元を細めて評価した。
「……ご立派です、ルナ様」
ヴィクトルの言葉は静かで、しかし心からの称賛だった。
ルナフィエラは、みんなの顔を順に見て、
そして――ふわりと、笑った。
心の奥でふわっと膨らむ達成感。
“自分でできた”という初めての実感。
(……うれしい)
この小さな盾は、
ルナフィエラが一歩前に踏み出した証だった。
魔力を扱うことも、血を使うことも――
もう、怖くない。
誰かに守られるだけじゃない。
自分の力で、未来をつかんでいく。
そう思えるほどに、
彼女の瞳は、まっすぐに澄んでいた。
——————
血の盾を成功させてからというもの、
ルナフィエラは、少しずつ“自分の力で歩く”ということに慣れ始めていた。
朝は、図書室の片隅でユリウスとの座学。
魔法陣の構造、血と魔力の関係、属性変化の理論――
専門用語だらけの文献に眉をひそめるルナフィエラの横で、
ユリウスは淡々と、だが丁寧に解説を続けてくれる。
「ここを覚えておけば、次の応用魔法でも混乱しない」
「……ありがとう。ユリウスの教え方、わかりやすい」
ユリウスは小さく笑って、「ああ」と返したが、
ほんの一瞬、嬉しそうに目元がゆるんだのをルナは見逃さなかった。
昼の訓練場では、ヴィクトルと共に魔力操作の練習。
血の盾を複数展開することに挑戦していた。
「魔力の出力、安定してます。次、三枚目です」
ヴィクトルの落ち着いた声が飛ぶ。
「うん……っ、やってみる」
集中して、血と魔力を同時に操る。
その瞬間――
「……っ!」
肩が跳ね、膝が崩れそうになる。
(出しすぎた――!)
目の前がかすかに揺れる。
だが、倒れるよりも早く、
ふわりと誰かの腕が支えてくれる。
「ルナ様――大丈夫ですか?」
すぐそばにいたヴィクトルが、彼女をしっかりと抱き留めていた。
腕の中はあたたかく、安定していて、
落ちそうだった心ごと支えてくれるような、安心感があった。
「……ごめんなさい。ちょっと、魔力使いすぎたみたい」
「謝ることではありません。努力の証です。……少し、座りましょう」
ヴィクトルに支えられてベンチに腰を下ろすと、すぐにもうひとつの気配が近づいてくる。
「ルナ、動かないでね。……今、癒すから」
駆け寄ってきたフィンが、
彼女の胸元にそっと手をかざす。
フィンの手から淡く魔力が広がり、
体の内側にあった魔力の乱れがすうっと整っていく。
「……あ、楽になった……ありがとう、フィン」
「うん!ルナが苦しそうなの、嫌だから。
無理して強くなるより、元気で笑ってる方が……僕は、好きだよ」
照れくさそうに笑うフィンに、
ルナフィエラも自然と頬をゆるめた。
午後は、シグとの実践形式の訓練。
ぶっきらぼうな指導の裏に、いつも絶妙な“配慮”があることを、ルナはもう知っていた。
「今日は手加減しねぇぞ。さっきの魔力制御、崩れてたしな」
「……わかってる。次はちゃんとやる」
どこか悔しそうに言うルナフィエラに、シグはニッと笑った。
「その調子だ。甘えるのもいいが、前に進むなら、踏ん張れ」
夕暮れ時、訓練を終えると、
お決まりのように、フィンが準備してくれていたお茶とおやつがテーブルに並ぶ。
「今日のルナ、たくさん頑張ったから……ごほうびのリンゴタルトです♪」
「フィン、いつもありがとう……あのね」
「ん?」
「お昼の治癒魔法……ほんとに、ありがとう。
あれがなかったら、たぶん立ち上がれなかったと思う」
「……っ」
突然の素直な感謝に、フィンは頬を染めて照れ笑いする。
「うん!僕の治癒魔法はルナのためにあるからね!」
訓練を重ねる日々の中で、ルナフィエラは気づいていた。
自分は、ずっと守られていた。
それに気づかないふりをしていたのは、
頼ることに臆病だった、自分の方だったのだと。
けれど今――
彼らの言葉や手のぬくもり、
そして訓練の中で積み重ねる信頼が、
確かにルナフィエラの背中を押してくれていた。
「……ありがとう、みんな」
風が吹き抜ける中庭で、
ルナフィエラはただ静かに、あたたかな風の中で目を閉じた。
0
あなたにおすすめの小説
【長編版】孤独な少女が異世界転生した結果
下菊みこと
恋愛
身体は大人、頭脳は子供になっちゃった元悪役令嬢のお話の長編版です。
一話は短編そのまんまです。二話目から新しいお話が始まります。
純粋無垢な主人公テレーズが、年上の旦那様ボーモンと無自覚にイチャイチャしたり様々な問題を解決して活躍したりするお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
この世界に転生したらいろんな人に溺愛されちゃいました!
キムチ鍋
恋愛
前世は不慮の事故で死んだ(主人公)公爵令嬢ニコ・オリヴィアは最近前世の記憶を思い出す。
だが彼女は人生を楽しむことができなっかたので今世は幸せな人生を送ることを決意する。
「前世は不慮の事故で死んだのだから今世は楽しんで幸せな人生を送るぞ!」
そこからいろいろな人に愛されていく。
作者のキムチ鍋です!
不定期で投稿していきます‼️
19時投稿です‼️
【受賞&書籍化】先視の王女の謀(さきみのおうじょのはかりごと)
神宮寺 あおい
恋愛
謎解き×恋愛
女神の愛し子は神託の謎を解き明かす。
月の女神に愛された国、フォルトゥーナの第二王女ディアナ。
ある日ディアナは女神の神託により隣国のウィクトル帝国皇帝イーサンの元へ嫁ぐことになった。
そして閉鎖的と言われるくらい国外との交流のないフォルトゥーナからウィクトル帝国へ行ってみれば、イーサンは男爵令嬢のフィリアを溺愛している。
さらにディアナは仮初の皇后であり、いずれ離縁してフィリアを皇后にすると言い出す始末。
味方の少ない中ディアナは女神の神託にそって行動を起こすが、それにより事態は思わぬ方向に転がっていく。
誰が敵で誰が味方なのか。
そして白日の下に晒された事実を前に、ディアナの取った行動はーー。
カクヨムコンテスト10 ファンタジー恋愛部門 特別賞受賞。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!
白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、
《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。
しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、
義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった!
バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、
前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??
異世界転生:恋愛 ※魔法無し
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる