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第五章:みんなと歩く日常
第59話・これからのこと
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春の光が差し込むサロンに、カップから立ち上る湯気が柔らかく揺れていた。
ルナフィエラは、サロンの椅子にそっと腰掛け、紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込む。
目覚めてから、もう数日。
身体の重さもだいぶ抜けてきて、こうして皆と一緒に座る時間も増えてきた。
隣にはいつものようにヴィクトルがいて、無言のまま静かに彼女を見守っている。
「魔力の流れは安定している。覚醒後の反動も、今のところは問題ない」
そう言って椅子に腰を下ろしたのはユリウスだった。
長い指でルナフィエラの手首を軽く取り、脈を測りながら、手帳にいくつかの記録を残す。
「ただ、焦らなくていい。動けるようになったからといって、無理は禁物だ」
「……うん。ありがとう、ユリウス」
ルナフィエラの声はまだ少しだけかすれていたが、それでも笑みを浮かべて答えた。
テーブルの端では、フィンがミントティーのポットを抱え、ふわりと笑いながらルナフィエラのカップに注ぐ。
「味が薄くても怒らないでね? 甘くするなら、蜂蜜もあるよ」
「ふふ、大丈夫。ちょうどいいよ、ありがとう」
フィンは安心したように微笑んだ。
扉が音もなく開いて、シグが姿を見せた。
いつものように無言のまま、部屋の奥の壁際に立ち、腕を組んだままルナの様子を見ていた。
「……調子は?」
短く問われて、ルナフィエラは頷く。
「うん。今日は、ちゃんと目が覚めてから、すぐに体を起こせたの」
「ならいい」
それだけ言って、シグは目を細める。
この空気――
いつも通りの、けれどどこか、柔らかい空気が流れていることに、ルナフィエラは少し胸を撫で下ろした。
ヴィクトルがそっと紅茶のカップを手に取り、ルナフィエラに目を向ける。
「ルナ様……お身体が落ち着かれた今、あらためてお尋ねしたいのです。
……ルナ様は、これからどうなさりたいとお考えでしょうか」
その言葉に、ルナフィエラは瞬きをした。
「……どう、したいか……」
これまでの人生で、そんな問いを真正面から投げかけられたことがあっただろうか。
どう生きたいか――なんて、考える余裕もなかった。
目立たないように、ただ見つからないように、殺されないように。
そうやって生きてきた。
けれど。
今は、違う。
目の前にいる4人は、自分の名を呼んでくれる。
手を差し伸べてくれる。
失われた時間の向こうで、自分を待ち続けてくれた。
ルナフィエラは、目を伏せたまま、そっと言葉を探した。
「……まだ、ちゃんとはわからない。けど……」
顔を上げ、ゆっくりと皆を見渡す。
「私、自分のことをちゃんと知りたい。
ヴァンパイアとしての力のことも……これからどうやって、生きていけるのかも。
だから……教えてほしいの。少しずつでいいから」
その言葉に、ユリウスが小さく頷いた。
「魔力の扱いについては、僕が補助できる。君の力は強い分、繊細だ。焦らず感覚を身につけていこう」
「散歩ついでに一緒に練習しようよ!」
フィンが笑う。「外の空気も吸わなきゃね!」
シグは、静かに立ち上がって一言だけ。
「やりたいなら、手伝う。それだけだ」
ヴィクトルは何も言わず、ルナフィエラのカップにもう一度だけ紅茶を注ぎ足した。
その所作だけで、ルナフィエラは胸がいっぱいになる。
(……ああ、私……)
ようやく、少しだけ――“生きてみたい”って、思ってるのかもしれない。
春の光が差し込むそのサロンで、
彼女の小さな決意が、静かに芽を出した。
ルナフィエラは、サロンの椅子にそっと腰掛け、紅茶の香りを胸いっぱいに吸い込む。
目覚めてから、もう数日。
身体の重さもだいぶ抜けてきて、こうして皆と一緒に座る時間も増えてきた。
隣にはいつものようにヴィクトルがいて、無言のまま静かに彼女を見守っている。
「魔力の流れは安定している。覚醒後の反動も、今のところは問題ない」
そう言って椅子に腰を下ろしたのはユリウスだった。
長い指でルナフィエラの手首を軽く取り、脈を測りながら、手帳にいくつかの記録を残す。
「ただ、焦らなくていい。動けるようになったからといって、無理は禁物だ」
「……うん。ありがとう、ユリウス」
ルナフィエラの声はまだ少しだけかすれていたが、それでも笑みを浮かべて答えた。
テーブルの端では、フィンがミントティーのポットを抱え、ふわりと笑いながらルナフィエラのカップに注ぐ。
「味が薄くても怒らないでね? 甘くするなら、蜂蜜もあるよ」
「ふふ、大丈夫。ちょうどいいよ、ありがとう」
フィンは安心したように微笑んだ。
扉が音もなく開いて、シグが姿を見せた。
いつものように無言のまま、部屋の奥の壁際に立ち、腕を組んだままルナの様子を見ていた。
「……調子は?」
短く問われて、ルナフィエラは頷く。
「うん。今日は、ちゃんと目が覚めてから、すぐに体を起こせたの」
「ならいい」
それだけ言って、シグは目を細める。
この空気――
いつも通りの、けれどどこか、柔らかい空気が流れていることに、ルナフィエラは少し胸を撫で下ろした。
ヴィクトルがそっと紅茶のカップを手に取り、ルナフィエラに目を向ける。
「ルナ様……お身体が落ち着かれた今、あらためてお尋ねしたいのです。
……ルナ様は、これからどうなさりたいとお考えでしょうか」
その言葉に、ルナフィエラは瞬きをした。
「……どう、したいか……」
これまでの人生で、そんな問いを真正面から投げかけられたことがあっただろうか。
どう生きたいか――なんて、考える余裕もなかった。
目立たないように、ただ見つからないように、殺されないように。
そうやって生きてきた。
けれど。
今は、違う。
目の前にいる4人は、自分の名を呼んでくれる。
手を差し伸べてくれる。
失われた時間の向こうで、自分を待ち続けてくれた。
ルナフィエラは、目を伏せたまま、そっと言葉を探した。
「……まだ、ちゃんとはわからない。けど……」
顔を上げ、ゆっくりと皆を見渡す。
「私、自分のことをちゃんと知りたい。
ヴァンパイアとしての力のことも……これからどうやって、生きていけるのかも。
だから……教えてほしいの。少しずつでいいから」
その言葉に、ユリウスが小さく頷いた。
「魔力の扱いについては、僕が補助できる。君の力は強い分、繊細だ。焦らず感覚を身につけていこう」
「散歩ついでに一緒に練習しようよ!」
フィンが笑う。「外の空気も吸わなきゃね!」
シグは、静かに立ち上がって一言だけ。
「やりたいなら、手伝う。それだけだ」
ヴィクトルは何も言わず、ルナフィエラのカップにもう一度だけ紅茶を注ぎ足した。
その所作だけで、ルナフィエラは胸がいっぱいになる。
(……ああ、私……)
ようやく、少しだけ――“生きてみたい”って、思ってるのかもしれない。
春の光が差し込むそのサロンで、
彼女の小さな決意が、静かに芽を出した。
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