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第五章:みんなと歩く日常
第66話・甘い衝動
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夜も更け、ルナの寝室の扉がノックされた。
「ルナ、入っていい?」
聞き慣れた明るい声に、ルナは微笑んで返事をした。
「うん、どうぞ」
そっと開いた扉の向こうから、フィンが顔を覗かせる。
「やっと僕の番だよ~。今日一日ずっと楽しみにしてたんだから」
「そんなに……?」
「うん!ちゃんと寝る前に、血、あげたいって思ってたし。ずっと順番待ってたんだよ?」
嬉しそうにベッドの縁に腰を下ろし、ルナフィエラの前に座ったフィンは、袖をまくって手首を差し出す。
ルナフィエラの胸が少しだけ苦しくなる。
(フィンは人間。私の衝動が、もし抑えきれなかったら――)
甘く香る血の匂いがすぐ近くにある。
吸いたい。けれど、それは危うい誘惑でもあって。
この衝動に身を任せたら、きっと――止まれない。
それでも、彼の優しさに応えるように、ルナはそっと唇を重ねた。
牙はまだ使えない。
唇で、軽く傷口に触れて、にじんだ血を啜るように口に含む。
数口だけ。自分で制限をかけて、ルナは口を離した。
けれど、フィンは首を傾げたまま、ぽつりと呟く。
「……あれ? もう終わり?」
ルナが視線を伏せたのを見て、フィンはちょっとだけ心細そうな声になる。
「もしかして……僕の血、美味しくなかった?」
ルナは慌てて首を横に振る。
「そんなことない。とても……美味しかった。けど、フィンは人間だから。私、ちょっと怖くて……これ以上吸ったら、止まれないかもって」
フィンは少し目を丸くしたあと、ふっと息を吐いて微笑む。
「……そっか、そっかぁ」
そう言って、フィンはそっとルナの肩に手をまわし、優しく抱きしめた。
温もりとともに伝わる彼の気持ちは、ただ一言「ありがとう」では言い尽くせないような、大きなものだった。
「ねえルナ。そんなふうに僕のこと、ちゃんと考えてくれてたんだね」
ぽつりと、心から嬉しそうな声。
「……うん」
「ほんと、ルナは優しいなぁ。……好きな子にそんなふうに大事にされるの、めちゃくちゃ尊いんだけど」
抱きしめたまま、照れくさそうに笑うフィン。
でも、その言葉に込められた想いは真剣そのものだった。
少しだけ抱擁の力を緩めると、フィンはそっとルナの前に手首を差し出した。
まだ傷の塞がっていない、温かな肌。
「もうちょっとだけ、吸っていいよ。僕、ちゃんとわかってるから。ルナが我慢したんだってことも、ちゃんと」
ルナの胸の奥が、ぎゅっとなる。
「……フィン」
「ね?」
フィンの笑顔は、まるで夜の静けさに灯る、やわらかな光のようで。
ルナはほんの少しだけ耐えようとしたけれど――
結局、再びその手首に唇を寄せるのだった。
今度はほんの少しだけ長く。けれど、慎重に。
自分を律しながら、それでも血の温もりを感じていた。
吸い終えたあと、ルナがそっと顔を上げると、フィンはにこっと笑った。
「やっぱり、嬉しいな。こうして役に立てるの」
「フィン……ありがとう。本当に」
「うん」
ふたりはそのまま、並んでベッドに入った。
特別な言葉はもういらなかった。
しばらくたわいもない話を交わし、笑い合って――
やがてフィンの寝息が静かに響き始めた頃、ルナも安心したように目を閉じる。
彼の優しさが、深い眠りへと誘ってくれるようだった――
翌朝。
太陽の光が、淡くカーテンの隙間から差し込んでいた。
フィンは目を覚ましたまま、しばらく天井をぼんやりと見つめていた。
その腕の中には、ルナフィエラの小さな体。
昨夜よりもさらに安らいだ顔で、彼の胸に寄り添うように眠っている。
「……まだ寝てるんだね」
小さく呟きながら、フィンはそっとルナの髪を撫でた。
さらさらと指の間をすべり落ちる銀の髪。触れるたびに、愛しさが胸を締めつける。
昨夜、ルナフィエラは自分の血を吸ってくれた。
最初は遠慮がちだった彼女が、最後にはもう一度と、自分に縋るように吸ってくれた。
それだけで、フィンの心は満たされていた。
(……ほんとに、夢みたいだ)
けれど、ふいに胸の奥に、小さな痛みが芽生える。
僕は、いわゆる人族、人間だ。
そして、あの夜――紅き月の儀式で、ルナを守るために自らの寿命を削って魔法を使った。
その代償がどれほどのものか、今の僕にはわからない。
けれど、きっと――長くは生きられないだろうということだけは、感覚で理解していた。
一方で、ルナフィエラは純血のヴァンパイア。
その命の長さは、彼の何十倍、何百倍にもなる。
僕がこの世から消えたあとも、きっとずっと生きていく。
(僕なんて、ルナの人生の中じゃ……ほんの一瞬でしかないのに)
それなのに、ルナは――昨夜、あんなにも自分を大切に扱ってくれた。
衝動をこらえて、気遣って、怖がってくれて。
それはもう、自分がただの“仲間”ではなく、ちゃんと「特別な誰か」になれている気がした。
(……嬉しいな)
目の前の少女は、無防備な寝顔のまま、フィンの腕の中で深く眠っている。
その存在が、たまらなくいとおしくて――
フィンはそっと彼女の額に、唇を触れさせた。
「――まだ、寝てていいよ」
誰にも届かない、小さな呟き。
そしてもう一度、ルナの髪に指を絡めながら、フィンは穏やかなまなざしで彼女を見守り続けた。
「ルナ、入っていい?」
聞き慣れた明るい声に、ルナは微笑んで返事をした。
「うん、どうぞ」
そっと開いた扉の向こうから、フィンが顔を覗かせる。
「やっと僕の番だよ~。今日一日ずっと楽しみにしてたんだから」
「そんなに……?」
「うん!ちゃんと寝る前に、血、あげたいって思ってたし。ずっと順番待ってたんだよ?」
嬉しそうにベッドの縁に腰を下ろし、ルナフィエラの前に座ったフィンは、袖をまくって手首を差し出す。
ルナフィエラの胸が少しだけ苦しくなる。
(フィンは人間。私の衝動が、もし抑えきれなかったら――)
甘く香る血の匂いがすぐ近くにある。
吸いたい。けれど、それは危うい誘惑でもあって。
この衝動に身を任せたら、きっと――止まれない。
それでも、彼の優しさに応えるように、ルナはそっと唇を重ねた。
牙はまだ使えない。
唇で、軽く傷口に触れて、にじんだ血を啜るように口に含む。
数口だけ。自分で制限をかけて、ルナは口を離した。
けれど、フィンは首を傾げたまま、ぽつりと呟く。
「……あれ? もう終わり?」
ルナが視線を伏せたのを見て、フィンはちょっとだけ心細そうな声になる。
「もしかして……僕の血、美味しくなかった?」
ルナは慌てて首を横に振る。
「そんなことない。とても……美味しかった。けど、フィンは人間だから。私、ちょっと怖くて……これ以上吸ったら、止まれないかもって」
フィンは少し目を丸くしたあと、ふっと息を吐いて微笑む。
「……そっか、そっかぁ」
そう言って、フィンはそっとルナの肩に手をまわし、優しく抱きしめた。
温もりとともに伝わる彼の気持ちは、ただ一言「ありがとう」では言い尽くせないような、大きなものだった。
「ねえルナ。そんなふうに僕のこと、ちゃんと考えてくれてたんだね」
ぽつりと、心から嬉しそうな声。
「……うん」
「ほんと、ルナは優しいなぁ。……好きな子にそんなふうに大事にされるの、めちゃくちゃ尊いんだけど」
抱きしめたまま、照れくさそうに笑うフィン。
でも、その言葉に込められた想いは真剣そのものだった。
少しだけ抱擁の力を緩めると、フィンはそっとルナの前に手首を差し出した。
まだ傷の塞がっていない、温かな肌。
「もうちょっとだけ、吸っていいよ。僕、ちゃんとわかってるから。ルナが我慢したんだってことも、ちゃんと」
ルナの胸の奥が、ぎゅっとなる。
「……フィン」
「ね?」
フィンの笑顔は、まるで夜の静けさに灯る、やわらかな光のようで。
ルナはほんの少しだけ耐えようとしたけれど――
結局、再びその手首に唇を寄せるのだった。
今度はほんの少しだけ長く。けれど、慎重に。
自分を律しながら、それでも血の温もりを感じていた。
吸い終えたあと、ルナがそっと顔を上げると、フィンはにこっと笑った。
「やっぱり、嬉しいな。こうして役に立てるの」
「フィン……ありがとう。本当に」
「うん」
ふたりはそのまま、並んでベッドに入った。
特別な言葉はもういらなかった。
しばらくたわいもない話を交わし、笑い合って――
やがてフィンの寝息が静かに響き始めた頃、ルナも安心したように目を閉じる。
彼の優しさが、深い眠りへと誘ってくれるようだった――
翌朝。
太陽の光が、淡くカーテンの隙間から差し込んでいた。
フィンは目を覚ましたまま、しばらく天井をぼんやりと見つめていた。
その腕の中には、ルナフィエラの小さな体。
昨夜よりもさらに安らいだ顔で、彼の胸に寄り添うように眠っている。
「……まだ寝てるんだね」
小さく呟きながら、フィンはそっとルナの髪を撫でた。
さらさらと指の間をすべり落ちる銀の髪。触れるたびに、愛しさが胸を締めつける。
昨夜、ルナフィエラは自分の血を吸ってくれた。
最初は遠慮がちだった彼女が、最後にはもう一度と、自分に縋るように吸ってくれた。
それだけで、フィンの心は満たされていた。
(……ほんとに、夢みたいだ)
けれど、ふいに胸の奥に、小さな痛みが芽生える。
僕は、いわゆる人族、人間だ。
そして、あの夜――紅き月の儀式で、ルナを守るために自らの寿命を削って魔法を使った。
その代償がどれほどのものか、今の僕にはわからない。
けれど、きっと――長くは生きられないだろうということだけは、感覚で理解していた。
一方で、ルナフィエラは純血のヴァンパイア。
その命の長さは、彼の何十倍、何百倍にもなる。
僕がこの世から消えたあとも、きっとずっと生きていく。
(僕なんて、ルナの人生の中じゃ……ほんの一瞬でしかないのに)
それなのに、ルナは――昨夜、あんなにも自分を大切に扱ってくれた。
衝動をこらえて、気遣って、怖がってくれて。
それはもう、自分がただの“仲間”ではなく、ちゃんと「特別な誰か」になれている気がした。
(……嬉しいな)
目の前の少女は、無防備な寝顔のまま、フィンの腕の中で深く眠っている。
その存在が、たまらなくいとおしくて――
フィンはそっと彼女の額に、唇を触れさせた。
「――まだ、寝てていいよ」
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