純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第五章:みんなと歩く日常

第67話・一歩、外の世界へ

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ある日の昼下がり。
ルナフィエラは中庭の一角で、淡い紅色の結界を展開させながら、そっと息を吐いた。

「……ルナ様、よくできています。
7枚、安定して展開できるようになりましたね」

そばで見守っていたヴィクトルが、静かに声を落とす。
その声はどこまでも落ち着いていて、けれどどこか誇らしげだった。

「すごいよ、ルナ!ちょっと前まで3枚でもぐらぐらしてたのに」

声をかけてきたのはフィン。
彼は木陰で大きく伸びをしながら、こちらへ駆け寄ってきた。

「……うん。みんなのおかげ」

「これなら、ひとまずの護りとしては十分でしょう」

「……ほんとに?」

「はい。お一人で最低限の防御が可能な域に達しました。お見事です」

ルナフィエラはそっと目を伏せた。
自信というより、まだ信じきれない気持ちの方が強い。
それでも、ヴィクトルが認めてくれたことは嬉しかった。

「じゃあさ、そろそろ――気分転換とかどう?」

「……え?」

「ずっと訓練ばっかりだと、疲れちゃうでしょ。たまには街に出てみようよ。人間の街。おいしいものもあるし、可愛い服だって売ってるよ?」

ルナフィエラは、ふと顔を伏せた。

「……でも、私は………怖いの。過去に一度だけ、村に入ったとき……酷い目に遭ったから」

静かにそう告げたルナフィエラに、フィンは少しだけ真面目な顔をしたあと、ふわりと笑って言った。

「でも、今は僕たちが一緒でしょ?心配しなくていいよ。ルナが嫌なら無理にとは言わないけど…」

その声に重なるように、涼やかな声が後方から響く。

「変装魔法をかければ、誰にも気づかれない。もちろん僕が施すよ」

そう言って一歩前に出てきたのはユリウスだった。
その声音はいつものように穏やかで、それでいて少しだけ距離を詰めるような柔らかさがあった。

「街に入るなら、ヴィクトルとシグも変装必須だしね。ルナにも魔法をかける。見た目も匂いも、普通の人間と変わらないように」

「……ヴァンパイアの私でも大丈夫かな?」

「大丈夫だよ!任せて、ルナ。僕が変身後の姿もちゃんと似合うようにしてみせるから!」

フィンが満面の笑みでルナを覗き込む。

「……じゃあ、行ってみようかな。みんなと一緒なら」

ルナフィエラの控えめな声が続いた。
シグが、空を見ながら、小さく頷く。

「明日の午前なら、天候も安定してそうだ。行くなら、その時間帯がいいだろう」

ルナフィエラが小さく頷くと、すぐさまフィンが声を上げた。

「やった!じゃあ明日、決まりだね!」

「必要なものはこちらで用意しておきます、ルナ様。明日は朝から出られるよう、お休みは早めに」

ヴィクトルが控えめにそう進言し、ルナフィエラもこくんと頷いた。

「……うん、みんなありがとう。ちょっと、楽しみかも」

そんなルナの声に、残る4人もそれぞれ静かに目を細めた。
――明日、人間の街へ。
ルナフィエラにとって、それは大きな一歩となる。


——————

翌朝ー。
朝の光がやわらかく室内に差し込み、薄いカーテン越しに空が白んでいく。

ルナフィエラがゆっくりと目を開けると、隣のソファで背を向けて座っていたシグが、振り返る気配もなく言った。

「……目が覚めたか」

低く、けれどやさしい声。
ルナフィエラは静かに頷き、少しだけ伸びをした。

昨夜、特に言葉を交わすことなく、自然とシグがそばにいて。
いつものように肩を預けて眠りに落ちていた。
こうして誰かと眠ることが、もう当たり前になっていたのに、不思議と心地よさは増していく。

「……少し、緊張してるかも」

ぽつりと呟いたルナフィエラに、シグは初めて振り返り、真っすぐな瞳を向ける。

「俺がついてる。何かあれば、俺が守る」

短く、ぶっきらぼう。
でも、それだけで十分だった。

「うん。ありがとう……シグ」

ルナフィエラは、少し笑った。
その直後――

「ルナー! おっはようー!」

勢いよく扉が開き、フィンが両手に服の束を抱えて駆け込んできた。

「今日のお洋服、僕が選んでいいよね?ふわっとしたのとか、似合うと思って!」

そのすぐあとを、いつも通りの落ち着いた足取りでヴィクトルが現れる。

「ルナ様、おはようございます。服はこちらを。露出を抑え、素材も厚手。街では目立ちにくく、防御にも向いています」

「それじゃ可愛くないよ!今日のお出かけ、楽しい気持ちになれる格好のほうがいいよ!」

「“楽しい”より“安全”を優先すべきです。フィン、場をわきまえろ」

「僕はちゃんと考えてるよー!」

そんなやりとりを横目に、ユリウスがひとつため息をついた。

「……その前に、変装魔法を先にかけるべきじゃない?」

彼はルナフィエラの前に膝をつき、小さく微笑む。

「立って。すぐ終わるから」

ルナフィエラは少し戸惑いながらも、ユリウスに言われるまま立ち上がる。

ユリウスが短く呪文を唱えると、やわらかな光がルナフィエラの身体を包んだ。
その姿はわずかに変化し、血の色を思わせる瞳は、今は柔らかなアメジスト色に、透き通るような白い肌は、少し赤みのある血色の良い肌に。

「これで、街の誰にもヴァンパイアとは気づかれない」

「……ありがとう、ユリウス」

「ああ。……髪、梳かすよ。ちょっと落ち着いて」

そう言って彼は櫛を取り、ルナフィエラの銀の髪にそっと通しはじめた。
光が当たるたび、まるで月の織物のようにきらめくその髪を、彼は丁寧に整えていく。

「うまく言えないが……今日の君は、ちょっとだけ、浮き足立ってる気がする」

「……そうかも」

「でも大丈夫。僕たちが一緒だから」

その間も、ヴィクトルとフィンの言い合いは続いていたが――
最終的に、ユリウスが間に入り、両者の案を組み合わせた服に落ち着いた。

生成りのワンピースに、可憐さを残しながらも実用性のある丈。
薄手の外套も羽織り、軽やかに歩ける仕上がりだ。

その少し離れた場所で、シグは黙々と持ち物の最終確認をしている。
懐に収めた小型の護身具、簡易の回復道具。
万が一に備える準備は、彼にとって当然のことだった。

「じゃあ、準備ができたら、出発だねっ!」

そう叫ぶフィンに、ルナフィエラは思わず笑ってしまった。

怖くないわけじゃない。
けれど、今は――少しだけ、勇気が湧いてきた気がした。
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