純血の姫と誓約の騎士たち〜紅き契約と滅びの呪い〜

来栖れいな

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第五章:みんなと歩く日常

第69話・あたたかさに触れて

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街の門が見えてくると、道沿いに並ぶ建物や賑やかな声が次第に増していった。

「ルナ!街の門が見えてきたよ~」

少し先を歩いていたフィンが嬉しそうに声を上げる。
ルナフィエラも視線を上げ、その先に広がる街並みを見つめた。

高くそびえる石造りの門、その先には、活気あふれる通りと色とりどりの屋台。
耳の先が尖ったエルフ、猫のような尾を揺らす獣人、そして人間たちが行き交い、思い思いの言葉で会話を交わしている。

「……すごい。こんなに、いろんな人が……」

思わず小さく呟いたルナフィエラの肩に、ふっと緊張が宿ったのを、隣を歩くヴィクトルがすぐに察した。

「ルナ様、ご無理なさらず。ご希望であれば、引き返すことも――」

「……大丈夫。ここまで来たんだから……ちゃんと、見てみたい」

その答えにヴィクトルは目を細め、静かに頭を下げた。

けれど、門の前に立った瞬間――

一気に押し寄せる人波と、交差する視線の気配に、ルナフィエラの足がふと止まった。

(……やっぱり、こわい)

記憶の奥にある“かつての村”が一瞬、脳裏をよぎる。
忌み嫌われた紅い瞳。逃げ惑う人々。浴びせられた罵声――。

「……!」

ぎゅ、と誰かの手が自分の手を握った。
フィンだった。

「ルナ、大丈夫。僕がいるよ。……ね?」

優しく、けれどしっかりと指を絡めてくるフィンの瞳は、少しも揺れていなかった。

続けて、後ろにいたユリウスがそっと近づき、ルナフィエラの頭に手を置く。

「平気だよ。君は、もうひとりじゃない」

ぽん、ぽんと、優しく髪を撫でるその感触に、ルナフィエラは瞳を瞬かせ、小さく息を吸い込んだ。

(……そうだ。今は……)

「うん……行こう」

静かに頷くと、握ったままのフィンの手をきゅっと握り返した。

そうして、五人は揃って――
門をくぐり、ルナフィエラにとって初めての街へと足を踏み入れた。



街へと足を踏み入れた瞬間、ルナフィエラの目に飛び込んできたのは、眩しいほどの色彩だった。

通りに並ぶ屋台の布地は赤や青、金や緑と鮮やかで、
香ばしい焼き菓子の匂いや果実の甘い香りが、風に乗ってふわりと鼻先をくすぐる。
路地裏からは軽快な音楽が流れ、子供たちの笑い声が響く。

「わぁ……」

ルナフィエラの目が、まんまるになる。

「すごいね、ルナ!あっち、飴細工みたいなの売ってる! 行ってみようよ!」

フィンが無邪気な笑顔でルナフィエラの手を引こうとしたその瞬間――

すっと、ルナフィエラの隣に立つヴィクトルが、何も言わずに彼女の肩にそっと手を添える。
その視線はまっすぐ、通りを行き交う人々の中に潜むかもしれない異変を探っていた。

ルナフィエラがふと振り返れば、少し離れた位置にいるシグもまた、無言で歩行者の流れや死角に目を光らせている。

(……ちゃんと見てくれてる)

そう思った瞬間、ふと心があたたかくなった。

「ほら、ルナ。怖がらなくて大丈夫。僕がちゃんとそばにいるよ」

フィンが笑って、ルナフィエラの顔を覗き込む。

「……ありがとう、フィン」

「表情、少し柔らかくなったね。いい兆候だ」

ユリウスの言葉にルナフィエラは頷く。

(……こわい、よりも……たのしい)

そうして歩き出すと、ルナフィエラの足取りは少しずつ軽くなっていく。
飴細工の綺麗なお菓子、見たことのない果実、民族楽器の即興演奏。
目に映るものすべてが新鮮で、瞳がきらきらと輝いていった。

時折、ルナフィエラが立ち止まっては振り返る。

そのたびにヴィクトルは一歩下がって彼女の動きに合わせ、必要ならすぐ支えられる距離を保っていた。

シグは無言のまま視線を走らせ、すれ違う誰かが長くルナフィエラを見れば、その前をさりげなく遮るように動いた。

どちらも、言葉より行動でルナフィエラを守る。


「これ……ちょっと気になる」

ルナフィエラが小さな屋台に目を留めると、すぐさまフィンが前に出る。

「僕、買ってくる!ルナはそこで待っててね!」

と、元気よく駆け出していくフィンの後ろ姿を、ルナフィエラは微笑みながら見送った。

「……フィンって、まっすぐだよね」

「そうだな、あいつは変な駆け引きしないから」

ユリウスが隣で小さく頷いた。
ほどなくして戻ってきたフィンが、香ばしい匂いのする包みをルナフィエラに差し出す。

「蜂蜜パイ! 焼きたてだって!」

「……ありがとう、フィン」

「えへへ、ルナが喜んでくれるなら、僕は何でも嬉しいよ!」

ルナフィエラが照れくさそうに笑う。

その様子を静かに見ていたヴィクトルは、ルナフィエラの視線が逸れた瞬間に、ほんの僅かに目を細めた。
そして言葉ではなく、無言のまま、彼女の背中にそっと手を添える。

「……」

その仕草はとても自然で、けれど確かに「大丈夫です」という彼なりの言葉だった。

反対側では、シグがまた別の通行人の視線を遮るように歩みをずらしていた。

「……みんな、やさしいね」

ぽつりと呟いたルナフィエラの声は、屋台の喧騒に溶けたけれど――
4人には、しっかりと届いていた。

そして、ルナフィエラはもう一歩、街の奥へと踏み出していく。
その足取りは、もう不安ではなく、期待と、確かな「温かさ」に満ちていた。
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