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第五章:みんなと歩く日常
第83話・微熱の夜、寄り添う心
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夜は深まり、古城の窓からは月の光が静かに差し込んでいた。
ヴィクトルはルナフィエラの寝室の扉を控えめにノックし、返事を待たずに静かに中へ入る。
寝台の脇に置かれた蝋燭の火が、揺れるように彼の影を引いた。
「……ルナ様」
そう声をかけながら、ベッドへ歩み寄ると、
ルナフィエラは目を閉じたまま、布団に身を横たえていた。
けれど気配を察したのか、まぶたがふるりと揺れる。
「……ヴィクトル……?」
「はい。様子を見に参りました。……お加減は、いかがでしょうか」
「ん……まだ、ちょっと、だるい……」
掠れた声でそう返すと、ルナフィエラは布団を握りしめたまま、ゆっくりと目を開けた。
頬は微かに赤く、瞳の奥にはどこか不安げな光が揺れている。
「夕食には……顔を出されなかったので」
「……ごめんね。……なんだか、食欲がなくて」
「いえ。吸血ができれば、身体に支障はありません。……ご無理はなさらずに」
静かに告げながら、ヴィクトルはベッドの脇に膝をつき、
ルナフィエラの様子を間近で見つめた。
すると――
「……ねぇ、ヴィクトル……」
その声は、とても小さくて、弱々しい。
「……もうちょっと、近くにいて……?」
不意に伸ばされた手が、彼の袖を掴む。
ヴィクトルは目を見開いた。
ルナフィエラが、自ら甘えてくるなど、これまで一度もなかった。
それは彼にとって、あまりにも特別で、思わず胸が震えるほどの変化だった。
けれど、それを表には出さず、
彼はただ静かに微笑んで、彼女の手を包む。
「……もちろんです。いくらでも、傍に」
そう言って、ベッドの縁に腰を下ろしルナフィエラの隣へ横たわる。
ルナフィエラはすぐにヴィクトルへ身を寄せた。
まるで子どものように、彼の胸元へ顔を埋める。
ヴィクトルは驚きながらも、その肩にそっと手を添え、静かに受け入れた。
ルナフィエラの体温は、微熱のせいで少し高い。
けれど、その熱が苦しさではなく、どこか人らしい“あたたかさ”のように思えて、
彼は胸の奥で小さく息を飲んだ。
(……こんなにも、頼っていただける日が来るとは)
静かに、その髪に指を通す。
白銀の束がさらさらと流れ、微かにルナフィエラが息を吐く。
「……ルナ様。夕食を取られていないとあれば……そろそろ、渇きが来ているのでは?」
「……ん、ちょっと……だけど、我慢できるよ…?…」
「我慢する必要はありません」
そう言って、ヴィクトルはルナの肩をそっと離し、自らの手袋を外した。
そのまま右手をそっと持ち上げ、ルナフィエラの視線の前に差し出した。
「手首からで構いません。……いつものように」
その言葉に、ルナフィエラは少しだけ眉を寄せた。
でも、それは渇きや不快のせいではなく――たぶん、ほんの少しだけ、罪悪感にも似た感情だった。
「……ごめんね。牙、まだ使えなくて……」
彼女の呟きに、ヴィクトルは小さく首を振る。
「謝る必要などありません。……牙を使うのは、慣れと覚悟が要ります。特にルナ様のような方には」
「……覚悟……?」
「ええ。牙を立てることは、自ら相手を傷つける行為でもありますから。……迷いがあれば、躊躇って当然です」
ルナフィエラは、胸元で握った布団を指先できゅっと掴んだ。
ほんの少しだけ、彼の言葉に救われたように見えた。
「……あのときも……刺さらなかったの。ヴィクトルの首、傷つけたくないって思ったら……怖くなって」
「……覚えています。ですが、私は、あの一度の失敗すらも、嬉しかった」
「……え?」
「ルナ様が“私の血を求めようとしてくれた”。それだけで、私には十分すぎるほどの喜びです」
その声は、驚くほど優しく、穏やかだった。
「いつか、牙で吸う日が来たときも……私は同じように、喜びます。ですがそれは、ルナ様の心が整ったときで構いません」
ヴィクトルはそう言って、差し出した手首をほんの少し傾けた。
「……さあ、どうぞ」
ルナフィエラは、そっと身を起こし、彼の手首を両手で包むように持った。
そして迷いながらも、静かに顔を寄せる。
「……ありがと、ヴィクトル」
その囁きとともに、ルナフィエラは彼の手首に唇を寄せ、軽く肌に触れるようにして――
――そっと、牙を使わずに、小さく傷を開けて、血を吸い始めた。
最初の一滴が舌先に触れたとき、体の奥に温かさが染み込んでいくような感覚が広がった。
微熱でぼんやりしていた頭も、少しずつ澄んでいくような気がする。
ヴィクトルはその様子を静かに見つめながら、片手でそっと彼女の髪を撫でた。
(……やはり、特別な方だ)
その吸血に、迷いはあれど、邪気はなかった。
彼を傷つけたくないと願う、その優しさすらも、彼にとってはかけがえのない宝だった。
しばらくして、ルナフィエラはそっと唇を離し、小さく息を吐いた。
「……ごちそうさま、でした」
「はい。……よくできました」
「……うん。次は……もう少し、勇気出せるといいな」
その言葉に、ヴィクトルは少しだけ目を細め、ゆるく頷いた。
「その日が来るまで、私は何度でもこうして血を差し出します。……ルナ様が“自分の意思で”一歩を踏み出せるようになるまで、何度でも」
彼の言葉に、ルナフィエラはゆっくりと微笑んだ。
微熱で火照った頬が、月の光に照らされて、ほのかに赤く染まっていた。
そして再び、そっとヴィクトルの胸元に顔を埋めた。
「……おやすみ、ヴィクトル」
「ええ。……おやすみなさいませ、ルナ様」
こうして夜は更けていく。
小さな一歩を重ねながら、ルナフィエラの成長は静かに、けれど確実に進み始めていた。
ヴィクトルはルナフィエラの寝室の扉を控えめにノックし、返事を待たずに静かに中へ入る。
寝台の脇に置かれた蝋燭の火が、揺れるように彼の影を引いた。
「……ルナ様」
そう声をかけながら、ベッドへ歩み寄ると、
ルナフィエラは目を閉じたまま、布団に身を横たえていた。
けれど気配を察したのか、まぶたがふるりと揺れる。
「……ヴィクトル……?」
「はい。様子を見に参りました。……お加減は、いかがでしょうか」
「ん……まだ、ちょっと、だるい……」
掠れた声でそう返すと、ルナフィエラは布団を握りしめたまま、ゆっくりと目を開けた。
頬は微かに赤く、瞳の奥にはどこか不安げな光が揺れている。
「夕食には……顔を出されなかったので」
「……ごめんね。……なんだか、食欲がなくて」
「いえ。吸血ができれば、身体に支障はありません。……ご無理はなさらずに」
静かに告げながら、ヴィクトルはベッドの脇に膝をつき、
ルナフィエラの様子を間近で見つめた。
すると――
「……ねぇ、ヴィクトル……」
その声は、とても小さくて、弱々しい。
「……もうちょっと、近くにいて……?」
不意に伸ばされた手が、彼の袖を掴む。
ヴィクトルは目を見開いた。
ルナフィエラが、自ら甘えてくるなど、これまで一度もなかった。
それは彼にとって、あまりにも特別で、思わず胸が震えるほどの変化だった。
けれど、それを表には出さず、
彼はただ静かに微笑んで、彼女の手を包む。
「……もちろんです。いくらでも、傍に」
そう言って、ベッドの縁に腰を下ろしルナフィエラの隣へ横たわる。
ルナフィエラはすぐにヴィクトルへ身を寄せた。
まるで子どものように、彼の胸元へ顔を埋める。
ヴィクトルは驚きながらも、その肩にそっと手を添え、静かに受け入れた。
ルナフィエラの体温は、微熱のせいで少し高い。
けれど、その熱が苦しさではなく、どこか人らしい“あたたかさ”のように思えて、
彼は胸の奥で小さく息を飲んだ。
(……こんなにも、頼っていただける日が来るとは)
静かに、その髪に指を通す。
白銀の束がさらさらと流れ、微かにルナフィエラが息を吐く。
「……ルナ様。夕食を取られていないとあれば……そろそろ、渇きが来ているのでは?」
「……ん、ちょっと……だけど、我慢できるよ…?…」
「我慢する必要はありません」
そう言って、ヴィクトルはルナの肩をそっと離し、自らの手袋を外した。
そのまま右手をそっと持ち上げ、ルナフィエラの視線の前に差し出した。
「手首からで構いません。……いつものように」
その言葉に、ルナフィエラは少しだけ眉を寄せた。
でも、それは渇きや不快のせいではなく――たぶん、ほんの少しだけ、罪悪感にも似た感情だった。
「……ごめんね。牙、まだ使えなくて……」
彼女の呟きに、ヴィクトルは小さく首を振る。
「謝る必要などありません。……牙を使うのは、慣れと覚悟が要ります。特にルナ様のような方には」
「……覚悟……?」
「ええ。牙を立てることは、自ら相手を傷つける行為でもありますから。……迷いがあれば、躊躇って当然です」
ルナフィエラは、胸元で握った布団を指先できゅっと掴んだ。
ほんの少しだけ、彼の言葉に救われたように見えた。
「……あのときも……刺さらなかったの。ヴィクトルの首、傷つけたくないって思ったら……怖くなって」
「……覚えています。ですが、私は、あの一度の失敗すらも、嬉しかった」
「……え?」
「ルナ様が“私の血を求めようとしてくれた”。それだけで、私には十分すぎるほどの喜びです」
その声は、驚くほど優しく、穏やかだった。
「いつか、牙で吸う日が来たときも……私は同じように、喜びます。ですがそれは、ルナ様の心が整ったときで構いません」
ヴィクトルはそう言って、差し出した手首をほんの少し傾けた。
「……さあ、どうぞ」
ルナフィエラは、そっと身を起こし、彼の手首を両手で包むように持った。
そして迷いながらも、静かに顔を寄せる。
「……ありがと、ヴィクトル」
その囁きとともに、ルナフィエラは彼の手首に唇を寄せ、軽く肌に触れるようにして――
――そっと、牙を使わずに、小さく傷を開けて、血を吸い始めた。
最初の一滴が舌先に触れたとき、体の奥に温かさが染み込んでいくような感覚が広がった。
微熱でぼんやりしていた頭も、少しずつ澄んでいくような気がする。
ヴィクトルはその様子を静かに見つめながら、片手でそっと彼女の髪を撫でた。
(……やはり、特別な方だ)
その吸血に、迷いはあれど、邪気はなかった。
彼を傷つけたくないと願う、その優しさすらも、彼にとってはかけがえのない宝だった。
しばらくして、ルナフィエラはそっと唇を離し、小さく息を吐いた。
「……ごちそうさま、でした」
「はい。……よくできました」
「……うん。次は……もう少し、勇気出せるといいな」
その言葉に、ヴィクトルは少しだけ目を細め、ゆるく頷いた。
「その日が来るまで、私は何度でもこうして血を差し出します。……ルナ様が“自分の意思で”一歩を踏み出せるようになるまで、何度でも」
彼の言葉に、ルナフィエラはゆっくりと微笑んだ。
微熱で火照った頬が、月の光に照らされて、ほのかに赤く染まっていた。
そして再び、そっとヴィクトルの胸元に顔を埋めた。
「……おやすみ、ヴィクトル」
「ええ。……おやすみなさいませ、ルナ様」
こうして夜は更けていく。
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