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第六章:流れる鼓動、重なる願い
第87話・僕の血は、君のために
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朝の光に包まれた庭を歩くルナフィエラの姿は、昨日までとはまるで別人のようだった。
肌の血色はやわらかに戻り、瞳には確かな光が宿っている。
微風に揺れる髪を耳にかけながら、ルナフィエラがふと振り返ると、背後には、いつの間にかシグの姿があった。
「……見てたの?」
「見てたっつうか、気になってただけだ」
ぶっきらぼうな口調で答えるシグは、照れ隠しのように少しだけ視線を逸らす。
「昨日より、顔色もいいな」
「うん。ちゃんと吸えたから……身体も軽いの。ありがとう、シグ」
言葉と一緒に浮かんだ笑みは、柔らかくて自然なものだった。
それを見て、シグは少しだけ目を細める。
「……調子が戻ったなら、よかった」
それきり何も言わず、短い沈黙が落ちる。
ルナフィエラもまた、何かを噛みしめるように静かに立ち尽くしていた。
やがて、その沈黙を破るように、シグがぽつりと口を開いた。
「また、いつでも頼れ。俺は……お前を守るためにここにいるんだから」
その言葉には、いつもの力強さだけでなく、どこか優しさと照れくささが滲んでいた。
ルナフィエラは少しだけ目を見開いたあと、静かに微笑む。
胸の奥がふっと温かくなる。
「うん。……ありがとう」
言葉はそれだけ。
けれどそれだけで、ふたりの間に流れる空気は、昨日までとは少し違っていた。
——数日後。
中庭に面した回廊を、ルナフィエラは一人で歩いていた。
陽射しはやわらかく、鳥たちのさえずりが時折響く。古城の朝は、今日も穏やかだった。
“初めての牙”から、身体は少しずつ、けれど確実に安定を取り戻しつつある。
(……大丈夫。少し前より元気…なはず)
そう思っていた――そのとき。
「……ルナ」
名を呼ばれた瞬間、ルナフィエラはぴたりと足を止めた。
振り向くと、そこにはユリウスの姿があった。
彼はまっすぐにこちらを見つめていた。
その瞳は柔らかくも、どこか鋭さを秘めている。
「……顔色が、あまり良くない」
「えっ……そんなに悪い?」
ルナフィエラが思わず頬に手を当てると、ユリウスはゆっくりと歩み寄ってきて、その手に自分の指先を重ねた。
「体調そのものは良くなっているし、魔力も安定してる。でも……君の今の体には、もっと血が必要だと思う」
「…………」
「わかっているだろう? 牙を使った吸血は、身体への回復力が高い。その分、前より少しずつ“間隔”が空いても耐えられるけど、今の君は──まだ成長途中だ」
(……そう、なのかも)
言われてみれば、ほんの少し頭が重く感じるような気もした。ふと足元が覚束なくなるような瞬間が、今日の朝から何度かあった。
「……じゃあ」
「うん、僕から。いいよね?」
彼は、何の迷いもない声でそう言った。
ルナフィエラは小さく目を見開いた後、すぐにふっと笑う。
「うん。……お願い、ユリウス」
信頼する相手から、優しく差し伸べられる申し出。
それを断る理由なんて、どこにもなかった。
日が傾き始めた頃。
ルナフィエラはユリウスとともに、古城の一室──落ち着いた雰囲気のサロンへと足を運んでいた。
重厚な調度に囲まれた空間には、すでにヴィクトルとシグがソファに腰を下ろし、フィンも椅子に座って二人の様子を見守っていた。
誰も言葉を発さない。
ただ静かに、ルナフィエラの「次の一歩」を見守っている。
ユリウスはルナフィエラに近づき、柔らかな手つきで彼女の髪を耳にかける。
「首のほうでいいよね? 前回うまくいったからね」
彼は、ルナフィエラが戸惑うより先に、その不安を包み込むように微笑む。
そして、自ら首元のシャツのボタンを外し、白い肌をあらわにした。
「どうぞ、ルナ。……僕の血は、君のためにあるんだから」
その言葉に、ルナフィエラは自然と目を伏せる。
前回の吸血で、確かに自分の身体は軽くなっていた。
でも、それでもまだ完全ではない。
──必要だ。
ユリウスが言ってくれた通り、いまの自分には、ちゃんと血が。
「……いくね」
小さな声でそう言うと、ルナフィエラはユリウスの前に立ち、そっと両手を彼の肩に添えた。
「大丈夫だよ」
「うん……」
軽く息を整え、ルナフィエラはそのまま彼の首元に顔を寄せる。
白い肌と、くっきりと浮かぶ脈の鼓動。
そして──牙を、そっと当てた。
(……ゆっくり、焦らず)
自分に言い聞かせるように、ルナフィエラは慎重に力を込める。
皮膚を貫く感触が、少しだけ心地よく感じられるほど自然だった。
滲んだ血が舌先に届き、魔力が静かに、でも確かに体内を巡っていく。
熱が指先まで満ちていくような感覚。
(……あたたかい)
夢中で吸い続けるルナフィエラの髪に、ユリウスの指がそっと触れた。
ゆっくりと撫でるその仕草は、どこまでも優しくて、どこか甘やかすようでもあった。
「……君に吸われるなら、本望だよ」
耳元で囁かれたその声に、ルナフィエラの心がかすかに揺れる。
まるで、吸われているのが嬉しいとでも言うような──そんな声だった。
肌の血色はやわらかに戻り、瞳には確かな光が宿っている。
微風に揺れる髪を耳にかけながら、ルナフィエラがふと振り返ると、背後には、いつの間にかシグの姿があった。
「……見てたの?」
「見てたっつうか、気になってただけだ」
ぶっきらぼうな口調で答えるシグは、照れ隠しのように少しだけ視線を逸らす。
「昨日より、顔色もいいな」
「うん。ちゃんと吸えたから……身体も軽いの。ありがとう、シグ」
言葉と一緒に浮かんだ笑みは、柔らかくて自然なものだった。
それを見て、シグは少しだけ目を細める。
「……調子が戻ったなら、よかった」
それきり何も言わず、短い沈黙が落ちる。
ルナフィエラもまた、何かを噛みしめるように静かに立ち尽くしていた。
やがて、その沈黙を破るように、シグがぽつりと口を開いた。
「また、いつでも頼れ。俺は……お前を守るためにここにいるんだから」
その言葉には、いつもの力強さだけでなく、どこか優しさと照れくささが滲んでいた。
ルナフィエラは少しだけ目を見開いたあと、静かに微笑む。
胸の奥がふっと温かくなる。
「うん。……ありがとう」
言葉はそれだけ。
けれどそれだけで、ふたりの間に流れる空気は、昨日までとは少し違っていた。
——数日後。
中庭に面した回廊を、ルナフィエラは一人で歩いていた。
陽射しはやわらかく、鳥たちのさえずりが時折響く。古城の朝は、今日も穏やかだった。
“初めての牙”から、身体は少しずつ、けれど確実に安定を取り戻しつつある。
(……大丈夫。少し前より元気…なはず)
そう思っていた――そのとき。
「……ルナ」
名を呼ばれた瞬間、ルナフィエラはぴたりと足を止めた。
振り向くと、そこにはユリウスの姿があった。
彼はまっすぐにこちらを見つめていた。
その瞳は柔らかくも、どこか鋭さを秘めている。
「……顔色が、あまり良くない」
「えっ……そんなに悪い?」
ルナフィエラが思わず頬に手を当てると、ユリウスはゆっくりと歩み寄ってきて、その手に自分の指先を重ねた。
「体調そのものは良くなっているし、魔力も安定してる。でも……君の今の体には、もっと血が必要だと思う」
「…………」
「わかっているだろう? 牙を使った吸血は、身体への回復力が高い。その分、前より少しずつ“間隔”が空いても耐えられるけど、今の君は──まだ成長途中だ」
(……そう、なのかも)
言われてみれば、ほんの少し頭が重く感じるような気もした。ふと足元が覚束なくなるような瞬間が、今日の朝から何度かあった。
「……じゃあ」
「うん、僕から。いいよね?」
彼は、何の迷いもない声でそう言った。
ルナフィエラは小さく目を見開いた後、すぐにふっと笑う。
「うん。……お願い、ユリウス」
信頼する相手から、優しく差し伸べられる申し出。
それを断る理由なんて、どこにもなかった。
日が傾き始めた頃。
ルナフィエラはユリウスとともに、古城の一室──落ち着いた雰囲気のサロンへと足を運んでいた。
重厚な調度に囲まれた空間には、すでにヴィクトルとシグがソファに腰を下ろし、フィンも椅子に座って二人の様子を見守っていた。
誰も言葉を発さない。
ただ静かに、ルナフィエラの「次の一歩」を見守っている。
ユリウスはルナフィエラに近づき、柔らかな手つきで彼女の髪を耳にかける。
「首のほうでいいよね? 前回うまくいったからね」
彼は、ルナフィエラが戸惑うより先に、その不安を包み込むように微笑む。
そして、自ら首元のシャツのボタンを外し、白い肌をあらわにした。
「どうぞ、ルナ。……僕の血は、君のためにあるんだから」
その言葉に、ルナフィエラは自然と目を伏せる。
前回の吸血で、確かに自分の身体は軽くなっていた。
でも、それでもまだ完全ではない。
──必要だ。
ユリウスが言ってくれた通り、いまの自分には、ちゃんと血が。
「……いくね」
小さな声でそう言うと、ルナフィエラはユリウスの前に立ち、そっと両手を彼の肩に添えた。
「大丈夫だよ」
「うん……」
軽く息を整え、ルナフィエラはそのまま彼の首元に顔を寄せる。
白い肌と、くっきりと浮かぶ脈の鼓動。
そして──牙を、そっと当てた。
(……ゆっくり、焦らず)
自分に言い聞かせるように、ルナフィエラは慎重に力を込める。
皮膚を貫く感触が、少しだけ心地よく感じられるほど自然だった。
滲んだ血が舌先に届き、魔力が静かに、でも確かに体内を巡っていく。
熱が指先まで満ちていくような感覚。
(……あたたかい)
夢中で吸い続けるルナフィエラの髪に、ユリウスの指がそっと触れた。
ゆっくりと撫でるその仕草は、どこまでも優しくて、どこか甘やかすようでもあった。
「……君に吸われるなら、本望だよ」
耳元で囁かれたその声に、ルナフィエラの心がかすかに揺れる。
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