病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第19話・熱に溶けた心が、あなたを呼んだ

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自動ドアをくぐると、冷房の涼しい空気が全身を包み込んだ。
火照っていた頬がすっと冷え、肺に入る空気まで軽く感じる。
涼しさにほっとしながら店内を見回すと、棚の一角に探していた道具が並んでいた。

(あった……)

手に取ると、想像より軽く、ひとつの袋に収まるほどのサイズ。
すぐに会計を済ませ、紙袋を受け取る。

このままバスに乗れば、今日は早く帰れる。
そう思いながら自動ドアを抜けた途端、もわっとした熱気がまとわりついた。

行きの徒歩10分だけで、すでにかなり体力が削られていたことに、このときの琴葉はまだ気づいていなかった。


日傘を差してバス停へ向かう。
けれど、歩き出してすぐに足取りが重くなった。

(……なんか、ちょっと辛い…)

呼吸が浅い。

汗が首筋をつーっと流れ、火照った頬がさらに熱を帯びていく。

(……日陰……)

バス停まであと少しだったが、このまま歩き続けるのは不安で、近くのビルの陰に移動した。
バックを開き、緊急連絡先の画面を開く。

並んでいる名前は、父、母、そして――奏一。

迷いなく母を選びかけた指が、画面に触れる寸前でぴたりと止まった。

もし今、母に連絡すれば――きっと実家に連れ戻される。
せっかく得られた、わずかな自由がなくなってしまう。

それだけは、嫌だった。

暑さと息苦しさで思考は鈍っているはずなのに、そのことだけははっきりしている。
気づくと、指先は自然と別の名前を押していた。

コール音が鳴る。
1回、2回――すぐに、通話が繋がった。

「……遠野です」

低く落ち着いた声が耳に届き、その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

「……っ」

言葉が出ない。
けれど、今さら切るわけにもいかない。

「……あの、ごめんなさい……」

「琴葉さん?」

奏一の声が急に硬くなる。

「……3限、休講になって、ちょっと外に出たんだけど……。その、暑くて……、今、少しだけ、辛くて……」

「どこにいますか」

バス停の名前と、そのすぐ近くのビルの陰にいることを伝えると、間髪入れず言葉が返ってきた。

「場所はわかりました。すぐ行きます。
――近くにコンビニがありますね。そこに入って待っていてください」

「……わかった」

通話が切れたあと、バッグを握り直す手が少し震えた。
それでも、言われたとおりコンビニの自動ドアをくぐる。

冷房が効いていて涼しい……はずなのに、汗が止まらない。
雑誌コーナーの前で壁にもたれ、肩で呼吸をしているのが自分でもわかる。

(立ってるだけで……キツい……)

背中を汗がつたっていくのがはっきりわかる。
呼吸は浅く、胸の奥がどくどくと速い。

(……先生、早く……)

祈るように目を閉じる。
外より涼しいはずなのに、めまいのようなふわつきが何度か押し寄せた。

倒れそう――まではいかない。
でも、この状態で外にもう一度出るのは無理だ、とすぐにわかる。

だから、ただ待つしかなかった。

やがて、コンビニの自動ドアの向こうで車のエンジン音が止まり、足早な靴音が近づいてくる。

「……琴葉さん」

駆け込んできた奏一が視線を合わせた瞬間、状況を一度に把握したようだった。
雑誌棚にもたれて立っている琴葉の肩は、かすかに上下し、手には小さな紙袋とバックを握りしめている。

「そのままで大丈夫です。……荷物、預かります」

断らせる隙など与えない自然さで、琴葉の指先から荷物がそっと取り上げられる。
触れられた部分が一瞬軽くなり、その軽さだけで少し呼吸がしやすくなる気がした。

「車まで移動します。歩くときは、腕につかまってください」

言われるままに、奏一の腕に手を添える。
強く支えるのではなく、軽く触れる程度の力なのに、歩幅や速度がぴたりと琴葉に合わせられていた。

自動ドアを抜けると、コンビニ前の路肩に黒い車がハザードを出して停まっている。
助手席のドアを開けながら、奏一は穏やかに声を落とした。

「どうぞ。……ゆっくりで構いません」

座席に腰を下ろした瞬間、車内の冷気が頬を撫でた。
熱がこもっていた体に、ひやりと心地よい風がしみていく。

「すぐ戻ります。少しだけ、待っていてください」

そう言って、奏一は一度ドアを閉めた。
車内の冷気が逃げないように、と気遣う動作がどこか丁寧だ。

彼はそのままコンビニに戻っていき、ほんの数分後、ビニール袋を提げて戻ってくる。

「必要そうなものを買ってきました。まずは水です。……無理に飲まなくていいので、少しずつ」

冷えたボトルが、琴葉の手のひらに触れた。
そのひんやりとした感触が、胸の奥までほっと染み渡った。
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