病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第18話・夏光にほどける想い

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ショッピングモールからの帰り道。
助手席の琴葉は、膝の上に抱えた袋を何度も指先で撫でていた。
視線は窓の外に向けられているのに、仕草だけは隠しきれないほど素直で。
そのたびに、奏一の胸の奥にはじんわりと熱が広がる。

――生きていてくれれば、それでいい。

ぞんざいな態度を取られても、反発されても、怒る理由などない。
こうして手の届く距離にいて、息をしてくれている。
それだけで十分だった。

けれど、この想いをそのままぶつけるわけにはいかない。
歳の差もあるし、琴葉はまだ若い。
たとえ命が長くないとしても――その未来を本人が選ぶ権利はある。
自分の感情で、彼女の人生を縛ってはいけない。

婚約の話についても、琴葉が承諾しない限り入籍はしないと、すでに両家に伝えてある。
それを知らないのは、琴葉だけだ。

彼女の両親は、「病気のことを考えれば奏一が最も安心できる相手だ」と信じて疑わない。
だからこそ、“琴葉に選択の余地がある”という事実は伏せられている。
自分自身も――できればこのままそばにいてほしいから、伝えない。

外出を許したときも、迷いがなかったわけではない。
だが、また自分の目の届かないところで逃げ出されたら、次は助けられないかもしれない。
そして、あの日聞いた――“自由になりたい”と口にした琴葉の声が、まだ耳に残っている。

若い女の子が何を望むのか、自分にはわからない。
だからこそ、行き先は自分で考えて与えるよりも、琴葉自身が選んだ方がいい――そう判断した。

結果は、思っていた以上だった。
彼女は本当に嬉しそうに笑い、少しだけ口調も柔らかくなった。
反発の棘がほんの僅か丸くなったようにも見える。

その笑顔を目にするたび、研修医だった頃の記憶が胸に蘇る。
病室のベッドから見せられたあの小さな笑顔が、折れかけていた心をそっと救ってくれた。

――また、あの笑顔を見られるなら。

胸の奥に温かな感情が流れ込み、奏一は小さく息を吐いた。
けれど表には出さず、視線は前を向いたまま。
周囲の危険と、琴葉の体調の変化だけは絶対に見逃さないように。


——————

7月下旬のある日ー。
琴葉は2限の教室に入り、席に着く前にスマホを開いた。
大学のポータルサイトに、新着のお知らせがひとつ。
タップすると、画面に表示されたのは――

『本日3限目 〇〇 休講』

(……あ、今日、2限で終わりなんだ)

ここ最近は、終わる時間を奏一に連絡して迎えに来てもらっている。
予定より早く終わるなら、そのことを知らせなきゃ――
そう思ったところで、教授が教室に姿を見せた。

「はい、始めますよ」

講義開始の声に、慌ててスマホをしまい、ノートを開く。
連絡は、あとでいい。

静かな講義が進む中、ノートに文字が積み重なっていく。
終盤、教授が資料をめくって顔を上げた。

「来週までに、この課題を提出してください。形式は自由ですが、必ずこの仕様に沿って作ること。使用する道具は……これと、これです」

ホワイトボードに書かれた道具名を見て、琴葉は軽く眉を寄せる。
家にはもちろんないし、普段の生活で使うものでもない。

(これ、買わないと……)

忘れないようノートに控えておく。

2限が終わると、琴葉はすぐに購買部へ向かった。
棚を一通り探したが、目当ての品は見つからない。

近くにいた店員に声をかけると、首を横に振られた。

「すみません、それ、今は売り切れですね」

「そうなんですね……」

「この近くだと、大通り沿いの専門店にあると思いますよ。大学から徒歩10分もかからないくらいです」

思ったより近い。
しかも、今日は3限が休講で時間に余裕がある。
そこからも、帰りはバス一本で帰れる。
わざわざ奏一に迎えを頼まずに済むのなら、その方が負担もかけない。

(せっかく早く終わったんだし……行ってみようかな)

そう決めて大学を出ると、むっとした熱気が一気に肌を包んだ。
日差しは想像以上に強く、アスファルトの照り返しが肌を刺す。

日傘を広げても、じわじわと熱がこもり、歩くたびに体の奥から力が削られていく感覚があった。

それでも足を止める理由はない。

ゆっくりと歩幅を保ちながら、琴葉は目的の店の看板を探して歩き続けた。
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