病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第27話・信じたいと思えた日

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午後の陽射しが少しだけ和らぎはじめた頃、ふたりは植物園をあとにした。
駐車場へ向かう道すがら、琴葉は手に持ったキャンドルの包みを何度も見つめていた。

帰りの車内。
窓の外には、まだ明るい青空と、やわらいだ光に照らされた緑がゆっくり流れていく。
日差しは真昼ほど強くなく、景色はどこか穏やかに見えた。

ラジオも音楽もかけていないのに、車内には落ち着いた空気が満ちている。
琴葉は膝の上の包みをそっとなでて、静かに視線を上げた。

――なんか、夢みたいだったな。

胸のあたりがふわふわしている。
まだ非現実感が残っていて、どうにも心が落ち着かない。
でもその感覚は気怠さじゃなくて、むしろじんわりとしたあたたかさだった。

「先生、今日も……ありがとう」

抑えきれず、ぽつりと言葉がこぼれる。
自分でも唐突だと思ったけれど、どうしても伝えたかった。

運転席の奏一がちらりとこちらを見やり、信号で車を止めると静かに返した。

「いえ、こちらこそ。体調も安定していましたので、安心してご一緒できました」

穏やかで、相変わらず感情の読みにくい声。
けれど今なら、その奥にある“本当の意味”がわかる。

――ずっと、心配してくれていたんだ。

「……うまく言えないけど、今日みたいな一日も初めてだったの」

「初めて?」

「うん。行きたい場所に行って……誰かと一緒に、楽しんで。そういうの、今までなかったから」

他の子たちが当たり前にしてきたこと。
自分には必要ないと諦めてきたこと。
できない自分を守るために、“いらない”ことにしてきた。

でも――本当はずっと欲しかった。

「だから、嬉しかった」

「……それを聞けて、よかったです」

信号が青に変わって、車がゆっくりと動き出す。
琴葉は外の景色を見ながら、ふと思い出したように呟いた。

「先生のキャンドル、意外と綺麗だったね」

「意外と、ですか」

「ふふ。……だって、色が落ち着きすぎてて。
先生らしかったけど。でも、ちゃんとまとまってたよ」

「ありがとうございます。琴葉さんのキャンドルは、とても明るくて印象的でした」

「……でしょ? ビタミンカラーっていうんだよ。元気が出る色。作ってるときも、なんか楽しかった」

楽しげに語る声が、車内をやわらかく満たしていく。
あのキャンドルには、彼女の“今”が詰まっているように思えて――奏一は、ほんのわずか呼吸を緩めた。

ようやく少しだけ、彼女が日常を楽しめるようになった証のようで。

「……また、今日みたいにどこか行けるかな」

ぽつりと漏れた琴葉の言葉に、奏一はすぐに答える。

「もちろん。体調が安定している限り、何度でも」

「ほんとに?」

「本当です」

その即答が、どこかくすぐったくて。
琴葉は思わず小さく笑ってしまった。

助手席で、紙袋を抱きしめるようにして座るその姿は、今朝よりずっと元気そうで。
柔らかく流れる帰り道の空気の中、沈黙すらも心地よかった。


ふと――考えてしまう。

本当は、こんなふうに楽しんだり、嬉しいと思ったりしてはいけないのかもしれない、と。

病気があって、いつ何が起きるかわからない。
だから守られて、制限されて、ずっとそれが当たり前だった。

親の言うことは正しかった。
命を守るために、全部。

でも、正しいことって、時々すごく苦しい。
息が詰まって、どこにも逃げ場がなくて、選ぶことも、願うことも許されない。
従うしかないと、自分に言い聞かせるしかなかった。

最初は彼も、親と同じように見えた。
むしろ、もっと冷たくて、息苦しくて、逃げ出した。

でも――違った。

約束を破って苦しんだときも、怒らなかった。
ただ助けてくれて、責めることもなかった。
条件付きでも、私の「行きたい」「やりたい」を叶えてくれた。

今日みたいに、一緒に笑って。
一緒に体験して。
そばにいてくれて。

植物園が特別好きというわけじゃない。
でも、今日のことは、きっとずっと忘れない。

――先生が、私の気持ちを受け止めてくれてたって、ちゃんとわかったから。

たぶん、信頼してもいい。
いや……信頼したい、って思った。

そんな自分に気づいたことが、今、いちばん嬉しかった。
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