病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

文字の大きさ
26 / 131

第26話・花を閉じ込めた甘いひととき

休憩を挟み、温室をゆっくりと一周した後、ふたりは併設されているガラス張りのカフェへと向かった。
店の入り口では、色とりどりの花をあしらったメニュー看板が出迎えてくれる。

店内に足を踏み入れると、空調の効いた空気にふわりと甘い香りが混ざり、温室とはまた違うやわらかさが広がっていた。
窓際のテーブル席に通され、奏一がメニューを琴葉に手渡す。

「ご希望のスイーツ、ありそうですね」

「……あ、あった。これだ」

琴葉が指差したのは、SNSで見かけたあのスイーツ。
透明なゼリーの中に花びらが閉じ込められたグラスデザートと、エディブルフラワーをあしらった白いケーキ。
見た目が可愛くて、美しくて、まるで宝石みたいだった。

「それと、カフェラテ。ラテアートのやつも……」

「わかりました。注文してきますね」

そう言って、奏一がカウンターへ向かう。
その背中を見送りながら、琴葉は胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。

自分が「これがいい」と言って、奏一が自然に受け入れ、叶えてくれる。
それだけのことなのに――どうしようもないほど嬉しくて、心がほどけていく。

やがて運ばれてきたトレイには、写真以上に鮮やかで澄んだスイーツが並んでいた。

「すごい……」

琴葉はスマホを取り出し、光の入り方や背景を調整しながら夢中でシャッターを切る。
数枚撮ってふと顔を上げると、奏一が静かにこちらを見ていた。

「なに?」

「いえ……楽しそうで、何よりです」

その声音がいつもより柔らかくて、琴葉は照れたように目をそらした。

「……いただきます」

ゼリーをすくうと、つるんと花びらが揺れた。
ひと口運ぶと、ほのかな甘さと涼やかさが舌に広がる。

「……おいしい」

その瞬間、胸の奥に“普通の女の子みたいだ”という実感が広がった。
誰かとカフェでスイーツを食べて、笑って――そんな当たり前の時間が、ずっと手の届かない夢だった。

それを、叶えてくれたのは――奏一だ。

そっと視線を向けると、彼は変わらない表情のまま、どこか安心したように穏やか。

「……ありがとう」

ぽつりとこぼれた言葉は、どれだけ届いたのか分からない。
けれど、確かに自分の心の奥から出てきたものだった。


カフェでの余韻を残したまま、ふたりは併設されているクラフト体験施設へと足を運んだ。

建物は小さいが、中には所狭しと花やドライリーフ、ガラス瓶、精油などが並んでいて、まるで秘密のアトリエのような雰囲気だ。

「ご予約の遠野様ですね。お待ちしておりました。おふたり分、ご用意しております」

案内されたテーブルには、小皿に分けられた色とりどりのドライフラワーと押し花がずらりと並んでいる。
スタッフの説明を聞きながら、琴葉は思わず目を輝かせた。

「……かわいい……」

ピンクやラベンダー、白、淡いブルーにイエロー。
どれも小さくて繊細で、まるでガラス細工のような美しさだった。

ふと隣を見ると、奏一も同じように席につき、花材を見つめている。

「先生も作るの?」

「ええ。一緒に体験できるよう、予約を入れておきました」

「……意外」

無表情のまま手を動かす奏一だが、その動きはどこかぎこちない。
集めているのは淡いグリーンや白い小花ばかりで、控えめというか――地味というか。

「なんか……地味じゃない?」

「統一感を重視した結果です。これ以上華やかな構成は……私には難しいかと」

あまりにも真面目な返答に、琴葉は吹き出しそうになり、必死に唇を引き結んでこらえた。

「でも……先生と並んでこういうの作るの、ちょっと不思議。なんか、変な感じ」

「琴葉さんが選んだ場所ですから」

「うん。……選んでよかった」

小さくつぶやいた言葉には照れが混ざっていたが、その奥にある気持ちを奏一はしっかり受け止めているようだった。

やがて、温められたジェルワックスが注がれると、花たちは透明な中にふわりと浮かぶ。

琴葉のキャンドルは、黄色やオレンジ、白の花を組み合わせた、明るいビタミンカラーでまとめられていた。
まるで太陽の光をそのまま閉じ込めたような、あたたかくて元気の出る色合いだった。

「……すごい。きれい……」

何度も角度を変えて眺めながら、胸の奥がじんわり満たされていく。
“好き”を詰め込んだ、自分だけのキャンドル。それがこうして形になることが、ただ嬉しかった。

隣で完成した奏一のキャンドルは、淡いグリーンと白が重なり合い、
静かな水底に小さな花が咲いたような、落ち着いた色合いだった。

「それ、先生の? ……案外、悪くないかも」

「ありがとうございます。初めてのわりには、形になりました」

その短いやりとりでさえ、今の琴葉には胸をあたたかくするものだった。
感想 2

あなたにおすすめの小説

繰り返す夜と嘘 〜【実録】既婚の僕と後輩の彼女、あの夜のキスから始まった13年の秘密〜

まさき
恋愛
結婚して半年の僕と、同じ職場の彼女。 出会った頃は、ただの先輩と新入社員だった。   互いに意識しながらも、 数年間、距離を保ち続けた。   ただ見つめるだけの関係。   けれど――   ある夏の夜。 納涼会の帰り道。   僕が彼女の手を握った瞬間、 すべてが変わった。   これは恋でも、友情でもない。   けれど理性では止められない、 名前のない関係。   13年続いた秘密。 誓約書。 そして、5年の沈黙。   これは――   実際にあった「夜」の記録。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

巨乳のメイドは庭師に夢中

さねうずる
恋愛
ピンクブロンドの派手な髪と大きすぎる胸であらぬ誤解を受けることの多いピンクマリリン。メイドとして真面目に働いているつもりなのにいつもクビになってしまう。初恋もまだだった彼女がやっとの思いで雇ってもらえたお屋敷にいたのは、大きくて無口な庭師のエバンスさん。彼のことが気になる彼女は、、、、

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

イケメンエリートは愛妻の下僕になりたがる(イケメンエリートシリーズ第四弾)

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団のキャップ的存在 唯一の既婚者、中山トオルの意外なお話 中山加恋(20歳) 二十歳でトオルの妻になる 何不自由ない新婚生活だが若さゆえ好奇心旺盛 中山トオル(32歳) 17歳の加恋に一目ぼれ 加恋の二十歳の誕生日に強引に結婚する 加恋を愛し過ぎるあまりたまに壊れる 会社では群を抜くほどの超エリートが、 愛してやまない加恋ちゃんに 振り回されたり落ち込まされたり… そんなイケメンエリートの ちょっと切なくて笑えるお話

(第一章完結)ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。