病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

文字の大きさ
26 / 69

第26話・花を閉じ込めた甘いひととき

しおりを挟む
休憩を挟み、温室をゆっくりと一周した後、ふたりは併設されているガラス張りのカフェへと向かった。
店の入り口では、色とりどりの花をあしらったメニュー看板が出迎えてくれる。

店内に足を踏み入れると、空調の効いた空気にふわりと甘い香りが混ざり、温室とはまた違うやわらかさが広がっていた。
窓際のテーブル席に通され、奏一がメニューを琴葉に手渡す。

「ご希望のスイーツ、ありそうですね」

「……あ、あった。これだ」

琴葉が指差したのは、SNSで見かけたあのスイーツ。
透明なゼリーの中に花びらが閉じ込められたグラスデザートと、エディブルフラワーをあしらった白いケーキ。
見た目が可愛くて、美しくて、まるで宝石みたいだった。

「それと、カフェラテ。ラテアートのやつも……」

「わかりました。注文してきますね」

そう言って、奏一がカウンターへ向かう。
その背中を見送りながら、琴葉は胸の奥がふわりと温かくなるのを感じた。

自分が「これがいい」と言って、奏一が自然に受け入れ、叶えてくれる。
それだけのことなのに――どうしようもないほど嬉しくて、心がほどけていく。

やがて運ばれてきたトレイには、写真以上に鮮やかで澄んだスイーツが並んでいた。

「すごい……」

琴葉はスマホを取り出し、光の入り方や背景を調整しながら夢中でシャッターを切る。
数枚撮ってふと顔を上げると、奏一が静かにこちらを見ていた。

「なに?」

「いえ……楽しそうで、何よりです」

その声音がいつもより柔らかくて、琴葉は照れたように目をそらした。

「……いただきます」

ゼリーをすくうと、つるんと花びらが揺れた。
ひと口運ぶと、ほのかな甘さと涼やかさが舌に広がる。

「……おいしい」

その瞬間、胸の奥に“普通の女の子みたいだ”という実感が広がった。
誰かとカフェでスイーツを食べて、笑って――そんな当たり前の時間が、ずっと手の届かない夢だった。

それを、叶えてくれたのは――奏一だ。

そっと視線を向けると、彼は変わらない表情のまま、どこか安心したように穏やか。

「……ありがとう」

ぽつりとこぼれた言葉は、どれだけ届いたのか分からない。
けれど、確かに自分の心の奥から出てきたものだった。


カフェでの余韻を残したまま、ふたりは併設されているクラフト体験施設へと足を運んだ。

建物は小さいが、中には所狭しと花やドライリーフ、ガラス瓶、精油などが並んでいて、まるで秘密のアトリエのような雰囲気だ。

「ご予約の遠野様ですね。お待ちしておりました。おふたり分、ご用意しております」

案内されたテーブルには、小皿に分けられた色とりどりのドライフラワーと押し花がずらりと並んでいる。
スタッフの説明を聞きながら、琴葉は思わず目を輝かせた。

「……かわいい……」

ピンクやラベンダー、白、淡いブルーにイエロー。
どれも小さくて繊細で、まるでガラス細工のような美しさだった。

ふと隣を見ると、奏一も同じように席につき、花材を見つめている。

「先生も作るの?」

「ええ。一緒に体験できるよう、予約を入れておきました」

「……意外」

無表情のまま手を動かす奏一だが、その動きはどこかぎこちない。
集めているのは淡いグリーンや白い小花ばかりで、控えめというか――地味というか。

「なんか……地味じゃない?」

「統一感を重視した結果です。これ以上華やかな構成は……私には難しいかと」

あまりにも真面目な返答に、琴葉は吹き出しそうになり、必死に唇を引き結んでこらえた。

「でも……先生と並んでこういうの作るの、ちょっと不思議。なんか、変な感じ」

「琴葉さんが選んだ場所ですから」

「うん。……選んでよかった」

小さくつぶやいた言葉には照れが混ざっていたが、その奥にある気持ちを奏一はしっかり受け止めているようだった。

やがて、温められたジェルワックスが注がれると、花たちは透明な中にふわりと浮かぶ。

琴葉のキャンドルは、黄色やオレンジ、白の花を組み合わせた、明るいビタミンカラーでまとめられていた。
まるで太陽の光をそのまま閉じ込めたような、あたたかくて元気の出る色合いだった。

「……すごい。きれい……」

何度も角度を変えて眺めながら、胸の奥がじんわり満たされていく。
“好き”を詰め込んだ、自分だけのキャンドル。それがこうして形になることが、ただ嬉しかった。

隣で完成した奏一のキャンドルは、淡いグリーンと白が重なり合い、
静かな水底に小さな花が咲いたような、落ち着いた色合いだった。

「それ、先生の? ……案外、悪くないかも」

「ありがとうございます。初めてのわりには、形になりました」

その短いやりとりでさえ、今の琴葉には胸をあたたかくするものだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」  中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。  そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。  両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。 手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。 「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」  可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。 16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。  13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。 「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」 癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました

cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。 そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。 双子の妹、澪に縁談を押し付ける。 両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。 「はじめまして」 そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。 なんてカッコイイ人なの……。 戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。 「澪、キミを探していたんだ」 「キミ以外はいらない」

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

処理中です...