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第43話・当然のように
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重たいまぶたを上げると、ぼんやりとした天井が目に映った。
(……あれ、ここ……)
仄暗い部屋の片隅。
柔らかな毛布にくるまれていることに気づき、琴葉は身を起こそうとした。
けれど、思うように力が入らない。
寒さも、だるさも、熱も――
すべてが絡みつくように身体を縛っていた。
「……起きなくて大丈夫ですよ」
聞き慣れた声に、琴葉はゆっくりと視線を向ける。
そこには、白衣のまま椅子に腰かけ、こちらを見守る奏一の姿があった。
まるで最初からそこにいたかのような、自然な佇まい。
「先生……どうして……」
「大学の医務室から連絡をいただきました。あなたの主治医として、入学時に第一連絡先として私の名前が登録されていますから」
「……あ、そういえば……」
「万が一の時、ご家族よりも早く対応できるようにと。覚えていませんか?」
「……ううん、覚えてる。……でも、本当に来てくれるなんて、思わなかったから」
「あなたに何かあれば、すぐ駆けつけると決めています。ですから、当然来ますよ」
淡々とした口調。
それでも、その言葉の端々には揺るぎない優しさが滲んでいて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……お母様には、私から連絡しておきます。
今は何より、あなたが休むことを優先しましょう」
そう言って立ち上がり、奏一は電子カルテに手早く入力する。
白衣の胸ポケットには、見慣れた万年筆が差してあった。
(先生……いつも通りだ)
その“いつも通り”が、なぜか胸をきゅっと締めつける。
「先ほど簡単に診察しましたが、熱は微熱程度です。今のところ、大きな異常は見受けられません。ただ――」
一度言葉を切り、視線を戻す。
「持病を考慮すると、念のため安静が必要ですね」
「……うん……」
小さく頷くと、奏一は続けた。
「では、家に帰りましょう。歩けそうですか?」
「……うん、大丈夫」
毛布をはらい、そろりとベッドから足を下ろす。
けれど立ち上がった瞬間、視界がわずかに揺れ、足元がふらついた。
「あっ……」
次の瞬間、肩を支える確かな手。
「無理をしないでください。今はあなたの身体が最優先です」
「……でも、自分で歩けるから……」
そう言いながらも、身体はすでに奏一に預けられていた。
奥からせり上がるだるさに、抗う気力は残っていない。
そのまま、ふっと身体が宙に浮く。
「……せ、先生……っ」
「背負います。気にしないでください」
脚にまわされた腕が、迷いなくしっかりと支えてくれる。
白衣越しに伝わる体温、ほのかに香る消毒液と、柔らかな洗剤の匂い。
(……あったかい……)
こわばっていた心が、少しずつほどけていく。
身体の奥に残っていた緊張も、奏一の背中の温もりに、静かに溶かされていった。
「……ごめん、なさい……」
小さく零した声に、奏一は歩みを止めず、穏やかに返す。
「謝る必要はありません。あなたは、休むべき時に、休むだけです」
その言葉もまた、心の奥に染み込んでいくようだった。
***
玄関のドアが静かに閉まり、いつもの家の空気が戻ってくる。
その中で、ただ違うのは――背負われたままの体温だった。
「先にベッドを整えますので、少しだけここで待っていてください」
リビングのソファにそっと下ろされ、毛布を肩に掛けられる。
小さく頷くのを確認すると、奏一は寝室へと足を運んだ。
手慣れた動作でシーツを替え、枕や毛布を整える。
無駄のない所作は、医療現場での準備そのものだった。
やがて、部屋着を手に戻ってくる。
「着替えましょう。これに着替えて、ベッドで休んでください」
「……うん」
琴葉は息を吐き、ゆっくり立ち上がって寝室へ向かう。
奏一はその背を見送ると、キッチンへ向かった。
火をつけ、鍋に出汁と少量のご飯を入れて、静かにお粥を炊き始める。
(……食欲はないだろうが、薬のためにも少しは口にしてもらわないと)
耳は自然と寝室の気配を拾っていた。
しばらくして、寝室の扉が控えめに開く。
「……着替えた」
その小さな声を聞くと、すぐに火を止め、奏一はリビングへ戻った。
(……あれ、ここ……)
仄暗い部屋の片隅。
柔らかな毛布にくるまれていることに気づき、琴葉は身を起こそうとした。
けれど、思うように力が入らない。
寒さも、だるさも、熱も――
すべてが絡みつくように身体を縛っていた。
「……起きなくて大丈夫ですよ」
聞き慣れた声に、琴葉はゆっくりと視線を向ける。
そこには、白衣のまま椅子に腰かけ、こちらを見守る奏一の姿があった。
まるで最初からそこにいたかのような、自然な佇まい。
「先生……どうして……」
「大学の医務室から連絡をいただきました。あなたの主治医として、入学時に第一連絡先として私の名前が登録されていますから」
「……あ、そういえば……」
「万が一の時、ご家族よりも早く対応できるようにと。覚えていませんか?」
「……ううん、覚えてる。……でも、本当に来てくれるなんて、思わなかったから」
「あなたに何かあれば、すぐ駆けつけると決めています。ですから、当然来ますよ」
淡々とした口調。
それでも、その言葉の端々には揺るぎない優しさが滲んでいて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……お母様には、私から連絡しておきます。
今は何より、あなたが休むことを優先しましょう」
そう言って立ち上がり、奏一は電子カルテに手早く入力する。
白衣の胸ポケットには、見慣れた万年筆が差してあった。
(先生……いつも通りだ)
その“いつも通り”が、なぜか胸をきゅっと締めつける。
「先ほど簡単に診察しましたが、熱は微熱程度です。今のところ、大きな異常は見受けられません。ただ――」
一度言葉を切り、視線を戻す。
「持病を考慮すると、念のため安静が必要ですね」
「……うん……」
小さく頷くと、奏一は続けた。
「では、家に帰りましょう。歩けそうですか?」
「……うん、大丈夫」
毛布をはらい、そろりとベッドから足を下ろす。
けれど立ち上がった瞬間、視界がわずかに揺れ、足元がふらついた。
「あっ……」
次の瞬間、肩を支える確かな手。
「無理をしないでください。今はあなたの身体が最優先です」
「……でも、自分で歩けるから……」
そう言いながらも、身体はすでに奏一に預けられていた。
奥からせり上がるだるさに、抗う気力は残っていない。
そのまま、ふっと身体が宙に浮く。
「……せ、先生……っ」
「背負います。気にしないでください」
脚にまわされた腕が、迷いなくしっかりと支えてくれる。
白衣越しに伝わる体温、ほのかに香る消毒液と、柔らかな洗剤の匂い。
(……あったかい……)
こわばっていた心が、少しずつほどけていく。
身体の奥に残っていた緊張も、奏一の背中の温もりに、静かに溶かされていった。
「……ごめん、なさい……」
小さく零した声に、奏一は歩みを止めず、穏やかに返す。
「謝る必要はありません。あなたは、休むべき時に、休むだけです」
その言葉もまた、心の奥に染み込んでいくようだった。
***
玄関のドアが静かに閉まり、いつもの家の空気が戻ってくる。
その中で、ただ違うのは――背負われたままの体温だった。
「先にベッドを整えますので、少しだけここで待っていてください」
リビングのソファにそっと下ろされ、毛布を肩に掛けられる。
小さく頷くのを確認すると、奏一は寝室へと足を運んだ。
手慣れた動作でシーツを替え、枕や毛布を整える。
無駄のない所作は、医療現場での準備そのものだった。
やがて、部屋着を手に戻ってくる。
「着替えましょう。これに着替えて、ベッドで休んでください」
「……うん」
琴葉は息を吐き、ゆっくり立ち上がって寝室へ向かう。
奏一はその背を見送ると、キッチンへ向かった。
火をつけ、鍋に出汁と少量のご飯を入れて、静かにお粥を炊き始める。
(……食欲はないだろうが、薬のためにも少しは口にしてもらわないと)
耳は自然と寝室の気配を拾っていた。
しばらくして、寝室の扉が控えめに開く。
「……着替えた」
その小さな声を聞くと、すぐに火を止め、奏一はリビングへ戻った。
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