病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第44話・少しだけ、ここにいて

「お粥ができました。……今日はベッドの上で済ませましょう」

穏やかな声とともに、奏一は琴葉の腕をそっと支え、寝室の奥へと促す。
すでに整えられたベッドに腰を下ろすと、トレイが静かに手渡された。

湯気を立てる白がゆは、お出汁とほんのりとした塩気だけの優しい香り。
琴葉はゆっくりとスプーンを運び、口に含む。

「……美味しい」

「それは何よりです。無理に、全部食べなくても構いませんから」

「……うん」

数口しか進まなかったけれど、温かさがじんわりと身体の奥に染みていく。
薬を水で流し込み、奏一に促されるまま横になると、力が抜けた。

「しばらく眠ってください。呼吸や様子は、私が確認していますので」

(……やっぱり、先生はいつも通りだ……)

その声も、仕草も、特別なことをしているようには見えない。
あくまで冷静で、落ち着いていて――医者として当然の対応。

それが、また少しだけ、胸を締めつけた。

***

どれくらい眠っていたのだろう。
熱はまだ残り、身体は鉛のように重かった。

息をするたび、胸の奥がひりつく。
目だけが覚めて、身体はまだ夢の底に沈んでいるようだった。

そっと視線を動かす。

薄暗い室内。
カーテンの隙間から差し込む淡い光の中、少し離れた椅子に奏一が座っていた。

白衣を着たまま、肘掛けに腕を置き、目を閉じている。
眠っているのか、それとも考え事をしているだけなのか――判断はつかない。

けれど、そこにいてくれること、ただそれだけで心強かった。

かすれた声で、そっと名を呼ぶ。

「……せんせ……」

ほとんど息に紛れるほど小さな声だったのに、奏一はすぐに反応した。

すっと目を開け、こちらに顔を向ける。

「目が覚めましたか。……喉、乾いていませんか?」

そう言いながら水を注ぎ、ベッド脇へ近づいてくる。
差し出されたコップを、そっと支えてもらいながら、琴葉は少しずつ水を飲んだ。

冷たい水が、熱を帯びた身体をゆっくりと通り抜けていく。

「熱は、まだ下がっていないようですね」

額にそっと手が添えられる。
指先が優しく、そして確かに体温を測っていた。

「……ごめんなさい、また迷惑かけて」

小さく視線を逸らすと、奏一は静かに首を横に振った。

「いえ、気にしないでください。むしろ、早めに対応できてよかったです」

その声音は淡々としていながらも、どこか安心させる響きがあった。

「……もう少し、眠れそうですか?」

少し考えてから、琴葉はかすかに頷く。

「……たぶん……うん」

そう答えたものの、琴葉のまぶたは完全には閉じきらないままだった。

奏一はそっと頷くと、空になったコップと水差しを手に取る。

「少し片付けてきます。すぐ戻りますから」

そう言って立ち上がろうとした、その瞬間――

「……やだ……っ」

掠れた声が、思わず漏れた。

自分でも驚くほど、弱い声だった。
ベッドの上で伸ばした手が、空を掴む。

それに気づいた奏一が、すぐに動きを止める。

「……どうしました?」

その優しい問いかけに、琴葉はゆっくりと目を開けた。
熱でぼんやりとした視界のなか、かすかに潤んだ瞳が奏一を見上げる。

「……先生、もうちょっとだけ……ここにいて……」

言葉にするだけで精一杯だった。
けれど、その声が、どこか甘えるようになってしまったことは、自分でもわかる。

奏一は一瞬だけ息をつき、それから小さく微笑んだ。

「……わかりました。珍しいですね。琴葉さんが、そんなふうに甘えるなんて」

そう言って、再び椅子に腰を下ろす。
そして、そっと琴葉の手を包むように握った。

「……だって、つらいんだもん……」

熱と不安と、ほんの少しの甘え。
全部がまざったその一言に、奏一は何も言わず、ただ静かに手を握り返す。

ぬくもりが伝わってくる。
それだけで、胸の奥が少しづつ落ち着いていくのがわかった。

目を閉じると、さっきよりも少しだけ眠りに近づいていく。
その隣に奏一がいるという事実が、今の琴葉には何よりの支えだった。
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