病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

文字の大きさ
53 / 69

第53話・帰る場所に、あなたがいる

しおりを挟む
静かな夜が、すっかり日常になった頃ー。
夜の支度を終えると、ふたり並んで寝室へ向かう。
同じタイミングで歯を磨いて、同じ足音で廊下を歩く。

――こんなこと、ほんの少し前までは考えられなかった。

扉を開けるなり、琴葉は迷いもなく奏一のベッドへ向かう。
枕を抱えてやって来た、あの日以来。
自分の部屋で寝る、という発想はいつの間にか消えていた。

「……そうちゃん、早く」

布団を少しめくりながら振り返る。
当然のような仕草に、胸の奥があたたかく満たされる。

「ええ」

いつもの落ち着いた声が返ってきて、隣に並ぶ気配がする。
琴葉は布団の端を指先で引き、彼を自分の方へ寄せた。

「やっぱり、そうちゃんの隣がいい」

囁いた瞬間、恥ずかしさが遅れて込み上げ、頬が熱くなる。
けれど、もう引き下がらなかった。

――恋人だから。
こうして甘えてもいい。

頭を撫でられ、心臓が跳ねる。

「……私も同じです」

低い声が静かに落ちてきて、胸の奥がくすぐったくなった。

静かな寝室に、ふたりの呼吸が重なっていく。
あたたかくて、心地よくて、このまま眠れそう――そう思った、その矢先。

頬に添えられた手に導かれ、唇にやわらかな感触が触れた。

「……っ!」

驚いたように琴葉の目が見開かれる。
ほんの一瞬の触れ合いだったのに、布団の中で彼女の体が小さく震えるのが伝わった。

顔が一気に熱くなり、視線を逸らして布団に潜り込む。

「……おやすみなさい、琴葉さん」

さらりとした声。
奏一にとってはいつもの挨拶でも、琴葉には心臓が追いつかない。

「……っ、おやすみ……」

か細い声しか返せない。
耳まで赤くなっているのを自覚して、余計に隠れたくなる。
それでも、繋いだ手をぎゅっと握り返してしまうのは、どうしようもなかった。

――あの日、枕を抱えてここへ来た少女が、
今は当然のように隣で眠ろうとしている。

その変化が、奏一にはただ嬉しくてたまらなかった。

こうして一緒に眠ることは、あの夜を境に、ふたりにとって自然な習慣になっていった。
どんな日も、夜になれば同じ布団に入り、互いの温もりを確かめ合う。

それはもう、なくてはならない当たり前になっていた。

***

けれど、その夜は少しだけ違っていた。

手術が長引き、奏一が帰宅したのは日付をとうに回ってから。
玄関の鍵を回した瞬間、静まり返った家の空気が全身を包み込む。

ようやく今日が終わったのだと、胸の奥で小さく息をついた。

寝室の扉をそっと開けると、そこには見慣れた光景があった。
自分のベッドの真ん中で、琴葉が小さく丸まって眠っている。

頬はうっすら赤く、安らかな寝息が部屋の静けさに溶け込んでいた。

「……私の寝場所は、なさそうですね」

誰にともなく小さく呟き、思わず笑みがこぼれる。
不思議と、嫌な気持ちはひとかけらもない。

静かに近づき、布団の端をめくる。
その気配に反応したのか、琴葉が寝ぼけたまま身じろぎし、手を伸ばしてきた。

小さな指先が、奏一の手を探すように触れる。

「……そうちゃん?」

掠れた声。
半分夢の中にいながら、それでも確かに自分を呼んでいた。

「遅くなりました。……もう寝ていてもいい時間ですよ」

指を取ると、彼女は安心したようにふっと笑みを浮かべ、そのまま瞼を閉じた。

――待っていてくれたのか。

胸の奥が、じんわりと熱くなる。
自分を求め、ここで眠っていてくれる存在がいる。

それだけで、手術で張り詰めていた心がほどけていった。

布団に潜り込み、腕を伸ばす。
琴葉は自然に寄り添い、胸元に顔を埋めてくる。
その無防備な仕草が、とても愛おしかった。

「……困りましたね。本当に」

髪に指を通しながら、ほとんど独り言のように呟く。
抑えてきたはずの想いが、静かに、けれど確実に形を持ちはじめているのを、自分でも否定できなかった。

望みすぎてはいけないと、何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに。
それでも――この温もりを、手放したいとは思えない。

安らかな寝息が規則正しく重なり、静かな部屋を満たしていく。
その小さな存在を抱き寄せたまま、奏一はゆっくりと瞼を閉じた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~

ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」  中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。  そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。  両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。 手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。 「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」  可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。 16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。  13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。 「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」 癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~

ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。 それが十年続いた。 だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。 そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。 好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。 ツッコミどころ満載の5話完結です。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

バケモノ貴公子は傷を負った令嬢を寵愛する

冬野 海
恋愛
命をかけて救った王女は婚約者になった。 だが第一騎士団長である彼は、「バケモノ」と罵られている。 事件を境に、彼は下弦の月の仮面を被る。 そんな彼の前に現れたのは、仮面の下の「バケモノ」を見ても恐れない少女だった。 冷静、冷徹だけど、不器用な仮面の騎士と、不思議な魅力を持ちながら、消えない傷を抱える少女の深い恋の物語。 ——この素顔は君だけのもの この刻印はあなただけのもの—— 初めまして。本作品に目を留めていただき、ありがとうございます。 1月5日から【6時・21時】に公開予定です。 1日に2話ずつ更新します。短いお話の回は、3話になることもあります。 ぜひ、近況ボードにもお立ち寄りください。 もしお気づきの点がありましたら、優しくご指摘いただけると嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...