病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第54話・迷う気持ちの、真ん中で

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12月上旬のある日ー。
SNSで見かけた話題のドーナツ専門店。
平日の昼下がり、ようやくその店の前に立った。

人気店だと聞いて身構えていたけれど、店内は思ったより静かだった。
ガラス越しに覗くショーケースには、色とりどりのドーナツが整然と並んでいる。
外まで漂ってくる甘い香りに、胸がきゅっと高鳴った。

「わぁ……」

思わず小さく声が漏れる。
少し前から気になっていたお店に、いま本当に来ている――
それだけで、胸の奥がふわふわと浮き立った。

自動ドアが開くと、甘い匂いがふわりと全身を包み込む。
カラフルなグレーズ、粉砂糖をまとったもの、たっぷりのクリームがのぞくもの……。
どれも宝石みたいに輝いていて、目が離せない。

気づけば足が止まり、ショーケースの前にぴたりと立ち尽くしていた。

「……全部、美味しそう……」

視線が次から次へと移っていく。
頭の中では「これも食べたい」「あれも気になる」と声が重なり、収拾がつかない。

「うぅ……どうしよう……」

つい、小さな声が漏れる。

頭の中で「これ」と決めても、次の瞬間には別のドーナツが目に入る。
一度決めたはずなのに、すぐに心が揺れてしまう。

どれも食べたい。でも、ひとつしか選べない。

急かされているわけでもないのに、妙に焦ってしまう。
ふと、隣に立つ奏一の存在を意識して、ちらりと見上げる。
落ち着いた横顔はいつも通りで、急かす様子もなく、静かに待ってくれていた。

――決められない自分に、内心呆れているんじゃないだろうか。

そんな不安が胸をよぎったけれど、彼の穏やかな表情を見て、少しだけ息をつく。

「……一つだけなんて、選べない……」

こぼれた本音は、子どもみたいで恥ずかしい。
でも、本当にそう思ってしまったのだから仕方がない。

どうしても決めきれずにいると、隣から落ち着いた声が降ってきた。

「そこまで迷うのなら、店内で一つ食べて、残りは持ち帰りましょう」

「……っ! いいの!?」

思わず声が大きくなってしまった。
顔がぱっと明るくなるのが、自分でもわかる。

「ふふ……そんなに嬉しそうにしなくても」

奏一の声はいつもと同じ穏やかさなのに、頬がじんわり熱くなる。

――優柔不断だと呆れられるんじゃないかって、不安だったのに。
こんなふうに提案してくれるなんて。

「……そうちゃん、ありがとう」

小さくそう言うと、胸の奥がじんわり温かくなった。

再びショーケースに目を向けると、さっきまで苦しかった悩みが、今は宝探しみたいに楽しい。
どれを食べよう、どれを持ち帰ろう。
――自然と、目が輝いていた。


食べる用に選んだのはカスタードクリームのドーナツ。
ふわふわの生地からとろけるクリームがのぞいていて、見ているだけで心が躍る。
隣にはカフェラテと、奏一のホットコーヒー。
立ち上る湯気に包まれて、心まで温かくなった。

本当なら、ひとつ丸ごと食べてしまいたい。
ずっと我慢してきた分、誰にも止められずに好きなだけ。

――でも。

ナイフを取り、真ん中にすっと入れる。
カスタードがとろりと溢れ、二つに分かれた。

「糖分は摂り過ぎないように」

いつか奏一に言われたその言葉が、自然と胸の中によみがえる。
これまでなら、反発して聞き流していたはずだ。
自由に生きたい、制限なんて嫌だ――そう思っていた。

けれど今は、自分から守りたいと思えた。
心臓に負担をかけたくない。
また倒れて、彼を心配させたくない。

――そうちゃんと一緒に過ごす時間を、もっと先まで続けたいから。

「そうちゃん、どうぞ」

差し出した半分を、奏一が穏やかに受け取る。

「ありがとうございます」

その何気ないやり取りが、胸の奥をまたじんわり温かくした。

一口かじると、ふわふわの生地に濃厚なカスタードが広がって――思わず笑みがこぼれる。

「……おいしい」

素直にそう言うと、奏一がわずかに目を細める。
その表情を見ただけで、もっと嬉しくなった。

――やっぱり全部食べたい気持ちはある。

でも、こうして半分こにした方がずっと美味しい。

それはきっと、自分で選んだことと、一緒に食べていることの、両方があるからだ。
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