病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第53話・帰る場所に、あなたがいる

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静かな夜が、すっかり日常になった頃ー。
夜の支度を終えると、ふたり並んで寝室へ向かう。
同じタイミングで歯を磨いて、同じ足音で廊下を歩く。

――こんなこと、ほんの少し前までは考えられなかった。

扉を開けるなり、琴葉は迷いもなく奏一のベッドへ向かう。
枕を抱えてやって来た、あの日以来。
自分の部屋で寝る、という発想はいつの間にか消えていた。

「……そうちゃん、早く」

布団を少しめくりながら振り返る。
当然のような仕草に、胸の奥があたたかく満たされる。

「ええ」

いつもの落ち着いた声が返ってきて、隣に並ぶ気配がする。
琴葉は布団の端を指先で引き、彼を自分の方へ寄せた。

「やっぱり、そうちゃんの隣がいい」

囁いた瞬間、恥ずかしさが遅れて込み上げ、頬が熱くなる。
けれど、もう引き下がらなかった。

――恋人だから。
こうして甘えてもいい。

頭を撫でられ、心臓が跳ねる。

「……私も同じです」

低い声が静かに落ちてきて、胸の奥がくすぐったくなった。

静かな寝室に、ふたりの呼吸が重なっていく。
あたたかくて、心地よくて、このまま眠れそう――そう思った、その矢先。

頬に添えられた手に導かれ、唇にやわらかな感触が触れた。

「……っ!」

驚いたように琴葉の目が見開かれる。
ほんの一瞬の触れ合いだったのに、布団の中で彼女の体が小さく震えるのが伝わった。

顔が一気に熱くなり、視線を逸らして布団に潜り込む。

「……おやすみなさい、琴葉さん」

さらりとした声。
奏一にとってはいつもの挨拶でも、琴葉には心臓が追いつかない。

「……っ、おやすみ……」

か細い声しか返せない。
耳まで赤くなっているのを自覚して、余計に隠れたくなる。
それでも、繋いだ手をぎゅっと握り返してしまうのは、どうしようもなかった。

――あの日、枕を抱えてここへ来た少女が、
今は当然のように隣で眠ろうとしている。

その変化が、奏一にはただ嬉しくてたまらなかった。

こうして一緒に眠ることは、あの夜を境に、ふたりにとって自然な習慣になっていった。
どんな日も、夜になれば同じ布団に入り、互いの温もりを確かめ合う。

それはもう、なくてはならない当たり前になっていた。

***

けれど、その夜は少しだけ違っていた。

手術が長引き、奏一が帰宅したのは日付をとうに回ってから。
玄関の鍵を回した瞬間、静まり返った家の空気が全身を包み込む。

ようやく今日が終わったのだと、胸の奥で小さく息をついた。

寝室の扉をそっと開けると、そこには見慣れた光景があった。
自分のベッドの真ん中で、琴葉が小さく丸まって眠っている。

頬はうっすら赤く、安らかな寝息が部屋の静けさに溶け込んでいた。

「……私の寝場所は、なさそうですね」

誰にともなく小さく呟き、思わず笑みがこぼれる。
不思議と、嫌な気持ちはひとかけらもない。

静かに近づき、布団の端をめくる。
その気配に反応したのか、琴葉が寝ぼけたまま身じろぎし、手を伸ばしてきた。

小さな指先が、奏一の手を探すように触れる。

「……そうちゃん?」

掠れた声。
半分夢の中にいながら、それでも確かに自分を呼んでいた。

「遅くなりました。……もう寝ていてもいい時間ですよ」

指を取ると、彼女は安心したようにふっと笑みを浮かべ、そのまま瞼を閉じた。

――待っていてくれたのか。

胸の奥が、じんわりと熱くなる。
自分を求め、ここで眠っていてくれる存在がいる。

それだけで、手術で張り詰めていた心がほどけていった。

布団に潜り込み、腕を伸ばす。
琴葉は自然に寄り添い、胸元に顔を埋めてくる。
その無防備な仕草が、とても愛おしかった。

「……困りましたね。本当に」

髪に指を通しながら、ほとんど独り言のように呟く。
抑えてきたはずの想いが、静かに、けれど確実に形を持ちはじめているのを、自分でも否定できなかった。

望みすぎてはいけないと、何度も自分に言い聞かせてきたはずなのに。
それでも――この温もりを、手放したいとは思えない。

安らかな寝息が規則正しく重なり、静かな部屋を満たしていく。
その小さな存在を抱き寄せたまま、奏一はゆっくりと瞼を閉じた。
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