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第64話・息が重なる、その瞬間
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そして、大晦日の朝。
カーテンの隙間から差し込む冬の光は、白く柔らかかった。
窓の外では、木々の枝にうっすらと霜が降りている。
ふと、母と話したときのことを思い出す。
あのあと、胸の奥に溜まっていたもやが、少しだけほどけた。
すべてが解決したわけじゃない。
けれど、気持ちに名前をつけてもらえただけで、心はずいぶん軽くなっていた。
そのおかげか、昨夜は久しぶりに深く眠れた。
鏡に映る今朝の自分の顔も、どこか穏やかに見える。
(今日、会える……)
胸の奥でその言葉をそっと繰り返しながら、琴葉はゆっくりと階段を降りた。
ダイニングには、味噌汁と焼き魚の香ばしい匂いが漂っている。
テーブルの向こうでは、父が新聞を広げ、母が湯気の立つお味噌汁をよそっていた。
「おはよう。ママ、パパ」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。ぐっすり」
椅子に腰を下ろすと、母がにこやかに湯飲みを差し出してくれる。
「遠野先生は、何時頃お迎えに来るの?」
その声に、箸を持つ手が少しだけ止まる。
「……お昼頃って聞いてる」
「そう。じゃあ午前中はゆっくりできるわね」
母はそれ以上踏み込まず、
「ほら、冷めないうちに食べなさい」と優しく促した。
父も新聞越しに顔を上げて、
「久しぶりに、顔色がいいな」と言う。
琴葉は照れくさそうに、小さく笑った。
(ちゃんと食べて、ちゃんと笑って。そうちゃんに“元気な顔”を見せよう)
母の言葉を思い出しながら、琴葉は湯気越しの朝を静かに見つめた。
食後、部屋に戻ってクローゼットを開ける。
取り出したのは、少し前に真奈と綾花と一緒に買った──赤いニットと黒のフリルスカートだった。
(これ、まだ着てなかったんだよね)
鏡の前でそっと合わせてみる。
鮮やかな赤が、頬の色を明るく映してくれる。
胸元には小さなパールの飾り。
いつもより少しだけ背伸びしたデザインに、心臓がどきりと跳ねた。
初めて、奏一に見せる服。
それだけで胸の奥がじんと熱くなる。
メイクはいつも通り、ナチュラルに。
頬に薄くチークをのせて、新しく買ったピンクベージュのリップをひと塗り。
けれど、髪をどうするかで手が止まった。
(このままで……いいかな)
そう自分に言い聞かせるように鏡を見つめていたとき、
控えめなノックの音がした。
「琴葉、入ってもいい?」
「うん」
母がそっと扉を開け、琴葉の姿を見ると、ふっと目を細める。
「まあ……可愛いじゃない」
「えっ、そうかな……」
「そうよ。せっかくだから、髪も少し整えましょうか」
母はそう言って、ドレッサーの前に座る琴葉の髪を指先ですくい取る。
肩につく長さの髪をサイドで編み込み、ふんわりと巻いていく。
その慣れた手つきに、幼いころ髪を結ってもらった記憶が重なった。
「どう?」
鏡越しに視線を合わせる。
そこに映る自分は、いつもより柔らかくて、
思っていたよりずっと、可愛くまとまっていた。
「……すごく、可愛い」
思わずこぼすと、母が満足そうに笑う。
「よかったわ。せっかくの年の瀬だもの。
可愛い顔で、会いたい人に会いなさい」
その言葉に、琴葉の胸がきゅっと締めつけられる。
頬を染めながら小さく頷いた。
(そうちゃん、びっくりするかな……)
鏡の中で、赤いニットの少女が、そっと微笑んだ。
そして、お昼前。
玄関のチャイムが鳴る。
(もしかして──)
鼓動が一気に速くなる。
けれど、走ってはいけないとわかっている。
胸に手を当て、深呼吸をひとつ。
それでも足は自然と早まり、琴葉は息を整えながら玄関へ向かう。
扉を開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
その先に、見慣れた背の高い姿があった。
門の前でコートの襟を整え、白い息を吐く奏一。
「……そう、ちゃん」
小さく呼んだ声は、わずかに震えていた。
抑えていた感情が一気に溢れ、琴葉は数歩だけ近づくと、息を整えながらその胸に身を寄せる。
「……会いたかった……」
奏一の体は冷えているのに、その腕はいつも通りあたたかく、そっと背中を包み込んでくれた。
「……よく、頑張りましたね」
低く落ち着いた声が、頭上から降りてくる。
その響きに、張りつめていた心がゆっくりほどけていく。
「もう、大丈夫ですよ。迎えに来ましたから」
胸に顔をうずめたまま、琴葉は小さく頷いた。
「……うん……」
冷たい空気の中で、ようやく重なった鼓動の音に、涙がこぼれそうになる。
(やっと、会えた……)
言葉の代わりに、
抱きしめる腕の力が、静かに、でも確かに強くなった。
カーテンの隙間から差し込む冬の光は、白く柔らかかった。
窓の外では、木々の枝にうっすらと霜が降りている。
ふと、母と話したときのことを思い出す。
あのあと、胸の奥に溜まっていたもやが、少しだけほどけた。
すべてが解決したわけじゃない。
けれど、気持ちに名前をつけてもらえただけで、心はずいぶん軽くなっていた。
そのおかげか、昨夜は久しぶりに深く眠れた。
鏡に映る今朝の自分の顔も、どこか穏やかに見える。
(今日、会える……)
胸の奥でその言葉をそっと繰り返しながら、琴葉はゆっくりと階段を降りた。
ダイニングには、味噌汁と焼き魚の香ばしい匂いが漂っている。
テーブルの向こうでは、父が新聞を広げ、母が湯気の立つお味噌汁をよそっていた。
「おはよう。ママ、パパ」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。ぐっすり」
椅子に腰を下ろすと、母がにこやかに湯飲みを差し出してくれる。
「遠野先生は、何時頃お迎えに来るの?」
その声に、箸を持つ手が少しだけ止まる。
「……お昼頃って聞いてる」
「そう。じゃあ午前中はゆっくりできるわね」
母はそれ以上踏み込まず、
「ほら、冷めないうちに食べなさい」と優しく促した。
父も新聞越しに顔を上げて、
「久しぶりに、顔色がいいな」と言う。
琴葉は照れくさそうに、小さく笑った。
(ちゃんと食べて、ちゃんと笑って。そうちゃんに“元気な顔”を見せよう)
母の言葉を思い出しながら、琴葉は湯気越しの朝を静かに見つめた。
食後、部屋に戻ってクローゼットを開ける。
取り出したのは、少し前に真奈と綾花と一緒に買った──赤いニットと黒のフリルスカートだった。
(これ、まだ着てなかったんだよね)
鏡の前でそっと合わせてみる。
鮮やかな赤が、頬の色を明るく映してくれる。
胸元には小さなパールの飾り。
いつもより少しだけ背伸びしたデザインに、心臓がどきりと跳ねた。
初めて、奏一に見せる服。
それだけで胸の奥がじんと熱くなる。
メイクはいつも通り、ナチュラルに。
頬に薄くチークをのせて、新しく買ったピンクベージュのリップをひと塗り。
けれど、髪をどうするかで手が止まった。
(このままで……いいかな)
そう自分に言い聞かせるように鏡を見つめていたとき、
控えめなノックの音がした。
「琴葉、入ってもいい?」
「うん」
母がそっと扉を開け、琴葉の姿を見ると、ふっと目を細める。
「まあ……可愛いじゃない」
「えっ、そうかな……」
「そうよ。せっかくだから、髪も少し整えましょうか」
母はそう言って、ドレッサーの前に座る琴葉の髪を指先ですくい取る。
肩につく長さの髪をサイドで編み込み、ふんわりと巻いていく。
その慣れた手つきに、幼いころ髪を結ってもらった記憶が重なった。
「どう?」
鏡越しに視線を合わせる。
そこに映る自分は、いつもより柔らかくて、
思っていたよりずっと、可愛くまとまっていた。
「……すごく、可愛い」
思わずこぼすと、母が満足そうに笑う。
「よかったわ。せっかくの年の瀬だもの。
可愛い顔で、会いたい人に会いなさい」
その言葉に、琴葉の胸がきゅっと締めつけられる。
頬を染めながら小さく頷いた。
(そうちゃん、びっくりするかな……)
鏡の中で、赤いニットの少女が、そっと微笑んだ。
そして、お昼前。
玄関のチャイムが鳴る。
(もしかして──)
鼓動が一気に速くなる。
けれど、走ってはいけないとわかっている。
胸に手を当て、深呼吸をひとつ。
それでも足は自然と早まり、琴葉は息を整えながら玄関へ向かう。
扉を開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。
その先に、見慣れた背の高い姿があった。
門の前でコートの襟を整え、白い息を吐く奏一。
「……そう、ちゃん」
小さく呼んだ声は、わずかに震えていた。
抑えていた感情が一気に溢れ、琴葉は数歩だけ近づくと、息を整えながらその胸に身を寄せる。
「……会いたかった……」
奏一の体は冷えているのに、その腕はいつも通りあたたかく、そっと背中を包み込んでくれた。
「……よく、頑張りましたね」
低く落ち着いた声が、頭上から降りてくる。
その響きに、張りつめていた心がゆっくりほどけていく。
「もう、大丈夫ですよ。迎えに来ましたから」
胸に顔をうずめたまま、琴葉は小さく頷いた。
「……うん……」
冷たい空気の中で、ようやく重なった鼓動の音に、涙がこぼれそうになる。
(やっと、会えた……)
言葉の代わりに、
抱きしめる腕の力が、静かに、でも確かに強くなった。
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