病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな

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第65話・ぬくもりは、もう離さない

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門の前で、琴葉は奏一の胸に顔を埋めたまま動けなかった。

久しぶりに感じる鼓動と体温。
たった数日離れていただけなのに、こんなにも恋しくて、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

「……そうちゃん…ずっと、会いたかった」

かすれた声が、震えながらこぼれ落ちる。
その言葉に応えるように、奏一の胸元がわずかに湿った。

「……私も、です」

静かな声が、頭上から降りてくる。
髪を撫でる指先は優しく、ゆっくりと梳くようで、琴葉の肩から少しずつ力が抜けていった。

けれど、冬の風は容赦なく2人の間をすり抜ける。
薄手のニットに包まれた琴葉の肩が、わずかに震えた。

その小さな変化を感じ取った奏一は、迷うことなく自分のコートを脱ぎ、そっと彼女の肩にかける。

「……風が冷たい。中に入りましょう」

「……でも、もう少しだけ」

「いけません」

穏やかな口調だったが、その声にははっきりとした意志があった。

「これ以上、外にいたら風邪をひいてしまいます」

その言葉には、恋しさと同時に、“彼女を守る人”としての揺るぎない立場が滲んでいる。

「ご両親にご挨拶をしてから、帰りましょう」

そう言って、コートに包まれた琴葉の肩を導く。

「……うん」

名残惜しそうに見上げながらも、琴葉は静かに頷く。
彼の隣に並ぶその顔には、ようやく笑みが戻っていた。

玄関に戻ると、父と母が待っていた。

「遠野先生、いらしてくださってありがとうございます」

母が言葉をかけ、奏一は深く頭を下げた。

「こちらこそ、いつもお世話になっております。
年の瀬でお忙しいところ、失礼いたします」

「いえいえ。せっかくですし、少しお茶でも」

母の申し出に、奏一は一度琴葉へ視線を向けてから、静かに頷いた。

リビングへ案内されると、母はそっと琴葉の肩から奏一のコートを受け取る。

まだ温もりの残るそれをハンガーにかけ、ふと振り返ったとき――
目に映ったのは、隣に立つ娘の、久しぶりに見る穏やかな笑顔だった。

つい先日まで、あれほど沈んでいた表情が、今は嘘のように柔らいでいる。

(……やっぱり、この子は)

母は小さく息をつき、胸の奥に安堵を落とした。

(先生のそばが、一番安心するのね)

リビングには、温かな照明と静かな空気が満ちている。
向かいのソファに腰を下ろした奏一は、丁寧に一礼してからカップを手に取った。

「お仕事の終わりに、わざわざ迎えに来てくださって……本当にありがとうございます」

母の言葉に、奏一は穏やかに首を横に振った。

「とんでもございません。この数日、私も立て込んでおりまして……
琴葉さんのお顔を見られるのを、ずっと楽しみにしておりました」

「まぁ……」

母が思わず目を丸くする。
その隣で、琴葉は小さく俯いた。
頬が熱を帯び、胸の奥がじんわりと温かくなる。

(……そんなふうに思ってくれてたんだ)

視線を落とすその横で、父がカップを手にしながら穏やかに口を開いた。

「先生には、いつも娘のことでお世話になっておりましてありがとうございます。
家でも、ずいぶん落ち着いた様子でしてね」

「いえ……琴葉さんご自身が、少しずつ前を向いて歩いておられるだけです。
私は、そのお手伝いをしているに過ぎません」

そう言いながら、奏一は琴葉に視線を向ける。
その眼差しは誰よりも優しく、そして確かに、彼女を大切に思っていることを語っていた。

父は小さく頷き、「これからも、どうかよろしくお願いします」と静かに言葉を添える。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

奏一はまっすぐな声でそう答え、深く一礼した。

十数分ほどの短い時間だったが、
その場の空気は穏やかで、柔らかな温もりに包まれていた。

やがて母が時計に目をやり、「そろそろ時間かしら?」と声をかける。

「では、お言葉に甘えてそろそろ失礼いたします」

立ち上がる途中で、琴葉が「荷物を取ってくるね」と自室へ向かう。

数分後。
少し息を弾ませながら戻ってきた琴葉の手から、奏一は自然に鞄を受け取ろうとする。

「私が持ちますよ」

「だいじょうぶ、これくらい──」

そう言いかけたところで、「琴葉さん」と名前を呼ばれ、言葉を飲み込む。

「……ありがとう」

小さく呟いて鞄を渡すと、奏一は彼女の肩に手を添え、コートの前をそっと整えた。

「寒いですから、きちんとボタンを留めて」

「うん……」

その様子を見守っていた母が、やわらかく微笑む。

「気をつけてね。ちゃんとあたたかくして、無理はしないのよ」

「うん、行ってきます」

母の言葉に頷く琴葉。
奏一は両親の方へ向き直り、丁寧に一礼した。

「本年も、大変お世話になりました。
どうぞ良いお年をお迎えください」

「こちらこそ。お世話になりました。先生もお身体にお気をつけて、良いお年をお迎えください」

その言葉に静かに頭を下げ、奏一は琴葉の手を取って家を後にする。

外は薄曇りの冬空。
吐く息は白く、冷たい空気が2人の間を満たす。

それでも、繋がれた手のぬくもりは確かで――
数日ぶりの再会の喜びを、互いの掌で確かめ合うようだった。
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