66 / 69
第66話・ほどけた心は、腕の中で
しおりを挟む
車内ではほとんど言葉を交わさなかった。
久しぶりに隣に座っている――それだけで胸がいっぱいで、何を話したらいいのか分からなかったから。
助手席の窓の外では、冬の光がやわらかく揺れている。
時折、視界の端に映る奏一の横顔。
その穏やかな表情を見るたびに、「本当に会えたんだ」という実感が、静かに胸に広がっていった。
声に出す前に、涙が滲みそうになるのを、そっと瞬きでこらえる。
マンションに着き車を降りると同時に、奏一が自然に琴葉の荷物を受け取る。
「自分で持つ」と言う間もなく、彼の手の中に収まっていた。
「……ありがとう」
小さく呟くと、奏一は静かに微笑む。
「いえ。お迎えが遅くなってしまって、すみません」
エントランスを抜けると、午後の光がガラス越しに差し込んでくる。
白く照らされたその光の中で、ふたりの影がぴたりと寄り添うように伸びていた。
部屋に入り、玄関に荷物を置いた奏一が、振り返って穏やかに声をかけた。
「疲れたでしょう。少し、休みますか」
その一言で、胸の奥に張りつめていたものが、音もなくほどけた。
抑えていた感情が、ゆっくりと溢れ出す。
「……寂しかったの」
ほとんど吐息のような声だった。
「会えなくて……
でも、連絡したら迷惑になるかもしれないって思って。
そうちゃん、きっと忙しいから……」
指先が震えて、顔を上げられなかった。
喉の奥が熱くなり、視界が滲む。
「……本当は、ずっと会いたかった」
その言葉を受け止めるように、奏一が一歩近づき、そっと頬に触れた。
冷えた肌を包むように、優しく。
「……迷惑なはずがありません」
低く、落ち着いた声が、静かな部屋に響く。
「むしろ、私のほうが寂しかったです。――ずっと」
その一言で、張りつめていた糸が切れた。
涙が、堪える間もなくこぼれ落ちる。
「もう……やだ、泣かせないでよ」
かすれた声に、笑いが混じる。
それでも涙は止まらず、気づけば奏一の胸に顔を埋めていた。
「おかえりなさい、琴葉さん」
「……ただいま」
心臓の鼓動が重なり合う。
言葉にしなくても、互いの想いが静かに伝わっていく。
しばらくのあいだ、ふたりは何も言わずに抱き合っていた。
奏一の腕の中で顔を上げた琴葉は、目元が少し赤く、頬にはうっすら涙の跡が残っている。
それでも、その表情はどこか眩しく見えた。
赤いニットの柔らかな生地が、頬の熱を引き立てる。
黒のフリルスカートが揺れ、タイツが控えめな艶を映していた。
そして、何より目を引いたのは――髪だった。
サイドで編み込み、全体をふんわりと巻いている。
いつもより少しだけ華やかで、やわらかな光をまとったように見えた。
「……琴葉さん」
呼びかける声は、驚くほど優しい。
「すごく、可愛いです」
「えっ……」
琴葉の頬が一瞬で赤く染まる。
「そんな……泣いちゃって、ぐしゃぐしゃなのに」
「泣いていても、です」
奏一の声は、微笑を含んでいた。
「髪も……とても、素敵ですね」
「ママがやってくれたの」
「そうでしたか」
一瞬、沈黙。
そして――彼女の小さく揺れる睫毛を見て、
ふと気づく。
「……もしかして、私のために?」
その問いに、琴葉は小さく肩を震わせ、うつむいたまま頷いた。
「……うん。そうちゃんに、可愛いって思ってもらいたくて」
かすれた声。
けれどその言葉には、まっすぐな想いが滲んでいた。
奏一の胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
愛しさと、嬉しさと、切なさが重なって、言葉が詰まった。
「……ちゃんと、思いましたよ」
「……え?」
「可愛いです。いつもより、もっと」
その穏やかな言葉に、琴葉の瞳が再び潤む。
「そうちゃん……ずるい。そんなこと言われたら……」
言い終える前に、涙がこぼれた。
けれど、今度は幸せの涙だった。
奏一はその涙を指で拭い、そのまま額に唇を落とす。
「泣いてもいいですよ。……泣き顔も、可愛いですから」
琴葉は小さく笑い、再び彼の胸に顔を埋めた。
「そうちゃん……だいすき……」
「ええ。私も、愛しています」
窓から差し込む冬の光が、ふたりの影を静かに寄り添わせる。
寂しさも、涙も――すべてが「会いたかった」という想いの証のようだった。
久しぶりに隣に座っている――それだけで胸がいっぱいで、何を話したらいいのか分からなかったから。
助手席の窓の外では、冬の光がやわらかく揺れている。
時折、視界の端に映る奏一の横顔。
その穏やかな表情を見るたびに、「本当に会えたんだ」という実感が、静かに胸に広がっていった。
声に出す前に、涙が滲みそうになるのを、そっと瞬きでこらえる。
マンションに着き車を降りると同時に、奏一が自然に琴葉の荷物を受け取る。
「自分で持つ」と言う間もなく、彼の手の中に収まっていた。
「……ありがとう」
小さく呟くと、奏一は静かに微笑む。
「いえ。お迎えが遅くなってしまって、すみません」
エントランスを抜けると、午後の光がガラス越しに差し込んでくる。
白く照らされたその光の中で、ふたりの影がぴたりと寄り添うように伸びていた。
部屋に入り、玄関に荷物を置いた奏一が、振り返って穏やかに声をかけた。
「疲れたでしょう。少し、休みますか」
その一言で、胸の奥に張りつめていたものが、音もなくほどけた。
抑えていた感情が、ゆっくりと溢れ出す。
「……寂しかったの」
ほとんど吐息のような声だった。
「会えなくて……
でも、連絡したら迷惑になるかもしれないって思って。
そうちゃん、きっと忙しいから……」
指先が震えて、顔を上げられなかった。
喉の奥が熱くなり、視界が滲む。
「……本当は、ずっと会いたかった」
その言葉を受け止めるように、奏一が一歩近づき、そっと頬に触れた。
冷えた肌を包むように、優しく。
「……迷惑なはずがありません」
低く、落ち着いた声が、静かな部屋に響く。
「むしろ、私のほうが寂しかったです。――ずっと」
その一言で、張りつめていた糸が切れた。
涙が、堪える間もなくこぼれ落ちる。
「もう……やだ、泣かせないでよ」
かすれた声に、笑いが混じる。
それでも涙は止まらず、気づけば奏一の胸に顔を埋めていた。
「おかえりなさい、琴葉さん」
「……ただいま」
心臓の鼓動が重なり合う。
言葉にしなくても、互いの想いが静かに伝わっていく。
しばらくのあいだ、ふたりは何も言わずに抱き合っていた。
奏一の腕の中で顔を上げた琴葉は、目元が少し赤く、頬にはうっすら涙の跡が残っている。
それでも、その表情はどこか眩しく見えた。
赤いニットの柔らかな生地が、頬の熱を引き立てる。
黒のフリルスカートが揺れ、タイツが控えめな艶を映していた。
そして、何より目を引いたのは――髪だった。
サイドで編み込み、全体をふんわりと巻いている。
いつもより少しだけ華やかで、やわらかな光をまとったように見えた。
「……琴葉さん」
呼びかける声は、驚くほど優しい。
「すごく、可愛いです」
「えっ……」
琴葉の頬が一瞬で赤く染まる。
「そんな……泣いちゃって、ぐしゃぐしゃなのに」
「泣いていても、です」
奏一の声は、微笑を含んでいた。
「髪も……とても、素敵ですね」
「ママがやってくれたの」
「そうでしたか」
一瞬、沈黙。
そして――彼女の小さく揺れる睫毛を見て、
ふと気づく。
「……もしかして、私のために?」
その問いに、琴葉は小さく肩を震わせ、うつむいたまま頷いた。
「……うん。そうちゃんに、可愛いって思ってもらいたくて」
かすれた声。
けれどその言葉には、まっすぐな想いが滲んでいた。
奏一の胸の奥が、きゅっと締めつけられる。
愛しさと、嬉しさと、切なさが重なって、言葉が詰まった。
「……ちゃんと、思いましたよ」
「……え?」
「可愛いです。いつもより、もっと」
その穏やかな言葉に、琴葉の瞳が再び潤む。
「そうちゃん……ずるい。そんなこと言われたら……」
言い終える前に、涙がこぼれた。
けれど、今度は幸せの涙だった。
奏一はその涙を指で拭い、そのまま額に唇を落とす。
「泣いてもいいですよ。……泣き顔も、可愛いですから」
琴葉は小さく笑い、再び彼の胸に顔を埋めた。
「そうちゃん……だいすき……」
「ええ。私も、愛しています」
窓から差し込む冬の光が、ふたりの影を静かに寄り添わせる。
寂しさも、涙も――すべてが「会いたかった」という想いの証のようだった。
42
あなたにおすすめの小説
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています
白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。
呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。
初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。
「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!
婚活に疲れたアラサーOLの私、癒やし的存在の弟分(高校生)に「もう待てない」と外堀を埋められています ~10年分の執着は、甘すぎて重すぎる~
ダルい
恋愛
「29歳? 子供産むならもっと若い子がよかったな」
中堅企業で働く早川結衣(29)は、婚活市場における年齢の壁と、デリカシーのない男たちにすり減らされる日々を送っていた。
そんな結衣の唯一の癒やしは、マンションの隣に住む幼馴染の高校生・瀬戸湊(16)。
両親が共働きの彼に代わって、幼い頃はお世話をしてあげていた……はずが、いつの間にか立場は逆転。
手料理を振る舞われ、愚痴を聞かれ、マッサージまでされる始末。「湊がお嫁さんならいいのに」なんて冗談を言っていたけれど。
「今の結衣姉が一番綺麗だよ。……早く、誰も手出しできない『おばさん』になってくれればいいのに」
可愛い弟分だと思っていた彼が、時折見せる『オス』の顔。
16歳の高校生と、もうすぐ30歳のアラサー。
13歳差の常識と理性に抗いながら、生意気な年下男子に外堀を埋められていく、甘くて重い現状維持(ラブストーリー)。
「俺が大人になるまで、誰とも結婚しないで」
癒やされたいすべての女性に贈る、最強の年下幼馴染による溺愛包囲網、開始。
先生
藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。
町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。
ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。
だけど薫は恋愛初心者。
どうすればいいのかわからなくて……
※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)
初恋に見切りをつけたら「氷の騎士」が手ぐすね引いて待っていた~それは非常に重い愛でした~
ひとみん
恋愛
メイリフローラは初恋の相手ユアンが大好きだ。振り向いてほしくて会う度求婚するも、困った様にほほ笑まれ受け入れてもらえない。
それが十年続いた。
だから成人した事を機に勝負に出たが惨敗。そして彼女は初恋を捨てた。今までたった 一人しか見ていなかった視野を広げようと。
そう思っていたのに、巷で「氷の騎士」と言われているレイモンドと出会う。
好きな人を追いかけるだけだった令嬢が、両手いっぱいに重い愛を抱えた令息にあっという間に捕まってしまう、そんなお話です。
ツッコミどころ満載の5話完結です。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
バケモノ貴公子は傷を負った令嬢を寵愛する
冬野 海
恋愛
命をかけて救った王女は婚約者になった。
だが第一騎士団長である彼は、「バケモノ」と罵られている。
事件を境に、彼は下弦の月の仮面を被る。
そんな彼の前に現れたのは、仮面の下の「バケモノ」を見ても恐れない少女だった。
冷静、冷徹だけど、不器用な仮面の騎士と、不思議な魅力を持ちながら、消えない傷を抱える少女の深い恋の物語。
——この素顔は君だけのもの
この刻印はあなただけのもの——
初めまして。本作品に目を留めていただき、ありがとうございます。
1月5日から【6時・21時】に公開予定です。
1日に2話ずつ更新します。短いお話の回は、3話になることもあります。
ぜひ、近況ボードにもお立ち寄りください。
もしお気づきの点がありましたら、優しくご指摘いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる