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番外編・この腕に、命を抱いて ②
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痛みは、予告なしにやってくる。
はじめは、強めの生理痛のような鈍い痛み。
でも、それは次第に間隔を縮めながら、鋭く、重く、全身を蝕むものへと変わっていく。
「……っ、う……く……」
眉をひそめて呼吸を整えるが、波が来るたびに、理性ごと押し流されそうになる。
「大丈夫。澪、深呼吸。……吸って、吐いて」
隣で崇雅の声が聞こえる。
ベッドの傍らに椅子を置き、ずっと手を握ってくれている。
「ごめん、なさい……痛い……無理…」
息も絶え絶えに漏らすと、崇雅がすぐに澪の額をそっと撫でた。
「……ちゃんと乗り越えられる。俺はここにいるから」
その言葉も、手のぬくもりも、あまりに優しくて、逆に泣きたくなる。
(だめだ……まだ、まだ産まれないのに)
「子宮口は、まだ3センチですね」
助産師の声が、どこか遠くに聞こえた。
10センチ開かなければ、産めない――
それは知識としてわかっていたけれど、その「あと7センチ」の距離がどれだけ遠いか、思い知らされる。
(3センチで……この痛み?)
また次の波が来る。
「っ――く、あ、あぁ……っ!!」
痛みで背中が反る。
呼吸が乱れる。
どこに力を入れていいのかもわからない。
「はい、結城さん、肩の力抜いて。腰をさすりますね」
背中に助産師の手が当たり、優しく円を描くように撫でられる。
けれど、焼けつくような痛みの前では、その温もりさえかすんでしまう。
(逃げたい……こんなに痛いなんて………)
(もう無理……崇雅さん……)
無意識に握った崇雅の手に、爪が食い込んでいる。
それでも彼は一言も文句を言わず、しっかりと手を返してくれる。
「……澪」
やわらかな声。
呼吸を合わせるように、ゆっくりと名前を呼ばれる。
「……大丈夫だ。ずっと、そばにいる」
目の奥が熱くなる。
涙は痛みでこぼれるのか、安心からなのか、もうわからなかった。
(――もう少し……)
まだ産まれない。
けれど、産みたい。
この手で、この体で。
痛みに耐えるだけの時間じゃない。
ひとつの命を、ふたりで迎えるための時間。
だから――がんばれる。
(赤ちゃん……もうすぐ会えるからね)
そう心で呼びかけた瞬間、また波が襲ってきた。
「う、ぐっ……っ!」
背中を丸め、歯を食いしばる。
崇雅の手を強く握り返しながら、澪はその波にひたすら耐え続けた。
――それが、「始まり」の時間だった。
それから、どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。
時計を見ればまだ深夜には届いていないが、陣痛に耐える一分一秒は、果てしなく長く感じられた。
「……はぁ、はぁ……っ」
呼吸が浅くなっていく。
整えようにも、体がついてこない。
ただ、痛みがくるたびに全身が緊張し、張りつめて、終わったあとは全身が汗ばみ、ぐったりとする。
その繰り返し。
崇雅がタオルで澪の額をぬぐう。
変わらず、ずっと優しい手。
「少しずつ進んでいますよ、結城さん」
助産師の声がかかる。
「子宮口、6センチです。このまま順調にいけば、朝までにはお産になりますよ」
(……6……あと4……)
数で表されるその「差」は、現実味のあるようで、途方もなく遠いようにも感じられた。
「朝……」
ぽつりと漏らした次の瞬間、また波が押し寄せた。
「っ……ぁ、っ、く、ぅぅぅ……!」
腰から腹にかけて、うねるような激痛。
骨盤が軋むような感覚に、奥から押し広げられるような違和感。
自分の体なのに、もうコントロールが利かない。
(でも、逃げられない…)
(あと少し……あと少しだから……)
「澪、力を抜いて。深く呼吸しよう」
耳元で崇雅が囁く。
「吸って……吐いて。俺がいる。大丈夫」
その声にすがるように、澪は息を吸った。
そして、痛みによる緊張を少しずつ吐き出すように。
陣痛の波がひいていく。
また、短い静けさが訪れた。
(少し、休みたい……)
けれど、眠る暇もない。
波が引いたと思えば、また次の波がすぐにやってくる。
身体は疲れ果てているのに、眠る余裕すら与えてくれない。
(でも、赤ちゃんもがんばってるんだよね……)
ずっと、澪の中で頑張っている小さな命。
その子が、今まさに外の世界に出ようとしている。
(わたしも、頑張らなきゃ……)
「澪」
名前を呼ばれて、かすかに顔を向けると、崇雅がペットボトルを差し出していた。
「水、少しだけでも飲めそうか?」
「……うん」
ストローをくわえ、ぬるくなった水が喉をすべる。
それでも、涙が出るほどありがたかった。
「……ありがとう、崇雅さん」
「俺は何もしてないよ」
「ううん……ずっとそばにいてくれてる」
そう、たったそれだけが、いまの澪にはどれほど心強いか。
痛みに耐える孤独を、崇雅の存在が埋めてくれていた。
「あと……もうちょっと、だよね……?」
「もうすぐだ。ちゃんと、ふたりで迎えよう。――この子を」
そう言って、そっと澪の手に触れた。
また、陣痛の波がやってくる。
でも、今度は少し違う。
「う、ぅ……っ……は……っ、くる……!」
「結城さん、大丈夫ですか? 痛みの感覚、変わってきましたか?」
助産師がすぐに駆け寄ってくる。
「確認しますね――」
澪が力なく頷くと、手早く診察が行われた。
「……8センチです。この調子なら、あと一息ですよ」
あと2センチ。
その数字が、ようやく現実味を持って感じられた。
(産める……産めるんだ、わたし)
崇雅の手を、強く握る。
そしてその手のぬくもりを感じながら、澪は次の波に、覚悟を決めて、全身で向かっていった。
はじめは、強めの生理痛のような鈍い痛み。
でも、それは次第に間隔を縮めながら、鋭く、重く、全身を蝕むものへと変わっていく。
「……っ、う……く……」
眉をひそめて呼吸を整えるが、波が来るたびに、理性ごと押し流されそうになる。
「大丈夫。澪、深呼吸。……吸って、吐いて」
隣で崇雅の声が聞こえる。
ベッドの傍らに椅子を置き、ずっと手を握ってくれている。
「ごめん、なさい……痛い……無理…」
息も絶え絶えに漏らすと、崇雅がすぐに澪の額をそっと撫でた。
「……ちゃんと乗り越えられる。俺はここにいるから」
その言葉も、手のぬくもりも、あまりに優しくて、逆に泣きたくなる。
(だめだ……まだ、まだ産まれないのに)
「子宮口は、まだ3センチですね」
助産師の声が、どこか遠くに聞こえた。
10センチ開かなければ、産めない――
それは知識としてわかっていたけれど、その「あと7センチ」の距離がどれだけ遠いか、思い知らされる。
(3センチで……この痛み?)
また次の波が来る。
「っ――く、あ、あぁ……っ!!」
痛みで背中が反る。
呼吸が乱れる。
どこに力を入れていいのかもわからない。
「はい、結城さん、肩の力抜いて。腰をさすりますね」
背中に助産師の手が当たり、優しく円を描くように撫でられる。
けれど、焼けつくような痛みの前では、その温もりさえかすんでしまう。
(逃げたい……こんなに痛いなんて………)
(もう無理……崇雅さん……)
無意識に握った崇雅の手に、爪が食い込んでいる。
それでも彼は一言も文句を言わず、しっかりと手を返してくれる。
「……澪」
やわらかな声。
呼吸を合わせるように、ゆっくりと名前を呼ばれる。
「……大丈夫だ。ずっと、そばにいる」
目の奥が熱くなる。
涙は痛みでこぼれるのか、安心からなのか、もうわからなかった。
(――もう少し……)
まだ産まれない。
けれど、産みたい。
この手で、この体で。
痛みに耐えるだけの時間じゃない。
ひとつの命を、ふたりで迎えるための時間。
だから――がんばれる。
(赤ちゃん……もうすぐ会えるからね)
そう心で呼びかけた瞬間、また波が襲ってきた。
「う、ぐっ……っ!」
背中を丸め、歯を食いしばる。
崇雅の手を強く握り返しながら、澪はその波にひたすら耐え続けた。
――それが、「始まり」の時間だった。
それから、どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。
時計を見ればまだ深夜には届いていないが、陣痛に耐える一分一秒は、果てしなく長く感じられた。
「……はぁ、はぁ……っ」
呼吸が浅くなっていく。
整えようにも、体がついてこない。
ただ、痛みがくるたびに全身が緊張し、張りつめて、終わったあとは全身が汗ばみ、ぐったりとする。
その繰り返し。
崇雅がタオルで澪の額をぬぐう。
変わらず、ずっと優しい手。
「少しずつ進んでいますよ、結城さん」
助産師の声がかかる。
「子宮口、6センチです。このまま順調にいけば、朝までにはお産になりますよ」
(……6……あと4……)
数で表されるその「差」は、現実味のあるようで、途方もなく遠いようにも感じられた。
「朝……」
ぽつりと漏らした次の瞬間、また波が押し寄せた。
「っ……ぁ、っ、く、ぅぅぅ……!」
腰から腹にかけて、うねるような激痛。
骨盤が軋むような感覚に、奥から押し広げられるような違和感。
自分の体なのに、もうコントロールが利かない。
(でも、逃げられない…)
(あと少し……あと少しだから……)
「澪、力を抜いて。深く呼吸しよう」
耳元で崇雅が囁く。
「吸って……吐いて。俺がいる。大丈夫」
その声にすがるように、澪は息を吸った。
そして、痛みによる緊張を少しずつ吐き出すように。
陣痛の波がひいていく。
また、短い静けさが訪れた。
(少し、休みたい……)
けれど、眠る暇もない。
波が引いたと思えば、また次の波がすぐにやってくる。
身体は疲れ果てているのに、眠る余裕すら与えてくれない。
(でも、赤ちゃんもがんばってるんだよね……)
ずっと、澪の中で頑張っている小さな命。
その子が、今まさに外の世界に出ようとしている。
(わたしも、頑張らなきゃ……)
「澪」
名前を呼ばれて、かすかに顔を向けると、崇雅がペットボトルを差し出していた。
「水、少しだけでも飲めそうか?」
「……うん」
ストローをくわえ、ぬるくなった水が喉をすべる。
それでも、涙が出るほどありがたかった。
「……ありがとう、崇雅さん」
「俺は何もしてないよ」
「ううん……ずっとそばにいてくれてる」
そう、たったそれだけが、いまの澪にはどれほど心強いか。
痛みに耐える孤独を、崇雅の存在が埋めてくれていた。
「あと……もうちょっと、だよね……?」
「もうすぐだ。ちゃんと、ふたりで迎えよう。――この子を」
そう言って、そっと澪の手に触れた。
また、陣痛の波がやってくる。
でも、今度は少し違う。
「う、ぅ……っ……は……っ、くる……!」
「結城さん、大丈夫ですか? 痛みの感覚、変わってきましたか?」
助産師がすぐに駆け寄ってくる。
「確認しますね――」
澪が力なく頷くと、手早く診察が行われた。
「……8センチです。この調子なら、あと一息ですよ」
あと2センチ。
その数字が、ようやく現実味を持って感じられた。
(産める……産めるんだ、わたし)
崇雅の手を、強く握る。
そしてその手のぬくもりを感じながら、澪は次の波に、覚悟を決めて、全身で向かっていった。
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