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番外編・この腕に、命を抱いて ④
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赤ちゃんが助産師の腕に抱かれ、ケアのためにいったん運ばれていくと、澪の身体からふっと力が抜けた。
全身が重く、呼吸すらままならない。
痛みの余韻がじわりと広がり、汗で貼りついた髪が首筋にまとわりつく。
「……澪、大丈夫か?」
すぐそばで、崇雅の声がした。
分娩台の脇に座り、ずっと握っていた澪の手を、やさしく包み込んでいる。
「……なんとか、意識は……あります」
かすれた声でそう返すと、崇雅はふっと笑った。
「よかった。無理に話さなくていい。ゆっくり休め」
その言葉に、澪はそっと目を閉じる。
(……終わったんだ……)
まだ信じられない。
あまりにも大きな痛みと、必死の時間――
それでも、胸の奥には不思議なほどのあたたかさが満ちていた。
「これから後産と処置がありますので、しばらく動かずにいてくださいね」
助産師の声がして、澪はうっすら目を開ける。
「赤ちゃんは、向こうで体拭いて、体重測ったら……すぐ戻ってきますからね」
その言葉に、澪の目がまた、静かににじんだ。
(ちゃんと……生まれたんだ……)
体はこんなにも疲れているのに、心はまだ、どこか夢の中をさまよっているようで――
それでも、高揚していた。
そのとき、崇雅が彼女の額の汗をそっと拭った。
「お疲れ様、澪。……ほんとうに、すごかった。頑張ったな」
普段は滅多に感情を強く出さない彼の、まっすぐな声。
「崇雅さん……わたし……」
「うん、ちゃんとわかってる。怖かったな。苦しかったな。でも、無事に産んでくれた。ありがとう」
その言葉が胸に染みて、澪の目から、ふたたび涙がつっと流れ落ちた。
声を上げて泣く力もなくて、ただ涙が止まらなかった。
崇雅はそれを、黙ってそっと手で受け止める。
「……赤ちゃん、もうすぐ戻ってくるって。楽しみだな」
「……はい……」
笑おうとしたが、頬の筋肉すらうまく動かせない。
それでも、確かに澪は笑っていた。
崇雅が、汗に濡れた髪をやさしく撫でる。
「このあと、病室に移動するけど、ずっとそばにいるから。安心して」
「……うん」
心から、そう思えた。
これから、親になる。
ふたりで、子供を育てていく。
そんな確信が、胸の内で静かに灯る。
ほんとうに――
無事に、この腕に命を抱ける日が来た。
この先も、決して楽な道ばかりではないだろう。
でも、崇雅がいてくれる。
あの子が生まれてきてくれた。
それだけで、もう十分だった。
分娩室での処置を終え、澪は車椅子に乗せられ、ゆっくりと移動していた。
足の感覚はまだ完全には戻らず、全身が鉛のように重い。
それでも――どこか心は軽かった。
空になったお腹に手を当てながら、ふと、静かに思う。
(……やっぱり、もういないんだ)
寂しさじゃない。
ただ、それほど長い時間、命を宿していたのだと実感する。
「到着しましたよ。ご主人もこちらへどうぞ」
看護師の声に、澪がゆっくりまぶたを持ち上げると、病室の入り口に崇雅がいた。
崇雅はすぐに彼女の側に来て、ベッドに寝かされた澪の手をそっと握った。
「痛みは? 少しは落ち着いたか?」
「……はい。さっきよりは……」
言葉を交わすその間も、崇雅の視線は、彼女の表情や顔色を見逃さないようにと細かく動いていた。
「こちらで、少し休んでくださいね。赤ちゃんの準備ができたら、お連れしますから」
看護師がそう伝えて退室すると、室内にはふたりきりの静けさが広がった。
「崇雅さん……」
「うん」
「ちゃんと……産めました。……わたし、ちゃんと……」
言いながら、また涙が滲んだ。
自分でも驚くほど、次から次へと溢れてくる。
崇雅は何も言わず、ベッドに腰かけて、澪の頭をそっと撫でる。
やさしく、労わるように。
「……よくがんばったな、ありがとう、澪」
その一言が、すべてだった。
どんな言葉より、どんな表彰よりも――
たったそれだけで、報われた気がした。
そのとき、ノックの音がして、扉が静かに開かれる。
「赤ちゃん、連れてきましたよ」
看護師の腕に抱かれたその子は、白い包布にくるまれ、まるで陽だまりを集めたようにあたたかくて、やわらかかった。
小さな身体、ふっくらとした頬、まだ薄く閉じたままのまぶた――
「わぁ……」
澪は思わず、息をのんだ。
看護師が彼女の腕にそっと赤ちゃんを預けると、抱いた瞬間、すべての感覚が塗り替えられる。
重さ、ぬくもり、呼吸――
確かに、ここにいる。
「……わたしたちの、赤ちゃん……」
澪の頬に、また一筋、涙がこぼれた。
その肩に、崇雅がそっと手を添える。
そして、ゆっくりと赤ちゃんを覗き込んだ。
「……小さいな」
「はい……でも、ちゃんと、生きてる」
「……ああ、生きてるな」
その小さな命は、ふたりを繋ぐ新しい光そのものだった。
「はじめまして……」
澪の声に、赤ちゃんがわずかに指を動かす。
崇雅がそっと、その指に触れる。
「……俺たちの子だ」
まっすぐに、やさしく、心からの声。
澪は微笑みながら、もう一度、赤ちゃんを見つめた。
崇雅と自分のすべてを受け継いでくれた、小さな命。
これからは、ふたりで、この子を守っていく。
全身が重く、呼吸すらままならない。
痛みの余韻がじわりと広がり、汗で貼りついた髪が首筋にまとわりつく。
「……澪、大丈夫か?」
すぐそばで、崇雅の声がした。
分娩台の脇に座り、ずっと握っていた澪の手を、やさしく包み込んでいる。
「……なんとか、意識は……あります」
かすれた声でそう返すと、崇雅はふっと笑った。
「よかった。無理に話さなくていい。ゆっくり休め」
その言葉に、澪はそっと目を閉じる。
(……終わったんだ……)
まだ信じられない。
あまりにも大きな痛みと、必死の時間――
それでも、胸の奥には不思議なほどのあたたかさが満ちていた。
「これから後産と処置がありますので、しばらく動かずにいてくださいね」
助産師の声がして、澪はうっすら目を開ける。
「赤ちゃんは、向こうで体拭いて、体重測ったら……すぐ戻ってきますからね」
その言葉に、澪の目がまた、静かににじんだ。
(ちゃんと……生まれたんだ……)
体はこんなにも疲れているのに、心はまだ、どこか夢の中をさまよっているようで――
それでも、高揚していた。
そのとき、崇雅が彼女の額の汗をそっと拭った。
「お疲れ様、澪。……ほんとうに、すごかった。頑張ったな」
普段は滅多に感情を強く出さない彼の、まっすぐな声。
「崇雅さん……わたし……」
「うん、ちゃんとわかってる。怖かったな。苦しかったな。でも、無事に産んでくれた。ありがとう」
その言葉が胸に染みて、澪の目から、ふたたび涙がつっと流れ落ちた。
声を上げて泣く力もなくて、ただ涙が止まらなかった。
崇雅はそれを、黙ってそっと手で受け止める。
「……赤ちゃん、もうすぐ戻ってくるって。楽しみだな」
「……はい……」
笑おうとしたが、頬の筋肉すらうまく動かせない。
それでも、確かに澪は笑っていた。
崇雅が、汗に濡れた髪をやさしく撫でる。
「このあと、病室に移動するけど、ずっとそばにいるから。安心して」
「……うん」
心から、そう思えた。
これから、親になる。
ふたりで、子供を育てていく。
そんな確信が、胸の内で静かに灯る。
ほんとうに――
無事に、この腕に命を抱ける日が来た。
この先も、決して楽な道ばかりではないだろう。
でも、崇雅がいてくれる。
あの子が生まれてきてくれた。
それだけで、もう十分だった。
分娩室での処置を終え、澪は車椅子に乗せられ、ゆっくりと移動していた。
足の感覚はまだ完全には戻らず、全身が鉛のように重い。
それでも――どこか心は軽かった。
空になったお腹に手を当てながら、ふと、静かに思う。
(……やっぱり、もういないんだ)
寂しさじゃない。
ただ、それほど長い時間、命を宿していたのだと実感する。
「到着しましたよ。ご主人もこちらへどうぞ」
看護師の声に、澪がゆっくりまぶたを持ち上げると、病室の入り口に崇雅がいた。
崇雅はすぐに彼女の側に来て、ベッドに寝かされた澪の手をそっと握った。
「痛みは? 少しは落ち着いたか?」
「……はい。さっきよりは……」
言葉を交わすその間も、崇雅の視線は、彼女の表情や顔色を見逃さないようにと細かく動いていた。
「こちらで、少し休んでくださいね。赤ちゃんの準備ができたら、お連れしますから」
看護師がそう伝えて退室すると、室内にはふたりきりの静けさが広がった。
「崇雅さん……」
「うん」
「ちゃんと……産めました。……わたし、ちゃんと……」
言いながら、また涙が滲んだ。
自分でも驚くほど、次から次へと溢れてくる。
崇雅は何も言わず、ベッドに腰かけて、澪の頭をそっと撫でる。
やさしく、労わるように。
「……よくがんばったな、ありがとう、澪」
その一言が、すべてだった。
どんな言葉より、どんな表彰よりも――
たったそれだけで、報われた気がした。
そのとき、ノックの音がして、扉が静かに開かれる。
「赤ちゃん、連れてきましたよ」
看護師の腕に抱かれたその子は、白い包布にくるまれ、まるで陽だまりを集めたようにあたたかくて、やわらかかった。
小さな身体、ふっくらとした頬、まだ薄く閉じたままのまぶた――
「わぁ……」
澪は思わず、息をのんだ。
看護師が彼女の腕にそっと赤ちゃんを預けると、抱いた瞬間、すべての感覚が塗り替えられる。
重さ、ぬくもり、呼吸――
確かに、ここにいる。
「……わたしたちの、赤ちゃん……」
澪の頬に、また一筋、涙がこぼれた。
その肩に、崇雅がそっと手を添える。
そして、ゆっくりと赤ちゃんを覗き込んだ。
「……小さいな」
「はい……でも、ちゃんと、生きてる」
「……ああ、生きてるな」
その小さな命は、ふたりを繋ぐ新しい光そのものだった。
「はじめまして……」
澪の声に、赤ちゃんがわずかに指を動かす。
崇雅がそっと、その指に触れる。
「……俺たちの子だ」
まっすぐに、やさしく、心からの声。
澪は微笑みながら、もう一度、赤ちゃんを見つめた。
崇雅と自分のすべてを受け継いでくれた、小さな命。
これからは、ふたりで、この子を守っていく。
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