【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第14話・守られているのに、苦しい

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最近、C社案件のやりとりが少し変わってきた。
社内の各部署との調整も、C社側の細かい確認も、
気づけばすべて部長――崇雅が間に入って進めるようになっている。

(……助かるのは、助かる。けど……)

少し前は、全部自分がやっていた。
今は、崇雅が先に資料を見てから澪に回してくるし、
他部署から質問が来れば、先に崇雅が対応してくれている。

(部長だって、他に案件をたくさん抱えてるはずなのに)

部長はこの部署のトップだ。
C社の案件だけを見ているわけではない。
それは頭ではわかっているのに――

(……どうして、ここまで)

心臓が、少しずつ締めつけられる。
手が空くのは正直ありがたい。
業務量が減るわけではないけれど、精神的な重さは確かに軽くなっていた。

でも――

「結城さん、東條部長が全部管理してるからって、気抜かないでねー」

水野の軽口が飛ぶ。

「は、はいっ、もちろんです」

笑顔を返しながら、胸の奥にざわっとした何かが広がる。

何も言われていない。
説明もされていない。
ただ、気づけばそうなっていた。

優しいのか、厳しいのか、わからない。
守られているのか、そうじゃないのかも、わからない。

(……なんで、こんなに苦しいの)

助かっているはずなのに、
どこか苦しくて、心がざわついて仕方なかった。


——————

1週間後—。
崇雅の無言の調整があっても、C社の案件が本格的に動き出し、連日終電での帰宅。
澪は、家の鍵を開ける手に力が入らず、しばらく玄関前で立ち尽くしてしまった。

(……やばい、ふらつく)

C社の案件は、名指しで澪が求められたものだ。
嬉しかった、頑張ろうと思った。
でも――当然それだけでは済まなかった。

(C社以外の案件だって、ちゃんと抱えてる)

社内の同僚たちは優しい。
「大丈夫?」「結城さん、無理しないでね」
そう声をかけてくれる。

けれど、周囲の視線の奥に混ざるのは、好奇心、期待、嫉妬、羨望――。
一度背負ってしまった立場は、簡単に降ろせるものじゃなかった。

そして、崇雅。

(部長……)

彼は変わらない。
淡々と業務を回し、調整をし、必要なときに必要なことを指示してくる。
それが今までと違うのは、澪が関わる案件にはすべて、彼自身が関与していること。

(……でも、なんで?)

上司としての当然の動き――
そう言い聞かせるには、何かが過剰だった。

崇雅の無言の圧。
囲い込まれているような感覚。
全部が全部、澪の心をかき乱していった。

(部長の件を抜きにしても……それでも、仕事が忙しくなるのはわかってた。最初から、わかってたのに…)

C社を担当すると決めたときから、覚悟はしていた。
期待を背負うことも、負担が増えることも、全部わかっていた。

(だから、頑張らなきゃ……)

心の奥でそう呟きながら、澪は目を閉じた。
頑張れば、評価される。
必要とされる。
だから――限界だなんて、口にしちゃいけない。

そう言い聞かせた。
けれど、体はもう、重くて仕方がなかった。



翌朝、目覚ましの音に、はっと目を覚ます。
体が重い。
視界が少しぼやけて、寝不足で頭が痛む。

(……でも、行かなきゃ)

限界は、昨日の夜にとうに超えていた。
けれど、それを言葉にしたところで、業務が減るわけじゃない。

部署全体が忙しい。
澪だけじゃない。
みんな残業続きで、やっと回している。

(私だけ、特別じゃない)

そう言い聞かせ、笑顔を作る。

C社案件は、澪と崇雅でなければ対応できない。
他の人に任せようにも、進捗や内容を理解できる人が限られていた。
必然的に、澪のスケジュールは埋まり続ける。

(頑張らなきゃ……)

背筋を伸ばし、会社のデスクに座る。

「結城さん、大丈夫?顔色……」

「大丈夫です!ありがとうございます!」

笑って、手を振る。
心配をかけたくない。
大丈夫だと、言い続けていればきっと大丈夫になれる。
そう信じたかった。



部長席から彼女を視界に入れる。

(……限界が近いな)

澪の顔色は明らかに悪かった。
それでも、彼女は普段通りの笑顔を作り、必死に仕事に食らいついている。

(……わかってる。案件の動き始めは、どうしたって忙しい)

C社は、会社にとって重要な取引先だ。
澪ひとりに背負わせているわけではない。
だからこそ、崇雅自身ができる限り、彼女の負担を減らすよう動いていた。

打ち合わせはすべて自分が同席。
社内調整も、細かい決済も、澪が触れなくていいところは引き受けた。

(それでも……彼女が潰れるなら、意味がない)

言葉に出せない。
けれど心の奥で、静かに焦りが広がっていく。

(もう少し……あと少し乗り切れば、落ち着く)

それが唯一の願いだった。


——————

2日後、C社の応接室。
今日も営業部の水野、澪、崇雅の3人で訪問していた。

案件は本格的に動き始め、進捗報告と今後の細かい調整が主な内容だった。
澪は資料を手に、緊張しながらも説明を進める。

(……よし、大丈夫。ちゃんと準備してきたから)

水野が営業側の補足を入れ、崇雅が重要な部分を引き取って調整を進めてくれる。
チームでの打ち合わせは、予定より少し長引いたものの、順調だった。

だが。

「いやぁ、結城さんの説明は本当にわかりやすいですね。
細かい点まで丁寧に整理されていて、感心しますよ」

早瀬の口調は終始穏やかだった。
けれど、その笑顔と視線が、妙に澪にだけ向いている。

(……えっと、私だけ?)

澪は思わず軽く微笑み、頭を下げた。

「恐縮です。ありがとうございます」

「特に結城さんの視点が、非常に参考になるんです。
次回以降、もっと直接意見交換できると嬉しいですね」

「……え?」

思わず返事を忘れかけた。

(……直接?)

横から水野がにこやかに助け船を出す。

「いやぁ、結城は真面目で頑張り屋でして。
最近は東條の右腕みたいなもんですから」

「それは素晴らしいですね」

早瀬は笑顔を崩さず、再び澪をじっと見つめた。

(……なんで、私ばっかり?)

横には水野がいて、崇雅もいるのに。
でも、早瀬の視線は明らかに澪に向いていた。
褒めるのも、問いかけるのも、澪ばかり。

澪は胸の奥がそわそわと落ち着かない状態だった。
照れくさいような、逃げ出したいような、よくわからない感情がぐるぐると渦を巻いた。

でも、笑顔を崩しちゃいけない。
ちゃんと受け答えしないといけない。

そう思えば思うほど、澪の背筋は無意識に固くなっていった。
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