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第26話・間に合わなくなる前に
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C社・早瀬が澪たちの会社に来訪し打ち合わせとなった日。
会議室の空気は穏やかで、話もスムーズに進んだ。
早瀬は、いつも通り落ち着いた口調で、
プロジェクト終了までの進捗確認と、今後の方向性を整理してくれた。
隣に座る水野も終始にこやかで、終盤には笑いも交えながら軽い雑談になっていた。
(……部長、今日はやっぱり来られなかった)
朝から別の会議に追われていて、
この打ち合わせには「後で共有を」とだけ伝えられていた。
(あの人がいないだけで、なんか空気が柔らかく感じるのって……変な感じ)
どこか張りつめていた気持ちが、少しだけほどけていた。
「では、これで一旦まとめということでお願いいたします」
「本当に助かってます、結城さん。丁寧でわかりやすい進行でした」
「ありがとうございます……」
軽く会釈して、PCを閉じたときだった。
「……もしよければ、このあと、お昼をご一緒しませんか?」
(……また、来た)
穏やかに、でも自然に早瀬が言葉を差し込んでくる。
まるで打ち合わせの延長のようなトーンで。
「いいですね。ちょうどそろそろお腹すいてましたし」
と、水野は軽い調子で笑った。
私は一瞬だけ迷った。
でも、もう何度目かの誘いだ。
打ち合わせの流れのまま、断るのもおかしく感じてしまう。
「……はい、ぜひ」
会議室を出るため水野が扉を開ける。
その瞬間、
隣の会議室から、崇雅が出てくるのが見えた。
(……!)
一瞬だけ、視線がぶつかった。
まっすぐに。逃げ場もなく。
こちらに向けて言葉をかけてくるわけでもない。
驚いた表情も、怒った表情もない。
でも――
その目は、明らかに、何かを見た目をしていた。
(……見られた)
その瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
私は何も悪くない。
仕事の流れの中で、食事に行くことくらい、よくあることだ。
でも――
(なんで、こんなに苦しくなるの)
崇雅は、何も言わなかった。
ただ一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を外し、何もなかったように歩き去っていく。
その背中が、やけに遠く見えた。
ランチの店に向かう道すがら、
水野と早瀬が何か話していた。
でも、私はほとんど耳に入ってこなかった。
(見てた。私の顔、部長……ちゃんと見てた)
そして――なにも、言わなかった。
それが、今の私たちの“距離”なのだと
思い知らされた気がした。
——————
会議室のドアを開けた瞬間、
視界に入ったのは澪と水野、そして――C社の早瀬だった。
三人は並んで歩き出すところで、
澪はほんの一瞬こちらを見た。
でも、何も言わずに視線を外し、笑ったような顔で歩き去っていく。
(……また、行くのか)
ランチだ。
過去にも何度かあった。
水野も一緒なら、社内で不審に思われることもない。
だが、問題は――そんなことではない。
(水野が一緒でも、俺は……内心、穏やかじゃない)
澪とはお互いに気持ちを抱いているとわかっていた。
食事の夜、名前を呼んだとき――
彼女は応えてくれようとしていた。
でも、そこから先に進めなかったのは自分のせいだ。
踏み出そうとした矢先に、業務が膨れ上がった。
連絡さえ、ろくに返せなくなった。
だから、言葉も時間も、途切れたまま。
(……それが、どれだけ彼女を不安にさせていたか)
わかっている。
けれど、動けなかった。
そして今――
彼女の隣にいるのは、別の男だ。
(早瀬は……澪に好意を持っている)
確信はあった。
直接的な言葉こそないが、
視線、態度、やり取りの空気感。
崩れない礼儀の奥にある、あの“温度”は明らかだった。
(何が怖いって、澪がそれを――拒んでいないことだ)
嫌っていない。避けてもいない。
それが仕事上の気遣いでも、
客観的に見れば、“受け入れている”と取られても仕方がない。
(……間に合わなくなる)
彼女の気持ちが自分にあると、どこかで甘えていたのかもしれない。
彼女が他に目を向けるはずがないと――思い込んでいた。
そんな保証は、どこにもないのに。
(もし澪が、あの男に……)
そう考えた瞬間、
胸の内側が焼けるようにざわついた。
怒りではない。
焦りでもない。
それは、間違いなく“恐怖”だった。
会議室の空気は穏やかで、話もスムーズに進んだ。
早瀬は、いつも通り落ち着いた口調で、
プロジェクト終了までの進捗確認と、今後の方向性を整理してくれた。
隣に座る水野も終始にこやかで、終盤には笑いも交えながら軽い雑談になっていた。
(……部長、今日はやっぱり来られなかった)
朝から別の会議に追われていて、
この打ち合わせには「後で共有を」とだけ伝えられていた。
(あの人がいないだけで、なんか空気が柔らかく感じるのって……変な感じ)
どこか張りつめていた気持ちが、少しだけほどけていた。
「では、これで一旦まとめということでお願いいたします」
「本当に助かってます、結城さん。丁寧でわかりやすい進行でした」
「ありがとうございます……」
軽く会釈して、PCを閉じたときだった。
「……もしよければ、このあと、お昼をご一緒しませんか?」
(……また、来た)
穏やかに、でも自然に早瀬が言葉を差し込んでくる。
まるで打ち合わせの延長のようなトーンで。
「いいですね。ちょうどそろそろお腹すいてましたし」
と、水野は軽い調子で笑った。
私は一瞬だけ迷った。
でも、もう何度目かの誘いだ。
打ち合わせの流れのまま、断るのもおかしく感じてしまう。
「……はい、ぜひ」
会議室を出るため水野が扉を開ける。
その瞬間、
隣の会議室から、崇雅が出てくるのが見えた。
(……!)
一瞬だけ、視線がぶつかった。
まっすぐに。逃げ場もなく。
こちらに向けて言葉をかけてくるわけでもない。
驚いた表情も、怒った表情もない。
でも――
その目は、明らかに、何かを見た目をしていた。
(……見られた)
その瞬間、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
私は何も悪くない。
仕事の流れの中で、食事に行くことくらい、よくあることだ。
でも――
(なんで、こんなに苦しくなるの)
崇雅は、何も言わなかった。
ただ一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を外し、何もなかったように歩き去っていく。
その背中が、やけに遠く見えた。
ランチの店に向かう道すがら、
水野と早瀬が何か話していた。
でも、私はほとんど耳に入ってこなかった。
(見てた。私の顔、部長……ちゃんと見てた)
そして――なにも、言わなかった。
それが、今の私たちの“距離”なのだと
思い知らされた気がした。
——————
会議室のドアを開けた瞬間、
視界に入ったのは澪と水野、そして――C社の早瀬だった。
三人は並んで歩き出すところで、
澪はほんの一瞬こちらを見た。
でも、何も言わずに視線を外し、笑ったような顔で歩き去っていく。
(……また、行くのか)
ランチだ。
過去にも何度かあった。
水野も一緒なら、社内で不審に思われることもない。
だが、問題は――そんなことではない。
(水野が一緒でも、俺は……内心、穏やかじゃない)
澪とはお互いに気持ちを抱いているとわかっていた。
食事の夜、名前を呼んだとき――
彼女は応えてくれようとしていた。
でも、そこから先に進めなかったのは自分のせいだ。
踏み出そうとした矢先に、業務が膨れ上がった。
連絡さえ、ろくに返せなくなった。
だから、言葉も時間も、途切れたまま。
(……それが、どれだけ彼女を不安にさせていたか)
わかっている。
けれど、動けなかった。
そして今――
彼女の隣にいるのは、別の男だ。
(早瀬は……澪に好意を持っている)
確信はあった。
直接的な言葉こそないが、
視線、態度、やり取りの空気感。
崩れない礼儀の奥にある、あの“温度”は明らかだった。
(何が怖いって、澪がそれを――拒んでいないことだ)
嫌っていない。避けてもいない。
それが仕事上の気遣いでも、
客観的に見れば、“受け入れている”と取られても仕方がない。
(……間に合わなくなる)
彼女の気持ちが自分にあると、どこかで甘えていたのかもしれない。
彼女が他に目を向けるはずがないと――思い込んでいた。
そんな保証は、どこにもないのに。
(もし澪が、あの男に……)
そう考えた瞬間、
胸の内側が焼けるようにざわついた。
怒りではない。
焦りでもない。
それは、間違いなく“恐怖”だった。
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