【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

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第28話・もう限界だった、その時に

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週末。
日曜日の朝は、いつもより少しだけ長く眠っていた。
それでも起きたときの気持ちは、晴れなかった。

部屋の空気は静かで、外の音も穏やかで――
でも、私の心の中だけが、ざわざわと落ち着かない。

(…部長とは……このまま何事もなかったように過ぎていくのかな…)

業務のやりとりはある。
報告、承認、確認。
でも、それはただの形式でしかない。

彼が、どう思っているのか。
私との距離を、どうしたいのか。

何も聞けずに、ただ時間だけが過ぎていった。


昼を過ぎて、ソファに座ったまま
ぼんやりとスマホの画面を眺めていたときだった。

インターホンの音が鳴った。

(……宅配?)

予定もなく、注文もしていなかったが、
モニターを覗き込んで、息が止まる。

画面に映っていたのは――
スーツではなく、私服姿の崇雅だった。

「……うそ」

思わず小さく呟いていた。

何度か瞬きをして、もう一度見ても、やっぱり彼だった。

慌てて玄関へ向かい、ドアを開けた。

「……部長……?」

声が掠れたのは、自分でもわかった。
彼は無表情のまま、でもいつもより少しだけ落ち着いた声で言った。

「突然ですまない。少しだけ、時間をもらえるか?」

(――なんで? どうして今、ここに)

驚きと混乱の中で、それでも私は、頷いていた。


部屋に通すと、彼は玄関で軽く頭を下げてからソファの端に静かに腰を下ろした。

「……驚きました」

ようやく絞り出した言葉に、崇雅は短く答えた。

「……俺も、こうするつもりはなかった」

少しの沈黙。

(じゃあ、どうして)

聞けなかった。
彼は、続けた。

「このままじゃ、何も変わらないと思った」

その言葉に、胸が強く締めつけられた。

(私も……同じことを、ずっと思ってた)

でも、怖かった。
自分から言葉にして、もし勘違いだったら――
それが何よりも怖かった。

「……私、聞きたかったんです」
「でも、聞けなかった。だって……」

声が震えそうになるのを、必死で抑えながら言葉をつなぐ。

「忙しい部長の負担になりたくなかった。
迷惑だって、思われたくなかった」

彼は黙って、ただこちらを見ていた。
視線が、まっすぐにぶつかる。
逃げ場はなかった。

話始めると胸の奥に張りつめていた何かが――ぷつりと切れた気がした。

「……どうして、何も言ってくれなかったんですか」

声は掠れていた。
でも、もう止められなかった。

「……“俺の前でだけにしてくれ”って言ったくせに……」
「それなのに、なにも言ってくれないまま、ずっと会話もなくて……」

一つひとつの言葉に、自分の中の何かが揺れる。
恥ずかしくて、情けなくて、それでも吐き出さずにはいられなかった。

「期待しないようにって、ずっと自分に言い聞かせてきたんです……」
「でも、あんなふうに優しくされたら、期待しちゃうじゃないですか……!」

声が震えてきた。
目が熱い。
でも、言葉は止まらなかった。

「会いたかったのに……話したかったのに……!」
「忙しいってわかってるから、何も言えなかった……でも、でも――」

ぽろ、と。
涙が落ちたのがわかった。

肩が揺れた。
呼吸がうまくできない。

「……うっ……ぐ……」

涙が止まらなかった。
止めようとしても、手で拭っても、どんどん溢れてくる。

「……やだ、もう……なんで、こんな……」

顔を覆いながら、何度も手で目を擦って。
でも、涙は止まらなくて、
指先が濡れて、何も見えなくなった。

そんなときだった。

崇雅の手が、静かに私の肩に触れた。

そして、ゆっくりと私の体を引き寄せて、
そのまま、ぎゅっと――あたたかな腕に抱きしめられた。

何も言わず、ただ包むように。
背中を、優しくぽんぽんと叩くように撫でながら。

「……っ、部長……」
「やだ……こんな……子どもみたいで……」

それでも、彼は何も言わなかった。
ただ、抱きしめてくれていた。

何も言わずに、でもすべてを受け止めてくれるような、その腕の中で――
私は声を殺して泣いた。

泣いて、泣いて、もう涙が出なくなるまで。
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