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第29話・届いた声、触れた想い
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「……会いたかったのに……話したかったのに……」
その言葉を聞いた瞬間、
何かが胸の奥で大きくひび割れる音がした。
(俺は……何をしてた?)
澪の声は、かすれていた。
震えていた。
必死に押し殺そうとしていた感情が、
一気に溢れ出していくのがわかった。
何も言い返せなかった。
その言葉のすべてが、真っ直ぐに俺を打ったからだ。
自分の忙しさを言い訳にして、
ちゃんと向き合うことから逃げていた。
あの飲み会の後、
「俺の前でだけにしてくれ」と言ったあの瞬間に――
もう、気づいていたはずだった。
ただの部下じゃない。
ただの“守りたい存在”でもない。
ずっと、目で追っていた。
声に耳を傾けていた。
誰よりも、手放したくなかった。
けれど――
言葉にしてこなかったのは、自分だ。
「……うっ……ぐ……」
肩が小さく震えている。
顔を手で覆って、必死に涙を隠そうとしていた。
けれど、それでも止まらない澪の涙を見て、
俺の中の迷いはすべて、音を立てて消えていった。
そっと肩に触れて、
彼女の体を自分の方へ引き寄せる。
腕の中にすっぽりと収まる、細い体。
思っていたよりも小さくて、
すぐ壊れそうなほど、繊細だった。
何も言わずに抱きしめた。
ただ、それだけだった。
背中を、ぽんぽん、と軽く叩いた。
それが慰めになっているのかどうかも、正直わからない。
けれど、何もしないで立ち尽くすことだけは、したくなかった。
「……やだ……こんな……子どもみたいで……」
小さく絞り出された声に、思わず抱きしめる腕に力が入った。
(違う)
子どもなんかじゃない。
ここまで耐えて、黙って、待っていてくれた。
何より、俺に“言葉を期待してくれていた”。
それが、どれだけありがたいことか。
それを、どれだけ裏切っていたか。
ようやく、理解できた。
(……もう、迷わない)
彼女の涙の理由を、今度こそ作らないために。
手放さないために。
ちゃんと、この手で守るために。
言葉にするべき想いは、
もう胸の中に、しっかりとできあがっていた。
——————
泣くのなんて、久しぶりだった。
しかも、こんなふうに人前で、声まで漏れてしまうほどなんて――
恥ずかしくて、情けなくて、それでもどうしようもなかった。
崇雅の腕の中は、想像していたよりずっとあたたかくて、
何も言わずにただ抱きしめてくれていた、その沈黙に救われた気がした。
どれくらいそうしていたのか、よく覚えていない。
けれど、少しずつ涙が落ち着いてきて、
浅くなっていた呼吸もようやく整ってきた。
ゆっくりと、顔を上げた。
目は腫れているのがわかる。
見られたくなくて、指先でそっとこすった。
「……すみません、こんな……」
小さな声でそう呟くと、
崇雅は、しばらく黙ったまま私を見ていた。
その目は、いつもの無表情とは違っていた。
何かを決めたような、そんな確かな強さがあった。
そして、静かに口を開いた。
「俺は、澪が好きだ」
その言葉が耳に届いた瞬間、
時間が止まったような気がした。
「あれからずっと、言えずにいた。
言葉にしてしまったら、壊れるんじゃないかって……
そう思って、忙しさを言い訳に逃げてた」
崇雅の声は、低くて、でもどこか苦しげで。
だけど、ちゃんと真っ直ぐだった。
「でも、さっき泣いてる澪を見て――もう黙っていられなかった」
胸の奥が、ぎゅっとなる。
ずっと、聞きたかった言葉だった。
聞くのが怖くて、避けてきた言葉でもあった。
「俺は……澪を手放したくない」
重ねられたその言葉に、胸の奥で何かがほどけていくのがわかった。
「……私も、好きです」
そう答えると、彼は少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。
それだけの会話だったのに、
これまでのどんなやりとりよりも、
深く、あたたかく、心に染み込んでいった。
その言葉を聞いた瞬間、
何かが胸の奥で大きくひび割れる音がした。
(俺は……何をしてた?)
澪の声は、かすれていた。
震えていた。
必死に押し殺そうとしていた感情が、
一気に溢れ出していくのがわかった。
何も言い返せなかった。
その言葉のすべてが、真っ直ぐに俺を打ったからだ。
自分の忙しさを言い訳にして、
ちゃんと向き合うことから逃げていた。
あの飲み会の後、
「俺の前でだけにしてくれ」と言ったあの瞬間に――
もう、気づいていたはずだった。
ただの部下じゃない。
ただの“守りたい存在”でもない。
ずっと、目で追っていた。
声に耳を傾けていた。
誰よりも、手放したくなかった。
けれど――
言葉にしてこなかったのは、自分だ。
「……うっ……ぐ……」
肩が小さく震えている。
顔を手で覆って、必死に涙を隠そうとしていた。
けれど、それでも止まらない澪の涙を見て、
俺の中の迷いはすべて、音を立てて消えていった。
そっと肩に触れて、
彼女の体を自分の方へ引き寄せる。
腕の中にすっぽりと収まる、細い体。
思っていたよりも小さくて、
すぐ壊れそうなほど、繊細だった。
何も言わずに抱きしめた。
ただ、それだけだった。
背中を、ぽんぽん、と軽く叩いた。
それが慰めになっているのかどうかも、正直わからない。
けれど、何もしないで立ち尽くすことだけは、したくなかった。
「……やだ……こんな……子どもみたいで……」
小さく絞り出された声に、思わず抱きしめる腕に力が入った。
(違う)
子どもなんかじゃない。
ここまで耐えて、黙って、待っていてくれた。
何より、俺に“言葉を期待してくれていた”。
それが、どれだけありがたいことか。
それを、どれだけ裏切っていたか。
ようやく、理解できた。
(……もう、迷わない)
彼女の涙の理由を、今度こそ作らないために。
手放さないために。
ちゃんと、この手で守るために。
言葉にするべき想いは、
もう胸の中に、しっかりとできあがっていた。
——————
泣くのなんて、久しぶりだった。
しかも、こんなふうに人前で、声まで漏れてしまうほどなんて――
恥ずかしくて、情けなくて、それでもどうしようもなかった。
崇雅の腕の中は、想像していたよりずっとあたたかくて、
何も言わずにただ抱きしめてくれていた、その沈黙に救われた気がした。
どれくらいそうしていたのか、よく覚えていない。
けれど、少しずつ涙が落ち着いてきて、
浅くなっていた呼吸もようやく整ってきた。
ゆっくりと、顔を上げた。
目は腫れているのがわかる。
見られたくなくて、指先でそっとこすった。
「……すみません、こんな……」
小さな声でそう呟くと、
崇雅は、しばらく黙ったまま私を見ていた。
その目は、いつもの無表情とは違っていた。
何かを決めたような、そんな確かな強さがあった。
そして、静かに口を開いた。
「俺は、澪が好きだ」
その言葉が耳に届いた瞬間、
時間が止まったような気がした。
「あれからずっと、言えずにいた。
言葉にしてしまったら、壊れるんじゃないかって……
そう思って、忙しさを言い訳に逃げてた」
崇雅の声は、低くて、でもどこか苦しげで。
だけど、ちゃんと真っ直ぐだった。
「でも、さっき泣いてる澪を見て――もう黙っていられなかった」
胸の奥が、ぎゅっとなる。
ずっと、聞きたかった言葉だった。
聞くのが怖くて、避けてきた言葉でもあった。
「俺は……澪を手放したくない」
重ねられたその言葉に、胸の奥で何かがほどけていくのがわかった。
「……私も、好きです」
そう答えると、彼は少しだけ目を伏せて、静かに頷いた。
それだけの会話だったのに、
これまでのどんなやりとりよりも、
深く、あたたかく、心に染み込んでいった。
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