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第33話・静かに近づく、その一歩
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土曜の朝。
カーテン越しに射し込む光で目を覚ました澪は、少しだけ緊張した面持ちで身を起こした。
(今日、デートなんだよね……)
枕元には、昨夜まで何度も見返したコーディネート。
服はもう決めてある。
何をするわけでもないのに、“崇雅と休日を一緒に過ごす”というだけで、心はずっと落ち着かない。
(変に張り切ってるって思われないかな……でも、気を抜いてるって思われたくもないし……)
鏡の前で、何度も髪の巻き具合や前髪の位置を直す。
ベージュのニットに、細かい花柄のロングスカート。
揺れすぎず、でもちゃんと“女性らしさ”を意識した組み合わせ。
(……たぶん、これで大丈夫)
何度も深呼吸していると、インターホンの音が鳴った。
一気に鼓動が早くなる。
(来た……!)
震える指で応答し、扉を開ける。
そこに立っていた崇雅は、白シャツに淡いグレーのジャケットを羽織り、
普段よりも少しラフで、それでもきちんとした雰囲気だった。
「……おはよう。用意できたか?」
「はい……すぐ出られます」
自分でも気づくほど、声が上ずっていた。
「焦らなくていい。時間はたっぷりある」
崇雅のそのひと言に、少しだけ肩の力が抜ける。
「……あの、変じゃないですか?服……」
「似合ってる。すごく」
短く、それだけ。
けれど、それだけで十分すぎるほどだった。
玄関を出て、崇雅の車へと並んで歩く。
黒のセダンは、どこか彼らしい落ち着いた雰囲気をまとっていた。
助手席のドアを開けてくれたのも、さりげないのに慣れている。
けれど澪にとっては、どこか非日常だった。
「……乗り慣れてないので、ちょっと緊張します」
「後部座席じゃなくていいのか?」
「やめてください、なんか余計に緊張します……」
ふと笑いがこぼれる。
その空気が嬉しくて、少しだけ肩の力が抜けた。
車は静かに走り出す。
車内に流れるゆったりした音楽が、ふたりの間の沈黙を優しく包む。
澪は少しだけ横目で崇雅の横顔を見た。
ハンドルを握る手。信号待ちのたびに、さりげなくこちらを確認する視線。
(運転してる姿も……なんだか新鮮)
「……今日は、どこまで行くんですか?」
「都内から少し外れたところだ。混んでないエリアを狙った」
「そういうの、慣れてますね」
「人が多いところは苦手だから。澪も、無理しなくていい」
「……ありがとうございます」
会話は多くない。けれど、ちゃんと伝わる。
一緒にいる時間に、言葉以上の安心感がある気がした。
車で30分ほど走った先にあるのは、小さな雑貨屋やカフェが並ぶ通り。
ふたりで降りると、街は落ち着いた空気で満ちていた。
「……静かで、素敵ですね」
「前に一度、仕事帰りに通って気になってた」
歩き出した澪の隣を、崇雅が自然に並んで歩く。
そしてふと、澪が足を止めたのは、色鮮やかなお花の模様が描かれた陶器のマグカップが並ぶ雑貨屋の前だった。
「……こういうの、好きです」
「見るか?」
「……いいですか?」
「ああ」
店内は温かな光が差し込む落ち着いた雰囲気で、
棚には一点もののマグカップや手作りの箸置きが並んでいた。
澪が手に取ったのは、店頭で見た色鮮やかなお花の模様が描かれた陶器のマグカップ。
「……こういうの、ひとつあると気分が変わりますよね」
「使ってる姿、想像つく」
「……え?」
「休みの日、コーヒー入れて、そのマグカップで……ぼーっとしてそうだなって」
冗談めいた口調ではなく、本当に想像したままを言っているようで、
澪の指先が少しだけ震える。
「……部長のそういうとこ、ずるいです」
「名前」
「……」
「今日は、部長じゃないだろ」
その低くてやさしい声に、しばらく沈黙してから、小さく答える。
「……崇雅さん」
「うん」
短く頷いて、それ以上はなにも言わない。
けれどその名を呼んだ瞬間、ふたりの距離が確かに一歩、近づいた気がした。
レジに並ぶ澪の隣で、崇雅がふいに口を開く。
「それ、俺が買う」
「えっ? だめです、自分で選んだんだから……」
「“選んだ”のは澪。俺は“使ってほしい”と思った」
「……っ」
「初めてのデート記念ってことで」
それだけ言って、支払いを済ませてしまう。
「……ありがとうございます。大事にします」
澪の声は、マグカップよりもかすかに震えていた。
カーテン越しに射し込む光で目を覚ました澪は、少しだけ緊張した面持ちで身を起こした。
(今日、デートなんだよね……)
枕元には、昨夜まで何度も見返したコーディネート。
服はもう決めてある。
何をするわけでもないのに、“崇雅と休日を一緒に過ごす”というだけで、心はずっと落ち着かない。
(変に張り切ってるって思われないかな……でも、気を抜いてるって思われたくもないし……)
鏡の前で、何度も髪の巻き具合や前髪の位置を直す。
ベージュのニットに、細かい花柄のロングスカート。
揺れすぎず、でもちゃんと“女性らしさ”を意識した組み合わせ。
(……たぶん、これで大丈夫)
何度も深呼吸していると、インターホンの音が鳴った。
一気に鼓動が早くなる。
(来た……!)
震える指で応答し、扉を開ける。
そこに立っていた崇雅は、白シャツに淡いグレーのジャケットを羽織り、
普段よりも少しラフで、それでもきちんとした雰囲気だった。
「……おはよう。用意できたか?」
「はい……すぐ出られます」
自分でも気づくほど、声が上ずっていた。
「焦らなくていい。時間はたっぷりある」
崇雅のそのひと言に、少しだけ肩の力が抜ける。
「……あの、変じゃないですか?服……」
「似合ってる。すごく」
短く、それだけ。
けれど、それだけで十分すぎるほどだった。
玄関を出て、崇雅の車へと並んで歩く。
黒のセダンは、どこか彼らしい落ち着いた雰囲気をまとっていた。
助手席のドアを開けてくれたのも、さりげないのに慣れている。
けれど澪にとっては、どこか非日常だった。
「……乗り慣れてないので、ちょっと緊張します」
「後部座席じゃなくていいのか?」
「やめてください、なんか余計に緊張します……」
ふと笑いがこぼれる。
その空気が嬉しくて、少しだけ肩の力が抜けた。
車は静かに走り出す。
車内に流れるゆったりした音楽が、ふたりの間の沈黙を優しく包む。
澪は少しだけ横目で崇雅の横顔を見た。
ハンドルを握る手。信号待ちのたびに、さりげなくこちらを確認する視線。
(運転してる姿も……なんだか新鮮)
「……今日は、どこまで行くんですか?」
「都内から少し外れたところだ。混んでないエリアを狙った」
「そういうの、慣れてますね」
「人が多いところは苦手だから。澪も、無理しなくていい」
「……ありがとうございます」
会話は多くない。けれど、ちゃんと伝わる。
一緒にいる時間に、言葉以上の安心感がある気がした。
車で30分ほど走った先にあるのは、小さな雑貨屋やカフェが並ぶ通り。
ふたりで降りると、街は落ち着いた空気で満ちていた。
「……静かで、素敵ですね」
「前に一度、仕事帰りに通って気になってた」
歩き出した澪の隣を、崇雅が自然に並んで歩く。
そしてふと、澪が足を止めたのは、色鮮やかなお花の模様が描かれた陶器のマグカップが並ぶ雑貨屋の前だった。
「……こういうの、好きです」
「見るか?」
「……いいですか?」
「ああ」
店内は温かな光が差し込む落ち着いた雰囲気で、
棚には一点もののマグカップや手作りの箸置きが並んでいた。
澪が手に取ったのは、店頭で見た色鮮やかなお花の模様が描かれた陶器のマグカップ。
「……こういうの、ひとつあると気分が変わりますよね」
「使ってる姿、想像つく」
「……え?」
「休みの日、コーヒー入れて、そのマグカップで……ぼーっとしてそうだなって」
冗談めいた口調ではなく、本当に想像したままを言っているようで、
澪の指先が少しだけ震える。
「……部長のそういうとこ、ずるいです」
「名前」
「……」
「今日は、部長じゃないだろ」
その低くてやさしい声に、しばらく沈黙してから、小さく答える。
「……崇雅さん」
「うん」
短く頷いて、それ以上はなにも言わない。
けれどその名を呼んだ瞬間、ふたりの距離が確かに一歩、近づいた気がした。
レジに並ぶ澪の隣で、崇雅がふいに口を開く。
「それ、俺が買う」
「えっ? だめです、自分で選んだんだから……」
「“選んだ”のは澪。俺は“使ってほしい”と思った」
「……っ」
「初めてのデート記念ってことで」
それだけ言って、支払いを済ませてしまう。
「……ありがとうございます。大事にします」
澪の声は、マグカップよりもかすかに震えていた。
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