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第43話・静けさの中にある、確かな安心
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澪が目を覚ましたのは、窓の外が夕暮れに染まっている頃だった。
ぼんやりとまぶたを持ち上げると、
崇雅がソファの隣でパソコンに向かって静かに作業しているのが目に入った。
自分の頭が、彼の太ももにまだ預けられていることに気づいて、
澪は小さく目を瞬かせた。
「……崇雅さん……」
「起きたか。体調は?」
「……だいぶ、楽です」
そう言いながら身を起こすと、少し体は重たいものの、朝のだるさとはまったく違っていた。
「ちょうどいい、晩飯にする。座ってろ」
崇雅はソファから立ち上がり、キッチンへ向かった。
数十分後、出てきたのは湯気の立つ鍋。
「……うどん?」
「やわらかく煮てある。ずっと雑炊では飽きるだろう」
こともなげに言いながら、
崇雅はテーブルに取り分けた器を並べる。
野菜の甘みが染みた、やさしい味のうどん。
澪は一口すすって、目を細めた。
「……美味しい。……本当に、ありがとうございます」
「食べられるなら、それでいい」
短く返しながらも、その声はどこか穏やかだった。
食後に薬を飲み、少し落ち着いた頃。
澪はソファに座り直しながら、小さく切り出す。
「……明日、出勤します」
崇雅は、すぐに顔を上げた。
「ダメだ。明日も休め」
「でも……熱はもう下がったし、体調もずっと良くて……」
「それでも許可しない」
きっぱりとしたその声に、澪は思わず口をつぐむ。
「今日一日で、完全に回復したとは思っていない。
万が一、ぶり返したら意味がない」
「……でも、これ以上休んだら、仕事に迷惑が……」
「そう言うと思って、持ち帰っておいた」
そう言って、崇雅はソファの傍らに置いてあった鞄から
澪のノートパソコンを取り出した。
「……えっ」
「在宅なら、最低限の確認業務くらいは認める。
上司としての判断だ」
驚く澪に、崇雅は淡々と続けた。
「出社はさせない。だが、澪が“動けること”に安心したい気持ちは理解してる。
だから、これで折り合いをつけろ」
その言葉に、澪は何も言えなくなった。
厳しいようでいて、ちゃんと彼女の気持ちにも寄り添ってくれている。
それが、崇雅という人なのだ。
「……わかりました。じゃあ、明日は在宅で」
「それでいい」
小さく息を吐いて、澪は笑った。
こんなふうに守られる毎日が、当たり前になるわけじゃない。
でも——それを頼ってもいいと思える、
そんな“今”が確かにそこにあるのだった。
夜。
寝室のベッドに入ったはずなのに、
澪はなかなか眠気がやってこないことに気づいていた。
(……午後、崇雅さんの膝でぐっすり寝ちゃったからかな)
部屋は静かで、照明も落とされている。
体はもうだるくないからか、頭だけが妙に冴えていた。
布団の中でしばらくもぞもぞしていたが、
結局、ベッドを抜け出してスリッパを履いた。
そっとリビングの扉を開けると、
崇雅がまだノートパソコンを開いたまま、静かに作業をしていた。
「……澪?」
気づいて顔を上げる崇雅に、澪は申し訳なさそうに近づく。
「ごめんなさい……眠れなくて」
「熱か?」
「ううん、違うの。午後たくさん寝ちゃったから、なんか頭が冴えちゃって……」
崇雅は無言でパソコンを閉じた。
「……寝室、戻ろう。眠れるまで、そばにいる」
「えっ……でも、崇雅さん、まだ仕事……」
「あとにする。今は、澪が先だ」
まっすぐなその言葉に、澪はもう何も言えず、
ただこくんと頷いた。
再び寝室へ戻ると、
澪はベッドに入れられ、崇雅は部屋の隅のソファに腰を下ろした。
そして、何のためらいもなく、
ソファの側に伸ばした澪の手を、崇雅の大きな手が包み込む。
「……これで、安心するだろ」
「……うん」
握られた手は、あたたかくて、確かで。
その存在だけで、胸が落ち着いていくのがわかった。
「……ありがとうございます」
小さくつぶやくように言うと、
崇雅は「気にするな」と言わんばかりに、静かに手を握り返してくれた。
やがて、澪の呼吸は少しずつ深くなっていき——
そのまま、ふたりは夜の静けさの中で、
手をつないだまま、同じ時間を静かに過ごしていた。
ぼんやりとまぶたを持ち上げると、
崇雅がソファの隣でパソコンに向かって静かに作業しているのが目に入った。
自分の頭が、彼の太ももにまだ預けられていることに気づいて、
澪は小さく目を瞬かせた。
「……崇雅さん……」
「起きたか。体調は?」
「……だいぶ、楽です」
そう言いながら身を起こすと、少し体は重たいものの、朝のだるさとはまったく違っていた。
「ちょうどいい、晩飯にする。座ってろ」
崇雅はソファから立ち上がり、キッチンへ向かった。
数十分後、出てきたのは湯気の立つ鍋。
「……うどん?」
「やわらかく煮てある。ずっと雑炊では飽きるだろう」
こともなげに言いながら、
崇雅はテーブルに取り分けた器を並べる。
野菜の甘みが染みた、やさしい味のうどん。
澪は一口すすって、目を細めた。
「……美味しい。……本当に、ありがとうございます」
「食べられるなら、それでいい」
短く返しながらも、その声はどこか穏やかだった。
食後に薬を飲み、少し落ち着いた頃。
澪はソファに座り直しながら、小さく切り出す。
「……明日、出勤します」
崇雅は、すぐに顔を上げた。
「ダメだ。明日も休め」
「でも……熱はもう下がったし、体調もずっと良くて……」
「それでも許可しない」
きっぱりとしたその声に、澪は思わず口をつぐむ。
「今日一日で、完全に回復したとは思っていない。
万が一、ぶり返したら意味がない」
「……でも、これ以上休んだら、仕事に迷惑が……」
「そう言うと思って、持ち帰っておいた」
そう言って、崇雅はソファの傍らに置いてあった鞄から
澪のノートパソコンを取り出した。
「……えっ」
「在宅なら、最低限の確認業務くらいは認める。
上司としての判断だ」
驚く澪に、崇雅は淡々と続けた。
「出社はさせない。だが、澪が“動けること”に安心したい気持ちは理解してる。
だから、これで折り合いをつけろ」
その言葉に、澪は何も言えなくなった。
厳しいようでいて、ちゃんと彼女の気持ちにも寄り添ってくれている。
それが、崇雅という人なのだ。
「……わかりました。じゃあ、明日は在宅で」
「それでいい」
小さく息を吐いて、澪は笑った。
こんなふうに守られる毎日が、当たり前になるわけじゃない。
でも——それを頼ってもいいと思える、
そんな“今”が確かにそこにあるのだった。
夜。
寝室のベッドに入ったはずなのに、
澪はなかなか眠気がやってこないことに気づいていた。
(……午後、崇雅さんの膝でぐっすり寝ちゃったからかな)
部屋は静かで、照明も落とされている。
体はもうだるくないからか、頭だけが妙に冴えていた。
布団の中でしばらくもぞもぞしていたが、
結局、ベッドを抜け出してスリッパを履いた。
そっとリビングの扉を開けると、
崇雅がまだノートパソコンを開いたまま、静かに作業をしていた。
「……澪?」
気づいて顔を上げる崇雅に、澪は申し訳なさそうに近づく。
「ごめんなさい……眠れなくて」
「熱か?」
「ううん、違うの。午後たくさん寝ちゃったから、なんか頭が冴えちゃって……」
崇雅は無言でパソコンを閉じた。
「……寝室、戻ろう。眠れるまで、そばにいる」
「えっ……でも、崇雅さん、まだ仕事……」
「あとにする。今は、澪が先だ」
まっすぐなその言葉に、澪はもう何も言えず、
ただこくんと頷いた。
再び寝室へ戻ると、
澪はベッドに入れられ、崇雅は部屋の隅のソファに腰を下ろした。
そして、何のためらいもなく、
ソファの側に伸ばした澪の手を、崇雅の大きな手が包み込む。
「……これで、安心するだろ」
「……うん」
握られた手は、あたたかくて、確かで。
その存在だけで、胸が落ち着いていくのがわかった。
「……ありがとうございます」
小さくつぶやくように言うと、
崇雅は「気にするな」と言わんばかりに、静かに手を握り返してくれた。
やがて、澪の呼吸は少しずつ深くなっていき——
そのまま、ふたりは夜の静けさの中で、
手をつないだまま、同じ時間を静かに過ごしていた。
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