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第44話・恋人であり、上司でもある人
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カーテンの隙間から差し込むやわらかな朝の光に、澪はゆっくりとまぶたを持ち上げた。
視界に広がるのは、すっかり馴染んだ崇雅の部屋の天井。
それでも、何かが昨日とは少しだけ違う気がした。
手のひらをそっと見つめる。
(……そうだ、昨夜……)
眠れなくて、崇雅のいるリビングへ向かったこと。
ソファで仕事をしていた彼がすぐに作業を中断して、
「眠れるまでそばにいる」と言って一緒に寝室へ戻ってくれたこと。
——そして、澪が眠りにつくまで、
ベッドのそばに座って、手を繋いでいてくれたこと。
そのぬくもりが、まだ手の中に残っているような気がして、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……本当に、優しい人だな)
少しだけ体を起こしてみると、
体の重さも熱っぽさも、もうほとんど残っていなかった。
(……大丈夫そう)
静かにベッドを抜け出してスリッパを履き、
扉を開けると、キッチンからやさしい出汁の香りが漂ってきた。
崇雅が黙々と調理している姿が、そこにある。
「……おはようございます」
「おはよう。体調は?」
「はい。だいぶ良くなりました。もう平気です」
澪の顔色を確認しながら、崇雅はうなずく。
「……今日一日は在宅。それは変えない」
先回りされたようにきっぱり言われて、澪は小さく苦笑する。
「……はい。ちゃんと従います」
「食べたら、もう一度横になってもいい。無理するな」
「崇雅さん、ほんとに甘やかし上手ですね」
「澪だけだ」
さらりと返されたその言葉に、澪は思わず頬を染めた。
ほんのりとした熱が心に灯ったまま、
ふたりの静かな朝が、ゆっくりと始まっていく。
朝食を終え、澪が薬を飲み終えるのを見届けると、
崇雅はスーツの上着を羽織りながら、腕時計にちらりと目をやった。
「そろそろ出る。無理はするなよ」
「はい。……気をつけていってらっしゃいませ」
玄関へ向かう背中に、澪はほんの少しだけ言葉を足す。
「昨日も、たくさんありがとうございました。……本当に、助かりました」
立ち止まった崇雅が、振り返って短く言う。
「……当然だ。澪の彼氏だからな」
一瞬、言葉の重みが空気を変える。
澪は目を見開いて、すぐにふわっと笑った。
「……はい」
短いけれど、まっすぐなその一言が、
今日の始まりを静かにあたためていた。
ノートパソコンを開き、在宅勤務を開始する。
まずはメールチェック。
未読の数は多いが、すでに対応済みの案件には
すべて丁寧に“対応済”のラベルがつけられていた。
(……え……これ、ほとんど……)
見覚えのある言い回し。
文面の端々に、崇雅の書き癖。
(……私がお休みの分、ずっとカバーしてくれてたんだ)
忙しいはずの人が。
誰よりも責任の重い立場にいる人が。
自分のことを、ここまで守ってくれていた。
画面の前で、ふっと息をつく。
(……ほんとに、優しすぎるよ……)
ありがとう、と声に出すには照れくさくて、
でも、心の奥はあたたかく満たされていく。
打ち込む手が、少しずつリズムを取り戻していく中で、
澪は、いつもよりずっと静かに、でも前向きに——
仕事と向き合い始めていた。
多少の倦怠感は残っているものの、朝の体調よりもはるかに回復している。
社内チャットにはすでに何件か連絡が入っていたが、
午前のうちに一通り返信を終えたところで、ふと画面右下に通知が表示された。
——「体調どうだ。無理してないか?」
差出人は、東條崇雅。
「……っ」
思わず、画面を見つめたまま固まる。
チャットのメッセージ。
けれど、そこに込められていたのは、上司の言葉ではなく、
“恋人”としてのさりげない気遣いだった。
(……仕事中なのに、私のこと見てくれてるんだ)
気を抜いたら顔が緩みそうで、慌てて背筋を伸ばす。
しばらく迷ってから、澪は慎重に入力し始めた。
——「大丈夫です。おかげさまで、思ったより元気です。ありがとうございます」
送信してから、ほんの数秒後。
またすぐに返信が届く。
——「安心した。午後はペース落としていい。報告だけでいいから」
澪はその文面を読みながら、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
仕事上のメッセージのふりをして、
でも中身は全部、気遣いとやさしさ。
(……ほんとに、ずるい)
目の前のパソコンからは無機質な光が漏れているのに、
そこから届いたたった数行のメッセージが、
澪の心をふんわりと包み込んでいた。
視界に広がるのは、すっかり馴染んだ崇雅の部屋の天井。
それでも、何かが昨日とは少しだけ違う気がした。
手のひらをそっと見つめる。
(……そうだ、昨夜……)
眠れなくて、崇雅のいるリビングへ向かったこと。
ソファで仕事をしていた彼がすぐに作業を中断して、
「眠れるまでそばにいる」と言って一緒に寝室へ戻ってくれたこと。
——そして、澪が眠りにつくまで、
ベッドのそばに座って、手を繋いでいてくれたこと。
そのぬくもりが、まだ手の中に残っているような気がして、
胸の奥がじんわりと温かくなる。
(……本当に、優しい人だな)
少しだけ体を起こしてみると、
体の重さも熱っぽさも、もうほとんど残っていなかった。
(……大丈夫そう)
静かにベッドを抜け出してスリッパを履き、
扉を開けると、キッチンからやさしい出汁の香りが漂ってきた。
崇雅が黙々と調理している姿が、そこにある。
「……おはようございます」
「おはよう。体調は?」
「はい。だいぶ良くなりました。もう平気です」
澪の顔色を確認しながら、崇雅はうなずく。
「……今日一日は在宅。それは変えない」
先回りされたようにきっぱり言われて、澪は小さく苦笑する。
「……はい。ちゃんと従います」
「食べたら、もう一度横になってもいい。無理するな」
「崇雅さん、ほんとに甘やかし上手ですね」
「澪だけだ」
さらりと返されたその言葉に、澪は思わず頬を染めた。
ほんのりとした熱が心に灯ったまま、
ふたりの静かな朝が、ゆっくりと始まっていく。
朝食を終え、澪が薬を飲み終えるのを見届けると、
崇雅はスーツの上着を羽織りながら、腕時計にちらりと目をやった。
「そろそろ出る。無理はするなよ」
「はい。……気をつけていってらっしゃいませ」
玄関へ向かう背中に、澪はほんの少しだけ言葉を足す。
「昨日も、たくさんありがとうございました。……本当に、助かりました」
立ち止まった崇雅が、振り返って短く言う。
「……当然だ。澪の彼氏だからな」
一瞬、言葉の重みが空気を変える。
澪は目を見開いて、すぐにふわっと笑った。
「……はい」
短いけれど、まっすぐなその一言が、
今日の始まりを静かにあたためていた。
ノートパソコンを開き、在宅勤務を開始する。
まずはメールチェック。
未読の数は多いが、すでに対応済みの案件には
すべて丁寧に“対応済”のラベルがつけられていた。
(……え……これ、ほとんど……)
見覚えのある言い回し。
文面の端々に、崇雅の書き癖。
(……私がお休みの分、ずっとカバーしてくれてたんだ)
忙しいはずの人が。
誰よりも責任の重い立場にいる人が。
自分のことを、ここまで守ってくれていた。
画面の前で、ふっと息をつく。
(……ほんとに、優しすぎるよ……)
ありがとう、と声に出すには照れくさくて、
でも、心の奥はあたたかく満たされていく。
打ち込む手が、少しずつリズムを取り戻していく中で、
澪は、いつもよりずっと静かに、でも前向きに——
仕事と向き合い始めていた。
多少の倦怠感は残っているものの、朝の体調よりもはるかに回復している。
社内チャットにはすでに何件か連絡が入っていたが、
午前のうちに一通り返信を終えたところで、ふと画面右下に通知が表示された。
——「体調どうだ。無理してないか?」
差出人は、東條崇雅。
「……っ」
思わず、画面を見つめたまま固まる。
チャットのメッセージ。
けれど、そこに込められていたのは、上司の言葉ではなく、
“恋人”としてのさりげない気遣いだった。
(……仕事中なのに、私のこと見てくれてるんだ)
気を抜いたら顔が緩みそうで、慌てて背筋を伸ばす。
しばらく迷ってから、澪は慎重に入力し始めた。
——「大丈夫です。おかげさまで、思ったより元気です。ありがとうございます」
送信してから、ほんの数秒後。
またすぐに返信が届く。
——「安心した。午後はペース落としていい。報告だけでいいから」
澪はその文面を読みながら、胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
仕事上のメッセージのふりをして、
でも中身は全部、気遣いとやさしさ。
(……ほんとに、ずるい)
目の前のパソコンからは無機質な光が漏れているのに、
そこから届いたたった数行のメッセージが、
澪の心をふんわりと包み込んでいた。
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