【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな

文字の大きさ
45 / 168

第43話・静けさの中にある、確かな安心

しおりを挟む
澪が目を覚ましたのは、窓の外が夕暮れに染まっている頃だった。

ぼんやりとまぶたを持ち上げると、
崇雅がソファの隣でパソコンに向かって静かに作業しているのが目に入った。

自分の頭が、彼の太ももにまだ預けられていることに気づいて、
澪は小さく目を瞬かせた。

「……崇雅さん……」

「起きたか。体調は?」

「……だいぶ、楽です」

そう言いながら身を起こすと、少し体は重たいものの、朝のだるさとはまったく違っていた。

「ちょうどいい、晩飯にする。座ってろ」

崇雅はソファから立ち上がり、キッチンへ向かった。
数十分後、出てきたのは湯気の立つ鍋。

「……うどん?」

「やわらかく煮てある。ずっと雑炊では飽きるだろう」

こともなげに言いながら、
崇雅はテーブルに取り分けた器を並べる。

野菜の甘みが染みた、やさしい味のうどん。
澪は一口すすって、目を細めた。

「……美味しい。……本当に、ありがとうございます」

「食べられるなら、それでいい」

短く返しながらも、その声はどこか穏やかだった。


食後に薬を飲み、少し落ち着いた頃。
澪はソファに座り直しながら、小さく切り出す。

「……明日、出勤します」

崇雅は、すぐに顔を上げた。

「ダメだ。明日も休め」

「でも……熱はもう下がったし、体調もずっと良くて……」

「それでも許可しない」

きっぱりとしたその声に、澪は思わず口をつぐむ。

「今日一日で、完全に回復したとは思っていない。
万が一、ぶり返したら意味がない」

「……でも、これ以上休んだら、仕事に迷惑が……」

「そう言うと思って、持ち帰っておいた」

そう言って、崇雅はソファの傍らに置いてあった鞄から
澪のノートパソコンを取り出した。

「……えっ」

「在宅なら、最低限の確認業務くらいは認める。
上司としての判断だ」

驚く澪に、崇雅は淡々と続けた。

「出社はさせない。だが、澪が“動けること”に安心したい気持ちは理解してる。
だから、これで折り合いをつけろ」

その言葉に、澪は何も言えなくなった。

厳しいようでいて、ちゃんと彼女の気持ちにも寄り添ってくれている。
それが、崇雅という人なのだ。

「……わかりました。じゃあ、明日は在宅で」

「それでいい」

小さく息を吐いて、澪は笑った。

こんなふうに守られる毎日が、当たり前になるわけじゃない。
でも——それを頼ってもいいと思える、
そんな“今”が確かにそこにあるのだった。


夜。
寝室のベッドに入ったはずなのに、
澪はなかなか眠気がやってこないことに気づいていた。

(……午後、崇雅さんの膝でぐっすり寝ちゃったからかな)

部屋は静かで、照明も落とされている。
体はもうだるくないからか、頭だけが妙に冴えていた。

布団の中でしばらくもぞもぞしていたが、
結局、ベッドを抜け出してスリッパを履いた。

そっとリビングの扉を開けると、
崇雅がまだノートパソコンを開いたまま、静かに作業をしていた。

「……澪?」

気づいて顔を上げる崇雅に、澪は申し訳なさそうに近づく。

「ごめんなさい……眠れなくて」

「熱か?」

「ううん、違うの。午後たくさん寝ちゃったから、なんか頭が冴えちゃって……」

崇雅は無言でパソコンを閉じた。

「……寝室、戻ろう。眠れるまで、そばにいる」

「えっ……でも、崇雅さん、まだ仕事……」

「あとにする。今は、澪が先だ」

まっすぐなその言葉に、澪はもう何も言えず、
ただこくんと頷いた。


再び寝室へ戻ると、
澪はベッドに入れられ、崇雅は部屋の隅のソファに腰を下ろした。

そして、何のためらいもなく、
ソファの側に伸ばした澪の手を、崇雅の大きな手が包み込む。

「……これで、安心するだろ」

「……うん」

握られた手は、あたたかくて、確かで。
その存在だけで、胸が落ち着いていくのがわかった。

「……ありがとうございます」

小さくつぶやくように言うと、
崇雅は「気にするな」と言わんばかりに、静かに手を握り返してくれた。

やがて、澪の呼吸は少しずつ深くなっていき——

そのまま、ふたりは夜の静けさの中で、
手をつないだまま、同じ時間を静かに過ごしていた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

処理中です...